記憶の行き先
天国への扉がゆっくりと閉まりかけたその瞬間、
リュカがふと立ち止まり、隆司も振り返った。
「……ひとつだけ、特別に処理を変更してもいいんじゃない?」
リュカは驚いたように眉を上げた。
「処理? 記憶のことか?」
ティオは無表情のまま頷いた。
だがその瞳は、ほんのわずかに優しさを湛えていた。
「本来──時空介入をおこなった者は、元の時間軸の過去1年分の記憶をすべて失い、
ただ“使命を果たした”という満足感だけが心に残るけど、、、」
「……わかっている。娘が笑ってくれた。それで十分だ」
ティオは微笑んだが、胸の奥にかすかな寂しさが滲んでいた。
ティオがすっと前に立つ。
「ねぇリュカ。意地悪やめなよ。あの人見たろ?
娘さんの幸せのためにさ、自分の人生だって命だって投げ出すいいお父さんだったでしょ」
「……我々の規則は厳格だ」
「でも、あの父親は“過去を変えたかった”のではなくなく、“娘を守りたかった”だけだよ。
そんな人から、思い出まで奪うなんてさ……あんまりだろ?」
沈黙が落ちた。
リュカは長く、ゆっくりと息を吐き、
『時空電鉄本規約』の金属製プレートに触れる。
そこにはこう刻まれていた。
──愛による時空介入は、宇宙の秩序を乱すが、
愛による救いは、宇宙を調和させる記憶の行く先2
リュカは目を閉じた。
「……我々の仕事は“歴史の守護”だが、
時に“愛の守護”がそれを凌駕する場合がある」
ティオがにっと笑った。
「きたきた、リュカの冷たく見えて良いところ」
そしてリュカはティオの胸にそっと触れる。
まるでそこに鍵穴があるかのように。
「記憶は、残しておこう。
涙も、笑顔も、娘の“ありがとう”も、全部だ」
隆司の胸の中には、娘の手の温度、笑顔、声、思い出、
そして最後の「お父さん、ありがとう」が永遠に刻まれたままだった。




