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虚ろな腕で紡ぐ剣  作者: どるき


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1/5

片腕の剣士

 慶長5年。

 西暦にして1600年に起きた関ヶ原の合戦は〝天下分け目〟と言われた大戦だったわけだが、このとき人知れずひとりの男が参加していた。

 西軍が募集した浪人衆として持参した胴丸と刀一振りで参加したその男は若さに反した大立ち回りをするのだが、彼の不運は合戦という場。

 槍衾の隙間を縫って切り込む彼を厄介と感じた真田昌幸の一計におびき出された男は利き腕を失い地に伏せる。

 そのまま医者の治療を受けることになった彼が起き上がった頃には合戦も雌雄を決したあと。

 敗北し何も得られないどころか片腕を失った彼はそのまま何処かへと姿を消してしまう。

 それから10年───行き場をなくした浪人たちが行う賭け試合〝闘奴たたかいやっこ〟の場に彼は現れた。


「それでは……始め!」


 行司が軍配を振り翳す闘場の中央で向かい合うふたりの男。

 片方は派手ないでたちに三尺を超える長い刀身を持つ大太刀を構える大男。

 そしてもう一人は赤黒い篭手を右手につけた二尺の短い刀を構えるやや小柄な男。

 賭けをする見物人たちは〝いかにも〟な大男に賭ける人間が多数である。

 これは格好以外に構えの違いも理由としては大きい。

 大男は体格を見せつけるような大きな上段構えなのに対して小男は右手に力を感じられない平正眼。

 添えているだけの右手はまるで不随であるかのようだ。

 これには大男も苦言を呈する。


「その右腕……まさかカタワか? 今逃げ出すのならオレは見逃すぞ。弱いヤツを切ったところで糧にならぬ」


 この大男───仲松丸なかまつまるは腕試しが目的で闘奴に参加している無頼漢。

 善人とは言えない乱暴な男ではあるが弱者を嬲る趣味はない。

 故に小男───辻小兵衛つじ こへえを右腕不随と判断して情をかけていた。

 だが小兵衛はそんなことなど言われるまでもなく承知の上で闘奴に参加している。

 故に愚弄されたと受け取り静かに怒る。


「御託はあの世で唱えてもらおう。此方の都合は貴殿には関係ないことである」

「この……死にてえのなら最初からそう言え!」


 小兵衛の煽りにカチンときた仲松丸は渾身の膂力で刀を打ち下ろした。

 先制攻撃による力押し。

 右腕が見掛け倒しであるのならば、押しつぶしてしまえばいいという合理的な判断に基づく一撃は闘場の地面すら割る勢い。

 受ければそのまま押し切ってしまおうか。

 避けられるものならどう避ける。

 そんな小手試しの太刀を向かい撃つ小兵衛はとても片腕とは思えぬほどに優雅であった。


「なっ⁉️」


 だらりと右腕を下げると右に寄った小兵衛は側面から左手一本の横振りで仲松丸の刀を打ち付けて軌道を逸らしたのだ。

 そのまま間合いを詰めると有利になるのは刀が短い小兵衛。

 リーチのある仲松丸の大太刀は刃を突き立てられないクロスレンジではむしろ足かせとなった。

 無論、仲松丸とて内側に入られる事態など想定済み。

 刀身にあわせて長い柄の柄頭を打ち付けて間合いを取り直そうとするわけだが、ここで小兵衛のカタワが生きた。

 左手片手の突きで目を狙う小兵衛の刀を逆手構えの要領の柄さばきで払うと、そのまま人中を狙う仲松丸の打撃に小兵衛は右腕を差し込む。


(やられた)


 硬い柄頭と刀全体の重みを乗せたそれを生身で受けようものなら悶絶する痛さなのだが、小兵衛にはそれは通じない。

 仲松丸も手応えからそれを感じて顔をゆがませていた。

 彼の予想通りに不随である小兵衛の籠手は伽藍洞。

 前腕が途中で切り落とされているということは、柄頭を打ち付けた衝撃も虚空に消えたわけだ。

 衝撃は篭手を通して小兵衛にも伝わるが闘争中の彼らにとってはそよ風のようなもの。

 小兵衛は跳ね除けられた刀を天を突くように持ち上げた状態から手首を返し、その峰を体躯で勝る仲松丸の側頭部めがけて打ち付けた。

 刃を返しているとはいえ骨が折れても不思議のない衝撃に走る稲妻。

 悶絶する仲松丸が膝から崩れ落ちたところで軍配が上がり、行司は小兵衛の勝利を告げた。

 血の流れない決着に見物人の反応は賛否であるが、この立ち回りを見て小兵衛の隻腕を見破る人間は一握り。

 血が見たいから見物をしている人間や、仲松丸に賭けて鼻毛を抜かれた人間が、一方的な理由で小兵衛を恨むだけである。

 だがどんな決着であれ闘奴という賭け試合に参加する浪人崩れにそれはつきもの。

 見世物になりに来た時点で背負う業であろう。


「な、なにゆえ……」


 闘奴後、命を奪わなかったことを不思議に思う仲松丸がこぼした一言に小兵衛も振り向く。

 仲松丸の言い分はある意味でもっとも。

 相手の命など吹けば散るほどに軽く粗雑に扱うのが闘奴という場である以上、手首を返して意図的に殺さなかった小兵衛のトドメは異常とも言えた。

 血を見たいだけの身勝手な観客に傾倒したわけではなくとも、同意の上での殺し合いに身を投じた者としては〝生かされた〟ことに小首を傾げるのは無理もない。


「おぬしはワシの右腕を見抜いたうえで情けをかけたであろう」

「あれは貴様の力量を見誤ったうえでのこと。カタワであっても貴様の強さは見劣りしなかった。むしろカタワであるからこその強さであろう」

「そう言われるとワシも喜ばしい。それでこその〝今の剣〟だからな」

「そうか」

「ああ」


 仲松丸は小兵衛の言葉の意味を深く問い正さない。

 言葉のやりとりから、小兵衛が「右腕を失ったあと、失う前よりも強くなろう」と研鑽を積んだ結果が今であることだけは理解できていたので、彼にとってはそれ以外の情報は不要だからだ。

 以降、ふたりは同じ〝闘奴に身を投じる命知らずの浪人〟として何度も顔を合わせることとなる。

 ふたりの背中には倒した相手の死体が積み上がっていくが、直接闘奴の場でふたりが立ち会うことは二度となかった。

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