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時間を巻き戻せる切符――代償は、君との一年分の記憶でした    作者: まなと
第四章 復讐の花が咲く頃に

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9話

強く、弱く、そして確かな、小さな願いだった。

リュカはえまの隣に立ち、低い声で囁く。

「最後に確認する。本当に……やり直したいか?」

列車が到着し、エマは答えられず、ただ切符を握りしめる。

胸の奥で、あの苦しかった日々と守れなかった罪悪感がざわつく。

ティオは軽く頷き、車内の案内を続ける。


「列車はすぐに発車します。座席の準備をお願いいたします。

ご希望の行き先に応じて、時間の流れが変わります」ドアがゆっくり開いた。

エマが一歩踏み出すと、金属と古い木の香りが混ざる独特な空気に包まれた。


「ようこそ、時空電鉄へ」

車掌のティオが笑みを浮かべて迎える。

制服は深い藍色で、肩の飾りが光を反射して煌めいた。


「お客様の目的地は――」

ティオは手元の切符を確認し、エマを誘導する。

「ご案内は私がします。安全に、そして快適に。

準備はよろしいですか?」

問いかけられているのに、なにが“準備”なのかはよくわからなかった。ただ返事をするより先に、エマの手は自然と切符を差し出していた。


車掌は静かに頷くと、懐から真鍮のパンチを取り出した。

カチン――


わずかに金属が弾ける音。

その瞬間、切符にあいた小さな穴から光がふわりと散り、エマの指先をすり抜けて空気に溶けていった。


胸の奥が少しだけ軽くなる。何かがひとつ手放されたような、静かでやわらかな感覚。


車掌はパンチをしまい、切符をエマに戻す。

小さな穴が開いただけなのに、見たことのないほど厳かな印が押されたように見えた。


「これで乗車できます」


言葉はやさしかったが、どこか決定的だった。


エマは目を伏せ、もう一度だけ切符を見つめた。

そして気づかないまま――その穴が、彼女の記憶の小さな欠片と引き換えだったことを。

そしてエマはティオの指示に従って座席へ向かう。

座席に腰を下ろすと、列車内の時間がゆっくりと歪む感覚が伝わってきた。


胸の奥で、あの苦しかった日々と守れなかった罪悪感がざわつく。


「列車はすぐに発車します。座席の準備をお願いいたします。

ご希望の行き先に応じて、時間の流れが変わります」


エマの手に、切符が温かく感じられた。

光が少しずつ強まり、列車は静かに動き出す。

窓の外の景色が後ろへ流れ、過去と未来の断片が揺らめく――

窓の外には、過去の教室や、笑い声、冷たい視線――断片的に映像が揺らめく。

ティオの声が響く。

「さあ、時空の旅の始まりです」

エマは深く息を吸い込み、心の奥底でまだ言葉にならない希望と恐怖が入り混じる。

列車は静かに、しかし確実に、時間の迷路を走り出した。

車輪の振動が静かに伝わる中、電車のシートに沈み込む。

窓ガラスに映る自分の顔は、まだ泣き腫らしたまま。


「……はぁ……っ」


背後から柔らかく声が落ちた。


「ずいぶん急いでたね。何かから逃げてる?」


車掌のティオが、穏やかに問いかける。

優しいけど、逃げ道を作らない声。


エマは俯いたまま、やっと言葉を絞り出す。


「……逃げてる。逃げたの、私……」


「そう。じゃあ追ってきてるのは誰?」


「……前にいじめられてた子」


息が詰まる。胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

そして言葉が続く。

「……でも、なんで……あのとき、私はかばったのに……」


ティオは動かず、ただ耳を傾ける。


「……前に、私はその子を助けたの。

自分がどれだけ痛くても、嫌な思いをしても、その子を守った。

でも今度は……私がこんなに痛くて苦しいのに、その子は助けてくれなかった」


声が震え、涙が止まらない。

怒り、悲しみ、苛立ち──それらが全部混ざり合って心を押し潰す。


ティオはそっと問いかける。


「その気持ちは……怒り?裏切られた悲しみ?」


「……両方。なんで……あのときの私を見ていたはずなのにって……」

胸の奥で叫びたい気持ちが渦巻く。

でも声に出さなければ、自分が壊れそうで。


ティオはじっと見守るだけ。

慰めも、責めもせず、ただ存在している。


「……私は、どうしたらよかったの……偽善者、だっていうの?」


その一言に、すべての感情が詰まっていた。

怒り、悲しみ、失望――

そして少しだけ、自分自身への苛立ちも。


ティオは息を吸って、静かに言った。


「君は、あのときの自分と同じように、今も誰かに期待してしまったんだね。

でも、誰かを助けることと、助けてもらうことは別物なんだ」


エマは震える肩を抱えて、うなずくことしかできなかった

「……ううん。理屈じゃないの……ただ……」


嗚咽が漏れ、胸の奥のもやもやが少しずつ溶けていく。


電車はトンネルに入る。

暗闇の中で、自分の涙だけが、静かに揺れる。


ティオは優しく、でも何も押し付けずに囁いた。


「その答えは、君自身の中にある。

他人に求めすぎて、自分を見失わないように」


エマは肩を震わせながら、小さく息をつく。

胸の痛みはまだ消えない。

でも少しずつ、自分の感情に向き合う力が戻ってくるのを感じた。

電車の振動が静かに体を揺らす。

窓の外には暗いトンネルが続き、街の灯りは遠く消えている。


「……なんで、あのとき助けてくれなかったのって……」

エマの声はまだ震えていた。胸の奥に渦巻く怒りが漏れ出す。


ティオは静かに頷く。

「その気持ち、君が抱えるのは自然だよ。期待して、裏切られた気持ち……誰でも経験する」


エマは小さく息をつく。

「でも……なんで私ばかり……なんで、私が痛い思いをしてまで助けた人は、私を助けてくれないの……」


「それで……どうしたいと思う?」

ティオの問いかけに、エマは顔を上げられずに俯く。


「……わからない……でも……腹が立つ……」

小さな声で、でも強い感情が滲む。


ティオは優しく、でも少し踏み込むように言った。「その怒りを、ただ胸の中に留めておくのか……それとも、何か行動に変えるのか。

……復讐、という方法もあるけれど、本当に君はそれを望む?」


エマの目が一瞬、わずかに揺れる。

「……復讐……?」


「うん。誰かに仕返しをしたい、という気持ちは自然なことだよ」

ティオは静かに、しかし確かに言葉を届ける。


エマの手がぎゅっと握られる。

胸の奥で、怒りと悲しみが混ざり合って、ざわざわと動き出す。


「……でも、そんなことしても……なんにも変わらない気がする」

声は小さくても、少しずつ吐き出される感情に力が宿っている。

 助けたのに助けてもらえなかった――その裏切られた気持ちが、まだ熱を帯びている。

でも、その怒りをどう扱うかは、自分自身で決めるしかない。


ティオは優しく微笑む。

「君自身がどうしたいのか……それが大事なんだ

復讐するのか、手放すのか。どちらを選んでも、君の意思だ」


エマは黙って、胸の奥で感情が波立つのを感じた。

電車の振動が、彼女の心のざわめきと共鳴するように、静かに響いた。沈黙が少し続いたあと、エマは唇を噛みしめながら震える声で言った。


「……復讐しても、意味なんてない……ずっとそう思ってた」

言葉とは裏腹に、声の奥にはまだ怒りが燃えている。


ティオは否定も肯定もせず、ただ聞いている。


「でも……なんで私ばっかり苦しまないといけないの?」

拳が震える。

「なんで……あんなに、あんなに勇気を出して守ろうとしたのに……!

どうして、あの子は……私がいじめられたときは見て見ぬふりをしたの……!」


声が割れる。

胸の奥の抑え込んでいた感情が、蓋を破って溢れ出す。

「許せない……!」

涙が、頬を熱く濡らす。


ティオがゆっくりと息を吸う音が聞こえる。

しかし何も言わず、ただ続く言葉を待っていた。


「助けたのに裏切ったあの子も……

私を笑っていた周りのみんなも……

見て見ぬふりをしてた人たちも……!」



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