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虚ろな腕で紡ぐ剣  作者: どるき


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短杖二天

 〝闘奴〟で行われる小兵衛と慎吾の立ち会い。

 片腕が不自由ながらも実力をすでに示している小兵衛に対して、同じく実力者と知られていた仲松丸を破った杖の使い手ということで慎吾にも注目が集まっていた。

 特にリーチという観点では5尺の杖を使う慎吾が有利であろうか。

 それに対して小兵衛も対抗するように、普段より長い刀を握りしめて現れた。


(勝ってください)


 そう祈りを込めている刀子が握るのはその刀の鞘。

 小兵衛が刀喰いから取り戻した彼女の父の遺作である。

 拵えを変えたので周りは〝あのときの刀〟だとは気づく様子はないが、この業物であれば杖も容易く切り刻めるであろう。


「なんだあれは?」

「杖の替えを持ってなかったのか?」


 一方、慎吾が握りしめていた武器を見て、見物人たちも驚きの声である。

 両手には前回の立ち合いにて仲松丸に切り離された短い杖。

 長い方でも3尺あるかどうかである。

 これでは長さの利点が失せており、先日見せた槍のような杖捌きは期待できない。

 慎吾に賭けた人間から落胆の声が上がるわけだが、逆に両手に杖を構えるという作戦の利を見抜いて頷く者もちらほら。

 慎吾に対しての意見に賛否が分かれる中で立ち会いが開始した。


(来るなら……殺す)


 慎吾の構えは杖の先端の延長線が小兵衛の心臓で交差するように両手を突き出した十字。

 小兵衛からの先を誘って後を取るつもりである。

 伽藍洞の右腕を添えた小兵衛は中段に構えていたが、睨み合いはどちらかが動くまで終わりそうもない。

 ジリジリと睨み合う二人の武芸者。

 その間に差し込む微風を合図に小兵衛は動いた。


(まずは十字を崩す)


 構えを崩す目的で刀を持ち上げた小兵衛の唐竹割りが慎吾を襲った。

 誘いであることなど承知の小兵衛は両手を開いて杖に刀が当たらないようにかわすと、左手片手で腰を狙う切り上げは右手首を回して短杖を添え、軌道を変えることで無効化。

 そのまま接近し、左手の短杖で小兵衛の目を狙いつけた。

 短いからこそ可能な密着状態での突き。

 当たれば失明することも必然な牙である。


(小癪な)


 だが慎吾が心の中で悪態をついたとおりにそれは防がれる。

 欠けた右腕を覆う伽藍洞の籠手が間に入り込むのだが━━━


「唵阿毘羅吽欠!」


 念仏をスイッチにした自己暗示で限界を超えた膂力を引き出した慎吾の左腕は虎をも噛み殺す勢い。

 受け止めた籠手ごと押し込まれた杖には慎吾の握力で指に沿った凹みが現れて、突き刺さる歪んだ短杖の破片で傷ついた掌から流れる血が滴っていた。

 その威力を前に突き飛ばされて姿勢を崩す小兵衛の隙を慎吾は逃さない。

 脚に浮き出た脈が破裂する勢いの力強い踏み込みで間合いを詰めた慎吾は渾身の力で右手の短杖を振り下ろした。

 激しく鋭い軌道は刀で受けても刃毀れしそうなほど。

 しかして受けなければ頭蓋を砕くであろう。

 しっかりと地に足がついていれば、側面から軌道を逸らせたのだがと思う間もない一瞬の交錯。

 小兵衛は死地に飛び込む。


「破!」


 念仏を唱えた慎吾に対抗するかのような破裂音。

 大きく息を吐き出しながら籠手を盾にして間合いを詰めた小兵衛は慎吾の沸点をズラすことに成功していた。

 籠手の接合が緩んで今にも抜けそうであるが構わない。

 右手が軽くなりすぎるのは重心の変化と〝あのとき〟を思い出して気色が悪いが耐えられなくはない。

 今はただ目の前にいる相手に集中するのが最優先。

 己を殺そうとする殺意を振り払うことにだけ注力した小兵衛は刀を巧みに振るう。


(粘る!だが!)


 小兵衛の防御を苦し紛れと捉えた慎吾のもう一声。

 ヒビが入り折れそうな右手の短杖を投げ捨てた上での最後の一突き。

 木片であっても腸を貫く勢いの刺突を放とうとした彼の意識は唐突に違う光景を見た。


「お京……」


 眼前に現れたかつての想い人が彼に何をしたのかを知るすべはない。

 立ち会いを観る人間も。

 実際に立ち会った小兵衛も。

 この場にいた慎吾以外の全員が見た光景は、籠手を振り放しながら振り抜かれた小兵衛の刀が慎吾の突きの先を奪い、肩口から心臓にまで達していたという事実だった。

 無銘とはいえ長に奪われた期間には〝刀喰い〟として畏怖されただけの業物ということだろう。

 まっすぐに振り抜かれた刃は鍛え抜かれた慎吾の皮も、肉も、骨すらも、豆腐を包丁で切り分けるかのように断ち切っていた。


「ごふっ」


 傷の位置もあって慎吾が最後に何を語ろうとしたのかはわからない。

 そのまま彼は口から血を吐き出して亡くなった。


 立ち合い後、慎吾の亡骸は〝闘奴で死んだ他の者〟と一纏めにして荼毘に付される。

 供養をする坊主の念仏に分け隔たりはなく、彼は胴元から預かった金子に見合った仕事をするだけである。

 金に身を委ねる生臭坊主ではあるわけだが、それゆえにこの坊主は平等なのかもしれない。

 私闘の末に死んだ人間など供養する価値もないと吐き捨てる坊主だってこの時代には存在していた。


「浮かない顔ですね」


 そして血まみれの刀を握って生還した小兵衛を出迎えた刀子はそっと尋ねる。

 確かに彼女が言うように小兵衛の顔は明るくない。

 勝利したのだから喜べばいいと誰かは言うが、それを案ずる刀子こそ最も暗いのだから我がふりを直せということだろうか。


「殺すか殺されるかの立ち合いだったからな。それにワシよりも、むしろおトウのほうが……」

「そうですね。失礼しました」


 父の遺品を受け取った刀子は紙で血を拭いながら答えた。

 鞘に入れる前の丁寧な掃除。

 血糊を拭った紙から染み出た血は刀子の指を赤く染めていく。


「すまぬ。先にワシが余計なことを言ったせいだな。しかもワシ自身もあやつを斬ったことを少し引きずっておるのだから、武芸者として失格だ」


 刀子に相手の身の上話など語らねば彼女は相手の死を意識しなかったであろう。

 そう感じたからこそ刀を清める刀子に謝る小兵衛を当人は見つめた。

 確かに小兵衛が言うように、仇討ち失敗という結末に終わったことを残念に思う気持ちが刀子にはあった。

 だがそれは小兵衛が代わりに〝刀喰い〟を斬らなかったら自分が同じ道を辿ったであろうという意味合いが強い。

 もちろん斬り殺す必要がなく、仲松丸のように武の研鑽を積むための好敵手となれていればよかったであろう。

 だがどちらかが片方が死ぬとすれば、やはり刀子にとっては〝かわいそうな経歴を持つ復讐者〟よりも━━━


「先生は悪くありません。確かにあの人を斬らなければならなかったことは残念に思いますし、それが顔に出てしまいました。ですが先生がこうして無事に帰ってきたのですから結果は上等です。いくら相手に〝かわいそうな過去〟があるからと言って、先生が死んでもいいとは思いませんから」

「そうか」

「それにまだまだ……わたしも先生に教わりたいことがたくさんありますので」


 まっすぐな正しい人間だからこその殺意を切り伏せた小兵衛は武芸者として少し成長したのだろう。

 勝手に悩んで。

 勝手に頼られて。

 勝手に解決して。

 自分の無事が最優先であることをハッキリと提示する刀子のおかげで小兵衛は復讐の闇にとらわれずに済んだようだ。

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