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虚ろな腕で紡ぐ剣  作者: どるき


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2/5

敵討ち

 命など投げ捨てたならず者たちが戦う〝闘奴〟という場に集うのは悪党のほうが多くなる。

 例えば連日の生捌ぎりで名を上げているこの男もそう。

 無銘ながら天下に轟く名刀とも遜色のない刀を持ち、武器破壊による圧勝を続けるこの男は〝刀食いの長〟と呼ばれている。

 胴元も派手な勝ち方からあまりにも人気があるため、賭けに条件をつけようかと検討しているほどだった。

 そんな男の立ち合いを睨むように見ている少女がひとり。

 闘奴が開かれている駿河まで単身でやってきた彼女の足は泥に汚れて、生来の可憐さを霞ませるほど。

 彼女の名は刀子トウコ

 おトウちゃんと呼ばれていた彼女は刀匠だった父の仇を追ってここまでやってきていた。


「やめておけお嬢ちゃん。お前じゃ賭けにもならねえ」


 試合後、意を決した彼女は胴元に詰め寄る。

 曰く、自分を長の対戦相手として闘奴に出場させてほしいのだという。

 無謀とも思える直談判だが刀匠の娘というだけのこともあるのだろうか。

 棒きれを片手に身構える彼女のスジは意外と良かった。

 だが、あくまで「浮浪児の小娘が振るう腕っ節として」は良いという程度。

 闘奴に身を投じる浪人たちと比べたら、たとえ天下に轟く名刀を握らせても勝ち目などない。

 それをわからせるためなのだろう。

 己が下郎を圧倒する彼女を胴元は素手で制した。


「それでも……あたしは……」

「その目……復讐か?」


 刀子は押し黙るが、嘘をつけない目線が胴元の問いかけに正であると答えている。

 例えその場を誤魔化す嘘でも否定したら叶わなくなるという不安を彼女は抱えていた。

 それを胴元も察しているようだ。


「だが子供をみすみす殺されるように仕向けられるほどおれも腐っちゃ居ないさ。お嬢ちゃんのスジならいずれ長より強くなれるかもしれねえが今はまだ無理だ。無理に自分でやろうとしなくても長のような手合いはいずれ死ぬ。それまで気長に待てばいいさ。見物料の心配も要らねえしよ」


 賭けが盛んな今の闘奴は見物料を取らない。

 それに賭けに条件をつけることを検討するほどに〝目立ちすぎた〟浪人が排除されるのは闘奴の常。

 なのでもうじき死ぬであろうと待つことを諭す胴元なのだが、今すぐにでも殺して遺品の刀を取り返したい少女は我慢ができないという様子。

 聞き分けのない態度を示す刀子に呆れる胴元は「子供を闘奴に出場させることは出来ない」の一点張りで彼女を追い返すことしか出来なかった。

 そんな二人のやりとりを見ていた浪人がここに一人。

 彼は刀子が諦めて立ち去るのと入れ違いに胴元に詰め寄ると、次の試合にとある条件を提示して去っていった。


「ワイとしてはあんさんのようなショボい長ドスの使い手は不服なんやけどなあ」


 そして次の試合の日。

 闘場にて対戦相手と向かい合う長は開口一番に相手を侮辱する態度を見せる。

 彼としては壊せれば自慢になるし、壊せないのなら良い獲物が手に入るという理由から、業物を所有する相手と戦いたいと思っていた。

 そろそろ大太刀使いの仲松丸が出てくるかと期待していた長からすれば、目の前の男は不服である。

 確かに右腕の籠手はそれなりの業物らしいがかなり痛んでいる。

 そして獲物は目を見張るものもなし。

 勝つのは当然でも面白くないという態度を長は隠せずにいた。


「だからこそだ。こちらとしては貴様の使う業物は〝殺してでも奪いたい〟からな」

「ぬかせ!」


 挑発を返す対戦相手に「速攻で片をつけてしまおう」という態度の長は決着を急ぐ。

 互いに納刀状態ということで勝負開始の宣言を待たずに仕掛けた長は横一線の踏み込み抜刀で勝負に出た。

 鞘走りの時点で相手の右手は刀に手を伸ばすこともなくだらりとしている。

 つまり自分の抜刀速度に対応していない。

 このまま籠手で受けようとも切り裂いてしまおうではないかと切っ先に力を込めた長は勝利を確信し、肉を裂く刃物の感触に少し酔う。

 ぐにゅりという抵抗を切り進む手応え。

 骨の硬さなど感じない業物の切れ味。

 今使っている刀は無銘の刀匠の作品だが、殺してでも奪う価値があったと再確認する長の頭の中はさながら芥子の実の汁で満たされているようだった。

 だから彼は気づかない。

 長に賭けて彼の勝利に期待している見物人たちも早すぎて気づかない。

 そんな中、長の死を望む刀子は刹那の交差に気づいていた。


「ピン!」


 鯉口を切る音がかすかに鳴る。

 大半が長が立てた音だと錯覚する中で、親指で鍔を弾いた対戦相手の刀はその勢いで一尺ほど刀身がまろび出ていた。

 対戦相手は間髪容れずに左手逆手で握ると、横一線で振り抜こうとしている長の右手手首を的確に狙い澄まして刃を立てる。

 そのまま腕を振る長の勢いを利用した逆手の一閃は彼の手首を切り裂くのに充分だった。

 関節を割いた逆手の刃によって刀を握ったまま千切れ飛ぶ長の手首。

 見物人の前に飛来したそれに彼らが気づいたとき、ほとんどが困惑する中で刀子だけは剣士としての長の死に歓喜の笑顔を見せていた。


「侮るのは勝手だが随分と迂闊だったな」


 順手に持ち替えた刀の先を長の喉に突き立てながら対戦相手は迂闊だと言う。

 彼からすれば長の抜刀は隙だらけという意味合いであり、実際やすやすと手首を切り裂いたのだから嘘偽りはない。

 彼からすれば「自分の右腕が万全ならこんな抜刀なんてしない」という自負の表れ。

 手首を切り落としたことで既に勝負がついているのにも拘わらず、対戦相手はそのまま刃を長の喉に突き立てた。

 断末魔すら叫ぶまもなく長の命を絶ったこの男は辻小兵衛。

 篭手に覆われた右腕の不随を噂される、無敗だが極力相手を殺さない戦い方でも知られている異色の浪人。

 見物人たちは彼が遠慮なく相手を殺す初めて見る姿に驚きの目を向ける。

 まさか長に恨みを持っていたのかと。


「約束通りだ」


 そのまま長の喉から刀を抜いた小兵衛は血振りをして着物の袖で血を拭うと、納刀して開いた右手で長の刀を持って闘場を去る。

 約束とは胴元と話していた「勝利したら長の刀を好きにする」というもの。

 目の前で父の仇を殺されただけではなく、遺品の刀を持ち去った小兵衛に刀子が複雑な感情を持つのは当然の流れであろう。

 そのまま小兵衛のあとをつけた刀子は彼の根城を突き止めると、夜になるのを待ってから棒切れ片手に押し入っていく。

 目的はもちろん父の遺品。

 長から奪った刀をさらに奪い返して故郷の父に供えたい。

 そう意気込んで。


 その後、小兵衛と刀子がどうなったのかはまた別の話。

 仔細は語らずにおくが、共に暮らすようになった二人の間に縁ができたことだけはここでは触れておこう。

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