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時間を巻き戻せる切符――代償は、君との一年分の記憶でした    作者: まなと
第五章 復讐の始発駅

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11話

第一幕――小さな「揺らぎ」


エマは匿名のメールアカウントから、琴乃のクラスの数人に極力自然な形でメッセージを送った。中身は事実を断片的に拾っただけのものだ。誰かが琴乃のことを「笑っていた」「話題にしていた」と言った、その一言を切り取り、何人かの目に触れる形で流す。決して嘘は混ざっていない。ただ、並べる角度を変えることで、全体の印象は歪む。噂は広がった。


琴乃は小さな動揺を隠せず、友人に頻繁に連絡を取るようになった。だが友人たちは忙しく、最初は緩やかな疑念だけを向けるにとどまった。


第二幕――信頼の侵食


エマはさらに踏み込む。文化祭の本番で、琴乃が司会をすることを口実に、小さな“企画”を挟ませた。名目は「観客参加型のインタビュー」。壇上でマイクを向けられたら、人は普段より不用意になる。エマは制作側として、その流れを作った。だが本番で起きたことは、エマの計画のほんの半分にすぎない。


インタビューのテーマは「思い出の一言」。司会者の琴乃は、文字通り観客に向けて"自由に一言"を求めるだけの位置に置かれる。だがエマは密かに、数人を舞台近くに配置していた。彼らは、エマが慎重に接触して味方にした者だ。舞台は笑いと拍手に満ちて進む。琴乃はその安心に酔い、テンポよく進行していく。


そこで、エマが仕掛けた小さなスイッチが押された。舞台近くに置かれた一台の小型スピーカーが、エマの味方の雑談を拾い、遠回しに琴乃の耳に流れるようにセットされていた。その雑談は、エマが前に話すように頼んでいたものだ。


音は意図的に小さく、しかし明瞭だった。


「あの子、裏で散々言ってたよね」


「助けてって言われてもほっといた、自分は助けてもらっといて」


──それらは誰かの声ではなく、過去の自分たちの会話が編集されたように聞こえた。

琴乃は一瞬、一語一句を確かめようとした。

だが舞台上、彼女の脳裏には「大丈夫」という幻影が残っている。司会の緊張、笑顔の維持、そのすべてが、彼女を“演技”させた。安心が生む油断が、最初の小さな口を滑らせる瞬間を作る。


「……私だって、怖かったんだよ。だって、もし関わったらまたいじめられるかもしれなかった……」


そのひと言はささやきにすぎなかったが、会場の誰かが反応してしまう。音声は増幅され、噂が目の前で実証される。観客の表情が変わった。誰かがスマホを取り出し、ざわめきが広がる。琴乃の顔が紅潮する。慌てて取り繕うが、その口はもう止められない。


第三幕――自壊の開始。


エマは壇上の陰から、何もせずただ見ていた。怒りや復讐心の炎が、冷めた計算に変わっている。彼女は琴乃に“言わせた”のではない。琴乃自身が、安心の中で自分を正当化する言葉を口にしただけだ。だがその言葉は、過去の行為を補強する材料となり、周囲は瞬く間に判断を下す。


「あの子、確か前にいじめられてた子…?」


「最低、自分だけ助けてもらって、」


「うそ…」


「君、そういう子だったの?」


かつてエマを見て見ぬふりをした面々が、顔色を変える。狂気じみた騒ぎではない。静かな、確信的な離反だ。人は群れを守るために合理的に動く。小さな亀裂が入り、仲間関係は崩れていく。


琴乃は舞台上で震え、言葉が細くなる。

「ごめんなさい…本当に、怖かったの。ごめん」


その謝罪はもはや受け入れられない。謝罪の重みを測る尺度を、仲間が今度は他の側に持っていったのだ。誰もが「本当に怖かったのか」を即座に計量し、答えを出す。信用は戻らない。


第四幕――じわじわと広がる影。


舞台の一件だけで全てが決まるわけではない。エマは次の段階へ移る。小さな疑念を拡大させるため、エマは普段の行動を利用して校内の空気を操作する。放課後、彼女は「偶然」を装って琴乃の数人の友人に会い、さりげない質問を投げる。琴乃についてのことだ。数日後には、それが誰かの疑念、不安に変わり、別の誰かの愚痴として学校中を回る。


琴乃は日常のささいなことにも過敏になり、メールの返信すら遅くなる。友人からの誘いも減り、ある者は理由も言わずに距離を置く。些細な行動が積もり、彼女の心は削られていく。「自分は間違っていた」という自己疑念が、日々を侵食する。


最後のトドメは、人間が最も恐れるものだ。

エマは琴乃が家で信頼している誰かと不意に会話を交わす「演出」を仕掛ける。学校の掲示板に匿名で寄せられる“過去の記録”が、家族や身近な人の目に触れるように操作される。家族の間にも不穏な気配が生まれ、琴乃は内側からも追い詰められるその頃、琴乃の表面は必死に取り繕っているが、声は消え、顔は痩せ、目は落ち着きを失っている。


誰かのささいな視線にも怯え、夜は眠れない。仲間が去った教室の椅子に一人座る彼女の姿を見かけるたび、エマの胸には鈍い痛みが走る。

それは勝利の痛みでも、純粋な喜びでもない。長年つちかった絶望への応報が、自分の前に現れているだけだ。



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