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時間を巻き戻せる切符――代償は、君との一年分の記憶でした    作者: まなと
第五章 復讐の始発駅

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13話

黒江はその日の放課後、水城を問い詰めた。

「先生に私の悪口言ったって何!?言ってないよね!?」


“言っていない”という事実はもう関係ない。

信頼は一度疑いが生まれたら崩れる。


水城は怒り狂った。

黒江は恐れた。


2人の間に走ったヒビは、修復不可能だった。

次のターゲットは「家庭」。


水城の母親は、完璧主義で教育熱心。

“成績と評判”に異常な執着がある。


だから、これひとつで十分。


■ PTA向けアンケート(保護者が自由に意見を書ける欄)


そこにエマは、丸く綺麗な文字でたった一文だけ。


《水城さんがクラスで浮いているのが心配です。

 先生も授業中よく注意しているので、

 ご家庭でも声かけがあると良いと思います》


名前は書かない。

でも筆跡は丁寧で正義感のある保護者のように見せる。


母親が黙っているはずがなかった。


水城は自宅で激しく叱責された。


「何やってるの!?あなたのせいで学校で問題児扱いなのよ!」


その夜、水城は泣きながら机を叩いていた。

誹謗中傷されたわけでも、暴力を受けたわけでもない。

でも世界が崩れるスピードは、前よりずっと速い。


そして翌朝。


教室の扉が開いた瞬間、水城の周りに誰もいなかった。


昨日まで隣に座っていた黒江は、

机の位置を変え、グループも変えていた。


誰がそれを指示したわけでもない。

でも“孤立”は自然に成立した。


水城が声を上げた。


「なんで避けるの!?私何もしてないからね!?」


返事はない。

クラスの視線は冷たい無関心。


エマはゆっくり近づき、心配そうに肩を触れたふりをした。


「大丈夫?声震えてるよ…辛いなら、無理に笑わなくていい」

優しさのナイフほど鋭いものはない。


水城は震えながら振り払った。


「触んな!!お前のせいだろ!!」


──その一言が決定打。


クラス全体が一斉にひいた。

“自分が悪いのに他人のせいにしてる痛い子”

という印象が完全に出来上がった。


エマはわざと怯えたように後ずさりする。


「ごめん…助けたくて声かけただけなのに……」


水城の表情がぐしゃっと歪む。


怒り、屈辱、混乱、孤独。

叫びたいのに叫べば叫ぶほど悪者に見える罠。


水城の口から、かすれた声が漏れた。


「……なんで……なんでこうなるの……」


えまは、静かに、静かに微笑んだ。


心の中だけで。


──私にしたこと、今返してもらってるだけ。

けれど復讐はまだ中盤。

本番はここからだ。


次は 水城の“人生の柱”をへし折る。


ターゲット:担任・田淵。

そしてクラス全体の“空気”。


水城は最後、

“いじめ加害者”ではなく

“学校全体の敵”として葬られる。

ターゲット:担任・田淵たぶち


水城がいじめをしていたのを見ていたのに、

「面倒ごとに巻き込まれたくない」

という理由で黙認していた教師。


エマはゆっくり、確実に、教師ごと壊すことにした。


***


ある日の放課後。

エマは職員室の前で田淵を待っていた。

眉を下げ、不安そうな顔で。


「先生……相談があります」


田淵は“優しい先生”を演じるため椅子に座らせた。


「どうしたの?」


エマは震える声で嘘を混ぜずに話す。


「水城さん……最近すごく不安定で。

 授業中に泣きそうになってたり、

 黒江さんとも口論になっていて……

 先生、すごく困ってるんじゃないかと思って」

田淵の顔が強ばった。

地雷を踏んだことに気づいたからだ。


教師にとって

“クラスの問題児”というレッテルは地獄。


田淵はため息をついた。


「……あの子、ちょっと扱いが難しくてね」


エマは一瞬だけ沈黙し、その後わざと声をひそめた。


「先生、規律が乱れるのって……先生の責任だって

 保護者が思っちゃったら、辛いですよね」


田淵の心臓が跳ねた。

恐怖の色がはっきり浮かぶ。


エマは追い討ち。

「水城さん、授業中に先生を睨んでたことありました。

 クラスの子も気づいてます。

 あのままだと……“先生がコントロールできてない”って、

 誤解されちゃうかも」


“誤解されちゃう”

責めてはいない。

でも逃げ道を塞ぐ最悪の言い方。


田淵は口を真一文字に閉じた。


翌週、保護者参観の日。


教室の後ろには保護者がずらりと並ぶ。


授業が始まってすぐ、

水城が小声で黒江に話しかけた。


「ねえ、今日プリント配らなくていいの?」


それを聞き逃さなかった田淵が、突然怒鳴った。


「水城!!今は授業中だろう!!黙れ!!!」


教室が凍りついた。

保護者の視線が一斉に田淵へ向く。


──教師が感情的に怒鳴った、

という事実だけが鮮明に刻まれた。


水城の目が大きく揺れる。


「え、ちょっと聞いただけじゃ──」


「言い訳するな!!」


クラスの空気が歪む。

黒江は距離を取り、他の生徒も目を伏せる。


孤立は完全だった。


保護者参観終了後。

保護者たちのLINEグループでささやきがはじまる。


《あの水城さん、問題多そうだったね…》

《担任の負担が心配…》

《先生、大変だろうな…同情する》


“水城が悪い”

“田淵は被害者”


印象工作は完璧。

結果、田淵は水城に対してさらに厳しくなった。

叱責、無視、指名しない、冷たい対応。


教師から見放されるという現実は、

中学生にとって“地獄の宣告”だ。

数日後。


誰も近づかない教室の隅で、

水城が机に顔を伏せて震えていた。


昼休み、エマはゆっくり近づき、

わざと皆に聞こえる声で優しく話しかけた。


「大丈夫?先生に怒鳴られたの、辛かったよね……

 私、味方になれるならなりたい」


水城の肩がびくっと跳ねた。


「……来るな……お前のせいだ……全部、お前の、せいだ……!」


えまは、呆然とした演技を完璧にこなす。


「ごめん……助けたかっただけだったのに……」


水城は頭を抱えて泣き叫んだ。


「助けてよ!!!誰でもいいから助けてよ!!!!

 みんな私が悪いって言うの!!!

 なんで!?どうして!?何もしてないのに!!」


その悲鳴は

クラス中に“水城=精神不安定な問題児”という印象を刻みつけた

そして──その直後。


誰も見ていない教室の後ろで、

エマは静かに、表情ひとつ変えず呟いた。


「あなたが私を壊したみたいに

 私もあなたを壊してるだけ──ただそれだけ」


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