13話
黒江はその日の放課後、水城を問い詰めた。
「先生に私の悪口言ったって何!?言ってないよね!?」
“言っていない”という事実はもう関係ない。
信頼は一度疑いが生まれたら崩れる。
水城は怒り狂った。
黒江は恐れた。
2人の間に走ったヒビは、修復不可能だった。
次のターゲットは「家庭」。
水城の母親は、完璧主義で教育熱心。
“成績と評判”に異常な執着がある。
だから、これひとつで十分。
■ PTA向けアンケート(保護者が自由に意見を書ける欄)
そこにエマは、丸く綺麗な文字でたった一文だけ。
《水城さんがクラスで浮いているのが心配です。
先生も授業中よく注意しているので、
ご家庭でも声かけがあると良いと思います》
名前は書かない。
でも筆跡は丁寧で正義感のある保護者のように見せる。
母親が黙っているはずがなかった。
水城は自宅で激しく叱責された。
「何やってるの!?あなたのせいで学校で問題児扱いなのよ!」
その夜、水城は泣きながら机を叩いていた。
誹謗中傷されたわけでも、暴力を受けたわけでもない。
でも世界が崩れるスピードは、前よりずっと速い。
そして翌朝。
教室の扉が開いた瞬間、水城の周りに誰もいなかった。
昨日まで隣に座っていた黒江は、
机の位置を変え、グループも変えていた。
誰がそれを指示したわけでもない。
でも“孤立”は自然に成立した。
水城が声を上げた。
「なんで避けるの!?私何もしてないからね!?」
返事はない。
クラスの視線は冷たい無関心。
エマはゆっくり近づき、心配そうに肩を触れたふりをした。
「大丈夫?声震えてるよ…辛いなら、無理に笑わなくていい」
優しさのナイフほど鋭いものはない。
水城は震えながら振り払った。
「触んな!!お前のせいだろ!!」
──その一言が決定打。
クラス全体が一斉にひいた。
“自分が悪いのに他人のせいにしてる痛い子”
という印象が完全に出来上がった。
エマはわざと怯えたように後ずさりする。
「ごめん…助けたくて声かけただけなのに……」
水城の表情がぐしゃっと歪む。
怒り、屈辱、混乱、孤独。
叫びたいのに叫べば叫ぶほど悪者に見える罠。
水城の口から、かすれた声が漏れた。
「……なんで……なんでこうなるの……」
えまは、静かに、静かに微笑んだ。
心の中だけで。
──私にしたこと、今返してもらってるだけ。
けれど復讐はまだ中盤。
本番はここからだ。
次は 水城の“人生の柱”をへし折る。
ターゲット:担任・田淵。
そしてクラス全体の“空気”。
水城は最後、
“いじめ加害者”ではなく
“学校全体の敵”として葬られる。
ターゲット:担任・田淵
水城がいじめをしていたのを見ていたのに、
「面倒ごとに巻き込まれたくない」
という理由で黙認していた教師。
エマはゆっくり、確実に、教師ごと壊すことにした。
***
ある日の放課後。
エマは職員室の前で田淵を待っていた。
眉を下げ、不安そうな顔で。
「先生……相談があります」
田淵は“優しい先生”を演じるため椅子に座らせた。
「どうしたの?」
エマは震える声で嘘を混ぜずに話す。
「水城さん……最近すごく不安定で。
授業中に泣きそうになってたり、
黒江さんとも口論になっていて……
先生、すごく困ってるんじゃないかと思って」
田淵の顔が強ばった。
地雷を踏んだことに気づいたからだ。
教師にとって
“クラスの問題児”というレッテルは地獄。
田淵はため息をついた。
「……あの子、ちょっと扱いが難しくてね」
エマは一瞬だけ沈黙し、その後わざと声をひそめた。
「先生、規律が乱れるのって……先生の責任だって
保護者が思っちゃったら、辛いですよね」
田淵の心臓が跳ねた。
恐怖の色がはっきり浮かぶ。
エマは追い討ち。
「水城さん、授業中に先生を睨んでたことありました。
クラスの子も気づいてます。
あのままだと……“先生がコントロールできてない”って、
誤解されちゃうかも」
“誤解されちゃう”
責めてはいない。
でも逃げ道を塞ぐ最悪の言い方。
田淵は口を真一文字に閉じた。
翌週、保護者参観の日。
教室の後ろには保護者がずらりと並ぶ。
授業が始まってすぐ、
水城が小声で黒江に話しかけた。
「ねえ、今日プリント配らなくていいの?」
それを聞き逃さなかった田淵が、突然怒鳴った。
「水城!!今は授業中だろう!!黙れ!!!」
教室が凍りついた。
保護者の視線が一斉に田淵へ向く。
──教師が感情的に怒鳴った、
という事実だけが鮮明に刻まれた。
水城の目が大きく揺れる。
「え、ちょっと聞いただけじゃ──」
「言い訳するな!!」
クラスの空気が歪む。
黒江は距離を取り、他の生徒も目を伏せる。
孤立は完全だった。
保護者参観終了後。
保護者たちのLINEグループでささやきがはじまる。
《あの水城さん、問題多そうだったね…》
《担任の負担が心配…》
《先生、大変だろうな…同情する》
“水城が悪い”
“田淵は被害者”
印象工作は完璧。
結果、田淵は水城に対してさらに厳しくなった。
叱責、無視、指名しない、冷たい対応。
教師から見放されるという現実は、
中学生にとって“地獄の宣告”だ。
数日後。
誰も近づかない教室の隅で、
水城が机に顔を伏せて震えていた。
昼休み、エマはゆっくり近づき、
わざと皆に聞こえる声で優しく話しかけた。
「大丈夫?先生に怒鳴られたの、辛かったよね……
私、味方になれるならなりたい」
水城の肩がびくっと跳ねた。
「……来るな……お前のせいだ……全部、お前の、せいだ……!」
えまは、呆然とした演技を完璧にこなす。
「ごめん……助けたかっただけだったのに……」
水城は頭を抱えて泣き叫んだ。
「助けてよ!!!誰でもいいから助けてよ!!!!
みんな私が悪いって言うの!!!
なんで!?どうして!?何もしてないのに!!」
その悲鳴は
クラス中に“水城=精神不安定な問題児”という印象を刻みつけた
そして──その直後。
誰も見ていない教室の後ろで、
エマは静かに、表情ひとつ変えず呟いた。
「あなたが私を壊したみたいに
私もあなたを壊してるだけ──ただそれだけ」




