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時間を巻き戻せる切符――代償は、君との一年分の記憶でした    作者: まなと
第六章 時を超えた父の愛

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17話

隆司は目を閉じた。頭の中で娘の小さな笑い声が、病院の白さよりも色濃く蘇る。妻の静かな強さも、幼い頃に肩車をした日のぬくもりも――一瞬で過去が黄金色に輝いた。決断の時間は短い。重い。だが迷いはなかった。


「いい。私は、見たい。後悔したままより、たとえ記憶を失っても、」


リュカはわずかに表情を変えた。感情の波が見え隠れするのを、隆司は感じ取った。それからリュカは、静かに呪文を準備した。声を潜めるように、だが確実に。「では、宣言をひとつ」リュカが言った。「君は『過去の光』を見届けることを望んだ。だがもう一度問う。戻って何をする?ただ見るだけで満足するのか、何かを変えようとするのか。結果は君の行動次第だ」


隆司は、ぐっと唇を噛みしめた。彼の答えは、少しの躊躇の後、確かだった。第六章9

次に気づくと彼は、どこか見覚えのない巨大な駅のホームに立っていた。扉の向こう、時空電鉄のホームへと続く道が、音もなく彼を待っていた。高い天井、幾重にも伸びる線路、蒸気とも電磁ともつかぬ微かな霧があった。

風は金属のにおいを運び、遠くで車輪の音が規則正しく響いている。隆司は深く息を吸った。振り返れば、あの待合室の扉がかすかに見えるような気もしたが、今それを確かめる余裕はない。彼は震える手で切符を受け取り、ゆっくりと列車の乗降口へ向かった。扉が静かに開くと、中は外の喧騒とは切り離された別世界のように落ち着いていた。座席は古いが清潔で、車内灯は柔らかく、窓はただのガラスではないと直感した。隆司が腰を下ろすと、列車は低い振動とともに静かに動き出した。ホームに残るリュカの背中がやがて遠ざかり、窓の外には線路と歯車の影が流れていく。隆司は胸に手を当て、まだ処理できぬ感情を押し込めた。

ティオは、いつもの所作で小さな切符入れを取り出した。藍色の制服の胸元で切符がほんの少し光る。彼は隆司の隣に腰を下ろし、ふわりとした笑みを浮かべながら手際よく切符を受け取った。

「ここで切らせてもらいますね」

紙を軽く撫でるような音がして、切符に小さな刻印が刻まれた。それは儀式のようでもあり、単純な確認でもあった。隆司は切符を握りしめたまま、車窓に映る薄い光を見つめる。列車は静かに走り出した。

ティオは、車掌らしい正確さと、誰かを慰めるような柔らかさを混ぜて言葉を紡いだ。 「ここは“見る”だけの旅にも、動くための旅にもなる場所です。君が何をして、何を抱えてここに来たかは関係ない。ただ、帰るときに何を胸に残したいかは、君が決めることです」


隆司は肩の力を抜いて小さく息を吐く。ティオの目は真っ直ぐで、しかし圧力はない。彼は続けた。 「記憶は消えるかもしれない。でも、君が差し出した“覚悟”や“愛した事実”は、どこかに残る。それはメモリーズブックに収まるだけの“記録”じゃない。君の体温みたいに、君の芯に残るんだよ」


言葉は静かだったが、隆司の胸に重く落ちた。ティオはふと笑って、少し皮肉交じりに言った。「人が一番強いのは、自分以外の誰かを守るために自分を差し出すときだ。たぶん、それは君が思っているよりずっと“価値ある損失”だよ」


列車はトンネルを抜け、小さな光がホームに射し込む。ティオは立ち上がり、隆司の肩にそっと手を置いた。 「降りますか?」 隆司は切符をポケットに押し込み、強く頷いた。

ホームに降りると、時空の空気が変わる。ここから先は“過去の一点”――娘が彼氏を連れてきたあの日の情景へと通じる。ティオは差し出した手で隆司を導き、言葉を添える。 「話を聞いてください。最後まで。声を上げるのではなく、耳を傾けるんです。相手の声が聞こえたとき、何が変わるかを確かめてください」

ホームに降り立った瞬間、背後でドアが閉まる音がした。

振り返るとティオの姿は遠ざかり、列車は静かに闇へと消えていった。

隆司はホームの遠くにある玄関のドアを見つけた。そのドアがあるところまで駆け寄った。


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