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時間を巻き戻せる切符――代償は、君との一年分の記憶でした    作者: まなと
第六章 時を超えた父の愛

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15話

午後の日差しが書斎の窓辺を淡く照らしていた。書類の束の端に落ちる光が、机上の書類を静かに浮かび上がらせる。隆司はその机に肘をつき、窓の外を見つめながら考えごとをしていた。背筋には、いつも通り父親としての緊張が張っている。扉の隙間から、娘とその連れ――彼氏の気配が伝わってきた。足音が止まり、二人の声がかすかに聞こえる。


「お父さん、少し…いい?」

ドアが開き、娘は彼の前に立った。肩には彼氏が並び、その手は緊張で少し強く握られていた。隆司の視線が二人を往復する。娘の顔には決意があり、彼氏の目は真摯しんししぼんでいない。父親としての本能が、すぐに反応した。


隆司は新聞を畳み、椅子に向かってゆっくり座った。妻はキッチンから静かに出てきて、隆司の隣の椅子に腰を下ろす。妻は隆司の手を取って、小さく力を入れた。日常の慌ただしさの中での、その手の重さが、隆司の胸に小さな揺らぎを生む。


「紹介したい人がいるの」

娘の声は震えていたが、切実だった。彼女は彼氏の袖をぎゅっと掴み、続けた。「私たち、真剣に将来を考えているの。結婚したいの」


隆司の顔が硬くなる。言葉は最初から決まっていたかのように、短く、断固として漏れた。 「結婚は認められない」


娘の頬がみるみる赤くなり、唇が震える。彼氏は一歩前に出て、低い声で答えた。 「隆司さん、お願いです。僕は――」しかし隆司は身構えていた。生活の安定、家の評判、年齢差、経済的なこと。父親として守らねばならないと感じる重圧が、言葉の刃となって飛び出す。娘が言葉を詰まらせるのを見て、妻がそっと口を挟んだ。


「待って。まず座って、ちゃんと話を聞きましょう」

妻は隆司の手を握りながら、静かに説得の糸口を作る。怒鳴るのではなく、対話を促す柔らかさだ。妻は娘の手を一瞬包み、彼氏の目を見て穏やかに言った。

「あなたの言い分も聞かせて。私たちも大人として、感情だけで決めてはいけないわ」

隆司は息を吐き、机の角をつかんだまま椅子に深く座り直す。妻の手の温かさが、理性と感情の間に置かれた一枚の橋のように感じられた。彼は重い声で言った。

「話は聞く。ただし、結婚は簡単なことじゃない。責任が伴う。今すぐ決めることはできない」


娘は目に薄い光を宿しながら、彼氏と交互に視線を送った。彼氏は小さな呼吸をして、落ち着いた声で説明を始める。職場のこと、将来設計、経済的な見通し。誠実さだけは、隠そうともしていなかった。妻は頷き、時折娘の肩をさすって安心させる。その様子を見ていると、隆司の胸の中で硬いものが少し溶ける気配がしたが、それでも父親としての警戒は簡単には消えない。


会話は一時間ほど続いた。言葉はぶつかり合い、しかし暴力的ではなく、家族特有の濃度で交わされた。妻はときに冷静に現実的な問いを投げ、娘は涙をこらえて未来の希望を語る。彼氏は誠実に応える。だが最後に隆司が口にした答えは、変わらなかった。


「今は認められない。家のこと、将来のこと、慎重に考えているんだ」

言葉の冷たさは完全には消えず、娘の目に深い失望が走った。彼女は小さく息を吸い、母の方へ振り向いた。母は黙ってうなずき、しかしその手の力はわずかに強くなった。


娘はゆっくりと立ち上がった。彼氏も一緒に立ち、二人で玄関へ向かう。家の扉が開かれ、夜風が二人の頬を撫でる。娘は振り返り、母の目を見てから、父の顔を横目で見た。言葉は出なかった。彼女の唇は震え、わずかに笑おうとしたが、笑顔は崩れ、代わりに決然とした足取りで家を去った。


「待ってくれ!」と、彼氏が叫びながら追いかける。彼は娘の背を追い、二人は通りに飛び出した。夜道には自動車の光が断続的に流れ、角を曲がった瞬間――その時は何も予兆がなかった。猛スピードで走ってきたトラックが、横合いから迫ってきた。ブレーキの悲鳴、金属の弾ける音。彼氏が咄嗟に娘を庇おうとした瞬間、黒い塊が二人の間を貫いた。


現場は一瞬で修羅場と化す。人々が駆け寄り、彼は膝をついて彼女のもとへ這い寄る。救急車のサイレンが遠くから近づき、白い光の連なりが街路を斬るように走った。病院の廊下は白く、待合室の座席に座る二人は時間の針が止まったかのように固まった。


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