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虚ろな腕で紡ぐ剣  作者: どるき


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青天の霹靂

 澄み切った晴れた青空に迸るイナヅマ。

 青天の霹靂と呼ばれるこの現象さながらの〝あり得ないほどの出来事〟を彼らは見た。

 殺しても構わない闘奴に現れたのは二人の男。

 片方は背中に刀を2本背負ったガッシリとした男で、もう片方の鍔のない刀を抱きかかえる男との対比で大きく見えていた。

 共に新顔ということもあり、見物人の賭けは大柄な男に集まっていく。

 男が抜き放った双剣の構えも立派であり、傍目には震えているようにさえ見える小柄な男は〝戦わずにして負けている〟と判断されても仕方がない。

 だが勝負は一瞬でついた。


「なにっ!」


 瞬きの間という言葉の通り、多くの見物人は種を瞬きで見逃してしまう。

 その一瞬に起きた何かは双剣の男を間合いの外から斬り伏せてしまう。

 切られた当人ですら己の胸から血飛沫が上がるまで傷の痛みに気づかないほど。

 一呼吸置いてから上がる軍配もそれを物語っていた。

 見物人の中には戦意を失った浪人も居たほど。

 このような手合はこのまま闘奴から離れたほうが幸せな結末を迎えるわけだが、そのような軟弱者がいる一方で強気な男も混ざっている。


「面白い奴じゃねえか」


 壱阡ぜんと名乗ったこの男を見て仲松丸は呟いた。

 見たことのない神速の居合。

 怖気づく有象無象。

 だが自分ならどう攻略してやろうか。

 早速立ち会いを申し込みに行った仲松丸ではあったが壱阡には先約が既に3人。

 聞けば弱そうな出で立ちに惑わされた浪人たちに目をつけられて、初の立ち会いよりも前に生き残った際の立ち会いが決まっていたという。

 仕方がないかと4人目に名乗り上げた彼にお鉢が回ってくるのはもうすぐあと。

 それを待ちつつ現在で言うイメージトレーニングを繰り返していた彼のもとに、闘奴を通して生まれた友が馳せ参じた。


「剣に迷いがあるな。自信がないのか?」


 率直に彼の現状を述べる小兵衛を見た仲松丸の顔は苦虫を噛み潰したよう。

 図星━━━いざ意気込んで立ち合いを申し出たものの、先駆者が斬られていく様に仲松丸は勝ち筋を見失っていた。

 下手に時間が空いたことが良くなかったのだろう。

 直感肌である彼に下手な前情報は逆効果らしい。

 そして彼が萎縮するのも無理はない勝ち方を壱阡は繰り返していた。

 ここまでの3人は全て一瞬の居合による決着で手も足も出させていない。

 見切りの良さ、返しの巧みさに秀でることで、長い太刀でも間合いの内側苦にしない仲松丸であっても、見えない相手は恐怖であった。


「へっ!お見通しってわけか」

「見通すも何も、いつもの調子であればこんな太刀筋にはならんだろう」


 小兵衛が指摘したのは仲松丸が仮想中に作った刀傷。

 普段ならば綺麗に断ち切っていたであろう竹の節は半端に刃で切り開かれた跡が残って繋がっていた。

 刀を正確に振り抜けていない証拠である。


「隠せねえか。この調子じゃあ……もしアンタと今戦ったら確実に死ぬな」

「そう思うなら試してみるか?」


 弱気な仲松丸に対しての挑発。

 左手は鍔元に指がかかり、無くしているはずの腕が柄を握っていた。

 それは仲松丸の錯覚に過ぎないのかもしれないが、実際に彼はその腕を見ている。

 そしてそのまま右腕を振るう小兵衛が抜いたのは夢想の刃。

 形なき剣が横一線に彼の胴を貫いたとき、死を錯覚した仲松丸はようやく夢から覚める。

 死を覚悟した瞬間にあふれた体液で濡れる着物。

 そのじわりとした不快感を自覚したとき、彼を惑わす幻想だけが死を迎えたようだ。


「これで死ぬようならば、お主とはそれまでよ」


 立ち去る小兵衛を追うこともなく川で行水をした仲松丸は替えの着物を纏う。

 普段の立ち合いにおいて着込む派手な服とは真逆の襤褸切れ。

 飾り気のない姿は「戦わずに負けていた」自分を嘲笑う死に装束か。


 その姿で一夜を過ごして迎えた立ち合いの瞬間。

 仲松丸の姿を驚く見物人たちの顔を愉悦の表情で眺めた壱阡は彼を煽る。


「そんな汚い格好で死んで恥ずかしくないんですかい?」


 小声なので聞こえているのは仲松丸だけ。

 周りは普段の態度から壱阡がこのような挑発をする人物とは思っていない。

 もしかしたらこれまでの相手にも同様に口で牽制をしていたのかもしれないが、どちらにせよ見物人たちにとってはどうでもよい。

 ただ〝そのような共通認識〟が壱阡を不気味な小男に見せていた。


「五月蝿えよ」

「クククッ」


 仲松丸答えを「図星」と受け取った壱阡は含み笑いをしながら上目遣いで彼を見る。

 いくら闘奴で名が通った腕利きと言ってもこの程度か。

 仲松丸とかいう男も他の有象無象と大差ない。

 そう相手を軽く見た彼の僅かな隙を仲松丸は見逃さない。

 ゆっくりと大太刀を抜き放った仲松丸の目は昨日までの怯え泳いでいたモノとはまるで違う。

 静水の如く静かなソレは壱阡が立てた波を見逃さない。


「始め!」


 行事の掛け声と共に息を呑む見物人たちの瞬きが揃う刹那、縮こまった格好から居合を抜いた壱阡の間合いは広い。

 弱そうな素振り、小柄そうな仕草、総合した〝小男〟という先入観。

 それらは全て壱阡が相手を惑わすために演出した芝居に過ぎない。

 本当は仲松丸とも肩を並べられるほど背丈も高く、特に腕は一の腕だけで刀子の肩から指先まで届くほど。

 着物と姿勢で隠したそれを刹那だけ解放することで成立した「認識外の間合い」が仲松丸を断ち切ろうとしたわけだが━━━


「ぐっ!?」


 手応えの無さに呻く壱阡の声が乾かないうちに仲松丸の剛刀が振り下ろされていた。

 種を明かせばこれも単純なこと。

 仲松丸は隠された間合いを見切り、壱阡の居合を一歩引くことで躱していた。

 そのまま加速を付けて踏み込まれた真っ向斬りには勢いも乗っている。

 自慢の大太刀だからこその間合いの長さもあり、必殺戦術を過信していた壱阡が己の失態に気づいた時には既に刃は食い込んでいた。

 体格を隠すためなのだろうか。

 上等な厚めの着物は刃を防いで食い込みが甘い。

 だがそれでも鎖骨が折れて心臓に近くまで刃は届いている。

 即死していないだけで致命には違いなかった。


「それまで!」


 これから迎えるであろう壱阡の死に軍配は揺るがない。

 まだ微かに息がある壱阡から引き抜いた刃を拭った仲松丸は無言でこの場を立ち去った。


 その日の夜。

 いつもの派手な着物に着替えた仲松丸が酒を嗜んでいると、示し合わせをしていたかのような態度で小兵衛が隣にやってきた。

 既に日が落ちて刀子は眠っている。

 酒の席に子供は不要ということだろう。


「今回の立ち合い……お主にとっては良い薬だったであろう」

「チョッ!辻殿はなんでもお見通しかよ。まあ事実だからしょうがないけれど」

「なんでもは流石に知らぬさ。知っていることだけ」

「よく言うよ。アイツが本当はデカいのを隠すことで間合いを狂わせるなんて芸当を見抜いたヤツが他に居たら教えて欲しいね」

「それこそワシも計り知らぬ話よ」

「ククク……ズルい男だ」


 自嘲している通りに壱阡との立ち合いの始終は仲松丸にとっては良薬となった。

 おぼろげに答えに近づいたことで相手を過度に恐怖して、解けぬ答えに恐怖してしまう弱き者としての自分の姿。

 だがそれを乗り越えて強き者になる事こそが武芸者として目指す彼の道。

 乗り越えた以上は情けない姿も恥ではないと、仲松丸は照れる心を酒で洗い流した。

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