杖の慎吾
士官、腕試し、仇討ち、金儲け。
目的は各々で異なる〝闘奴〟だが、命知らずの浪人たちが武を交えることに違いはない。
この日、関東から流れ着いての初戦に挑むこの慎吾という男もそう。
彼は槍も刀も持たず、五尺近い長さの杖を構える。
「アンタのその戦い方……夢想流とかいうやつか?」
対戦相手である仲松丸は噂で聞く流派ではないかと慎吾に尋ねた。
夢想流は権之助という男が起こした不殺を信条とする流派。
刃物のかわりに長い杖を使うのが特色である。
確かに獲物だけを見れば慎吾のソレは夢想流に酷似している。
だが彼はそれを否定した。
「いいや、これは某独自の業よ。確かに夢想流の権之助殿を参考にしたのは否定はせぬが」
「つまり猿真似と言うやつか。こちらの獲物は大太刀。そちらは杖。模倣の付け焼き刃では左眼の二の舞になるかもしれねぇが……そのときは勘弁してくれや」
「無論」
彼の言葉通りであれば彼が使う杖の技は夢想流を参考にこそしているが彼独自の技らしい。
夢想流自体どのような技なのか噂程度にしか知らない仲松丸にとってはどちらにせよ不慣れな芸前でしかないだろう。
刃物ではなく棒切れを振り回す以上、万が一の場合には相手の刀で大怪我を負う危険性は高い。
そう思って投げかけた仲松丸の懸念を「無論」の一言で突っ返す慎吾に彼は冷や汗をかく。
この態度、どれだけ腕に自信があるのだろうと。
(だったらわからせてやる)
溜めを作り脇構えで構える仲松丸はジリジリと間合いをつけて隙を狙う。
しばしの睨み合い。
掌に伝わる大太刀の重み。
汗の分泌がピークを迎えても八相を崩さない慎吾に対して、痺れを切らした仲松丸は大太刀を振るった。
風を切る長い刀。
杖で受け止めるのは困難な剣の早さに対して、慎吾は後ろに飛び退いて攻撃をかわす。
間合いを取った慎吾は杖を槍のように腰だめに構えると、仲松丸が振るう激しい連撃を迎え撃つ。
(唐竹、平突き、袈裟)
最初は真っ向からの切り落としを太刀の横腹を叩いて反らし、右手側にそれた刀身の姿勢を直しながら刀身を地面に水平にさせた突きは体側に向いていた峰に杖を添えて防ぎつつ間合いを詰める。
それに対して左手を強く握り、手首を返した仲松丸は峰を右手で押しながら身体に巻き付くように太刀を振るうことで死角を埋める袈裟斬りで頸動脈を狙いつけた。
だが慎吾もそれに反応している。
杖を横にして鍔元を押さえたことで木の棒に過ぎない杖でも大太刀を防ぐのに充分な硬さで攻撃を凌ぎきった。
そもそも鎬を削るという言葉があるように、真剣同士であっても刀身を打ち付け合う時には鎬を削りあうようにしなければ弱い刀から瞬く間に傷んでいく。
その点を考えれば「切断されない限り問題がない」木刀や杖のほうが武器同士のぶつけ合いには強い。
だが流石に仲松丸の剛刀は名のある業物か。
競り合いのさなかで引かれた刃先は杖にスッと入り込み、そのまま杖をやすやすと断ち切っていく。
「御免!」
このまま切り裂いて命まで絶ってしまうであろうという意味での勝利を確信して漏れた言葉。
それを浅はかな早合点だと言わんばかりに振る舞う慎吾は杖を捨てて仲松丸の背に回り込んでいた。
凌ぎきったがもはや空手。
(無刀取りでもするのか? だがオレを相手に出来るかな)
と、考えながら振り向いた仲松丸の額に星が流れて決着となった。
慎吾の手には短い杖。
捨てたのは切られて不要となった半分だけであった。
「無事ですかな」
立ち合い後、気絶から目覚めた仲松丸を気にかける慎吾は濡れた手ぬぐいを持っていた。
どうやら自分が打ち付けたことで出来た仲松丸のコブを冷やしていたらしい。
「お陰様で。いやあ……オレもまたいい経験をさせてもらった」
負けはしたが実力者と戦って、そのうえ生き残れたのだから大勝利だと仲松丸は言う。
強さを求めて〝闘奴〟に参加している彼としては勝利より糧を得ることのほうが重要である。
「死なずにすんだしな。だがまあ……どうせなら勝ちたかったけれどな」
「それは良い心がけだ。某も精進のためにここに来た武芸者の端くれとしては勝ちたいのはもちろんだが、死なないことが一番よ」
「もしかして杖を選んだのも相手を殺さないためなのか?」
「左様。殺せば終わりは関ヶ原を最後に店仕舞。今は相手も殺さぬ活人剣を目指して某は杖を選んだ」
「関ヶ原ねえ……オレはまだガキだったから参加していないな。ちなみにどっち側だったんだい?」
「今のような暮らしをしている時点でお定まりよ」
「ああ、そういうことか」
10年前の関ヶ原では慎吾も足軽として参加している。
そして自信満々で挑んだ戦場で名を挙げられなかったと言うことは、単純に考えれば西軍に参加した敗残兵と考えるのが自然。
含みのある慎吾の物言いを仲松丸もそう受け取っていた。
だが真相は少し異なる。
それを仲松丸が知るのは〝次の慎吾の立ち合い〟までお預け。
立ち合いに負けた友人を見舞いに来たとある浪人を見る彼の眼差しに宿る殺意に仲松丸は気づかなかった。




