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時間を巻き戻せる切符――代償は、君との一年分の記憶でした    作者: まなと
第五章 復讐の始発駅

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12話

最終幕――崩壊の夜。


文化祭から数週間後、琴乃は自主的に小さな会合を開いた。表向きは「仲直り」のためだと周囲に伝えたが、誰も本気にはしなかった。会場に来た数人の顔が冷たく、言葉は形式的だ。エマは遠くから、それを眺めていた。


会合の終盤、琴乃はついに声を上げる。小さな声で、震えながら。


「私は……怖かった。あなたたちに嫌われるのが怖くて……だから助けなかったの。わかってよ」


空気が止まる。返ってきたのは、慰めでもなければ赦しでもない。

「助けてもらったくせに、自分だけ逃げたんでしょ、最低」と、誰かが、冷たく言い放つ。

琴乃の顔が崩れる。すすり泣きが、誰の頬にも伝染する。けれど、そこには和解の温度がない。観客がいる演劇の最後のシーンのように、琴乃は自らの言葉で舞台を下りる。背後からは、静かに遠ざかる足音。扉が閉まる音は、彼女の世界の閉鎖を意味した。


エマはその場を離れ、夜空の下でひとり歩いた。冷たい風が頬を打つ。復讐は完成した。琴乃は崩れ、仲間は動揺し、かつての秩序は壊れた。だが満たされているかと言えば違う。勝利の余韻は、空虚と同化する。

中学の昇降口。

新しい春、何も知らない同級生の笑い声が響く。


エマはゆっくりスニーカーの紐を結びながら思った。

──この景色に戻りたかった。

でも、戻っただけじゃ足りない。


「奪われた時間は、奪った分だけ返す」


顔を上げると、加害者グループのリーダー・水城みずきがいた。

去年エマを笑いものにし、無視し、靴を隠し、机に落書きまでした張本人。


けれど今のエマの表情は、あのときの怯えじゃない。

柔らかさに包んだ“完璧な笑顔”。


「おはよう、水城さん。今日もよろしくね」


水城は一瞬、戸惑った。

エマが笑っていることに。


それでもすぐに余裕の表情に戻る。

「……気持ち悪。媚びてんの?」いいよ。予想通りの反応。


エマは笑顔のまま去った。

彼女の中では、もうひとつの役割が始まっている。


【絶対に手を汚さない復讐】


・証拠は持たない

・脅さない

・暴力もしない

・表向きは「優しい友達」


ターゲットが勝手に壊れていくように

ひとつずつ仕掛ける。


最初の一手は「担任からの信用」。


授業後、エマは職員室にノートを持っていく。


「先生、プリントの番号水城さんが持ってるって聞いたんですけど…

 私のお家少し遠くて、今日プリントないと大変だから……」

天然のように、偶然のように。


担任・田淵たぶちは眉をひそめる。

「水城が?配らなかったのか?」


「ぜ、ぜんぜんそんなことないと思います!

きっと、たまたま忘れただけで…!」


田淵に「水城は配布物の管理をサボる」と印象づける。

それだけでいい。まだ攻めない。


次の一手。

掃除時間、エマは雑巾をしぼりながら

わざと少し聞こえる声でクラスメイトに言う。


「最近、水城さん疲れてるみたい。

 先生に怒られてたの、たまたま見ちゃって……心配」


心配してる“風”の優しい言い方で。

嘘は言っていない。

プリントの件で軽く注意されていたのは事実。


でも周囲の印象はこう変わる。


→ 水城は先生に目を付けられている

→ 水城はクラス運営のじゃまをしている


水城の表情が徐々に曇っていく。

まだ誰も自分をいじめていないのに、

周囲だけがなぜか少しずつ距離を置き始める。


水城は困惑していた。

人は説明のつかない孤立を最も恐れる。


──まだ序章。


エマは筆箱から小さな紙を取り出す。

裏には暗号のように細かい矢印と時間が書かれている。


それは復讐計画ではない。

その日の放課後。

エマは職員室の前で立っていた。


ふと、田淵がスマホで動画を見て笑っていた。

内容はクラスの生徒の悪口に近いもの。


──なるほど。


先生も壊すなら、順番はこうだ。


水城を追い詰める

→ 水城のせいでクラスにトラブル続発

→ 田淵は「管理できない無能教師」という評価へ

水城が壊れれば、田淵も巻き添えになる。

いじめを見逃した報いは、いじめの責任を押し付けられて終わる。


「ねぇ田淵先生。

 先生は、生徒が困ってたら助ける人ですか?」


エマの声は柔らかいのに、なのに冷たかった。


田淵は笑ったまま答える。

「もちろんだよ?先生だからね」


──その言葉、壊してあげる。

エマは静かに踵を返した。


復讐の大時計は、もう動き出した。


崩壊はゆっくり始まる。

だが終わるときは一瞬──雷みたいに。

水城の崩壊は、周囲が気づかないほど静かに始まった。


──第二のターゲットは「仲間」。


水城の取り巻きは3人。

特に中心にいたのは、派手で噂が大好きな少女・黒江くろえ


彼女は水城を好きで従っているわけじゃない。

「支配者の隣にいれば傷つかない」

それだけの理由で群れている典型的なタイプ。


だから壊すのは簡単。


昼休み、エマは黒江の隣にそっと座った。


「あのね、黒江さん。

 本当に余計なお世話ってわかってるんだけど──

 もし水城さんのことで困ってるなら、言ってね?

 味方がいないのって苦しいから」


黒江は一瞬固まり、すぐにいつもの調子で笑った。


「別に困ってねーし。なんで?」

その声は強がり。でも目が泳ぐ。


えまは“驚いたような表情”をつくった。

「……あっ、やっぱ知らないんだ。

 先生に呼び出されてたの、黒江さんの悪口についてらしい」


黒江の顔色が変わる。


もちろん嘘はひとつも言っていない。

呼び出されたのは水城。

“黒江の悪口の件”と言ったのはえまの推測という形。

つまり証拠ゼロ。罪にもならない。


けれど人間は

“最悪の想像を勝手に自分の中で育てる”

と壊れていく。


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