2話
手が震えて、文字が涙でにじむ。
「未来のために…」
あのとき母は、自分に何も言わず、心配もさせまいとしたのだ。
あの電話に出なかった自分のせいで、母の言葉を直接受け取れなかったことが、胸に突き刺さる。
部屋の中には、ただ静寂だけが残っていた。
でも同時に、母の声や笑顔が、これまでよりも近く感じられた。
もう二度と会えないのに、こんなに強く、胸に刻まれている。
悠真は手紙を握りしめ、目を閉じた。
涙が止まらない。
後悔は祈りにならない。
謝罪は届かない。
母は二度と戻ってこない。
生きている意味がわからなくなった。
息をすることさえ苦しい。
そのときだった。床から淡い青の光が浮かび上がる。渦巻く光が円形の魔方陣となり、部屋の中央に広がった。
「……何だ、これ……」
光は徐々に膨らみ、天井まで届きそうな渦を作る。外の雨粒が光に染まり、揺れる影が壁に映る。低く抑えた声が、悠真の胸に響いた。
振り返ると、黒い燕尾服の青年――リュカ・ヴァンレオンが立っていた。黒髪の端が淡く光を反射し、瞳は冷たくもあり、どこか優しさを秘めている。
「ここは……どこだ……?」
悠真の声は震えていた。理性では理解できない光景に、全身が硬直する。宙に浮かぶような感覚、耳鳴り、そして体の重さがすべてなくなった。気づけば、目の前には見知らぬ空間――それは、薄暗いけれど温かみのある小さな店の中だった。
店内には古びた時計や、数えきれない小物が並び、時間の感覚さえ狂いそうになる。
そして、カウンターの向こうに、黒髪で落ち着いた瞳の少年、リュカが立っていた。
リュカは静かに頷き、口を開く。
「ここは時空電鉄の待合室――君がさっき通り抜けたのも、偶然じゃない。必要な人間だけが、魔方陣を使ってここへ来られるんだ。」
「そして時間を戻すための場所だ。恐怖は当然。だが、君が望むのなら、導く」
悠真は一歩下がる。心臓の鼓動が耳まで届くほど早くなる。青白い光の渦に引き込まれそうで、息が詰まる。
「君は、この光に惹かれたのだろう」
リュカの声は低く、揺るぎない響きを持っていた。
「ここは、時を戻すための場所だ」
悠真は震える手で顔を覆い、声にならない声を漏らす。
「……戻す? 時間を……」
だが意味はまだ理解できない。ただ、恐怖と圧倒される感覚だけが確かだった。
リュカは静かに歩み寄り、悠真に告げる。
「時空鉄道への扉は、君が選び、契約し、過去1年分の記憶という代償を受け入れた時にのみ開く。決断しなければ、何も変わらない」
その言葉に、悠真の胸が大きく揺れる。母への後悔が、一瞬にして押し寄せた。
(……母さんに、もう一度会いたい
だが、過去一年分の記憶を失う――という代償が頭をよぎる。
「君の選択だ。怖いのは当たり前。でも、勇気を持てば一歩を踏み出せる」
悠真は小さく息を吸い込み、震える手を握りしめた。涙が頬を伝う。
「……会いたい。母さんに、もう一度……」
その瞬間、リュカが静かに呪文を唱える。
「時の流れよ、我が声に従い、迷いのない軌跡を示せ。
過去と未来を結ぶ道を、刻の裂け目に映し出せ。
光の輪が導くは、時空電鉄への扉。
今、現れよ、扉よ、我に開かれたる軌道の門よ。」
青白い光が渦を巻き、白く、美しい門が現れる。悠真は恐怖で息を詰めるが、決意の力で一歩踏み出す。




