偽りの英雄、真実の力
Sランクパーティーからの、絶対的な自信に満ちた告発。
謁見の間は、水を打ったように静まり返り、全ての視線が俺一人に突き刺さる。嘘つき、詐欺師、身の程知らず。そんな無言の非難が、空気そのものとなって俺にのしかかってくるようだった。
だが、俺はもう、あの日の俺じゃない。
国王陛下の鋭い視線を、俺はまっすぐに見つめ返した。そして、静かに、しかし、その場にいる誰もが聞き取れる明瞭な声で、告げた。
「――言葉での証明は、不要です」
ざわ、と謁見の間にどよめきが走る。俺のその態度が、あまりにも堂々としていたからだろう。
「この者たちが語る『真実』と、私が語る『真実』。どちらが正しいかなど、言葉をいくら重ねても意味はありますまい。ならば、陛下。そして、そこにいる皆様の御前で、はっきりと証明させていただきたい。――力をもって」
俺は、ガウェインの方へと視線を移した。彼は、俺の思いがけない反論に、一瞬だけ虚を突かれた顔をしている。
「Sランクパーティー『ストームズ・フューリー』リーダー、ガウェイン殿。陛下のご許可がいただけるのであれば、貴殿と、この私で、模擬戦を行っていただきたい。それこそが、何より雄弁な真実の証となりましょう」
「……なんだと?」
俺の提案に、ガウェインの眉がひくひくと痙攣する。だが、すぐにそれは、俺を完全に見下しきった、醜い嘲笑へと変わった。
「はっ、はははは! 聞いたか、皆! この無能が、俺と戦うだと? 身の程を知れと言ったはずだぞ!」
ガウェインは、国王に向き直り、恭しく頭を下げた。
「陛下、お聞き入れください。この愚か者の最後の望み、この私が、叶えてやろうではありませぬか。我が剣の錆にしてやるのも、かつての仲間への情けでございましょう!」
その傲慢な申し出を、国王は、黙って聞いていた。やがて、その口元に、かすかな笑みを浮かべると、重々しく頷いた。
「――よかろう。余も、真実がどちらにあるのか、この目で見届けたくなった。双方、王城訓練場にて、遺恨なく、その力を示すがよい」
***
王城訓練場は、異様な熱気に包まれていた。
Sランクの英雄が、身の程知らずの嘘つきを公開処刑する。そんな残酷な見世物を期待する、大勢の貴族や騎士たちが、観客席を埋め尽くしていた。
「おい、アッシュ。今からでも遅くはないぞ? 地面に頭をこすりつけて許しを請うなら、腕の一本くらいは見逃してやってもいい」
訓練場の中央で、ガウェインが嘲笑を浮かべながら言う。
だが、俺は答えなかった。ただ、静かに、足元の石畳の感触を確かめる。
やがて、審判役の騎士団長が、試合の開始を告げた。
「――始め!」
その声と同時に、ガウェインが動いた。
「まずはその生意気な面を叩き斬ってやる! 奥義――『光速連刃』!」
彼の愛剣が、光の尾を引くほどの速度で、無数の斬撃となって俺に襲いかかる。並の冒険者なら、その一太刀すら見ることなく、肉塊へと変わっていただろう。
だが、俺は、その場から一歩も動かなかった。
ただ、右手を、足元の石畳に、そっと触れただけだ。
「――《武装同化》」
ガギギギギギギンッ!
凄まじい金属音が連続し、火花が散る。ガウェインの放った全ての斬撃は、俺の体に届く直前で、まるで透明な壁に阻まれたかのように、弾かれていた。いや、違う。俺の全身の皮膚が、この訓練場の石畳そのものと一体化し、鋼鉄以上の硬度を得ていたのだ。
「なっ……!?」
ありえない光景に、ガウェインの動きが止まる。
その隙を、俺は見逃さない。
「――お返しだ」
俺がそう呟くと、ガウェインの足元の石畳が、まるで生き物のように隆起し、無数の岩の腕となって、彼の全身に絡みついた!
「ぐっ……う、動けん! ば、馬鹿な!」
あっという間に手足を拘束され、身動き一つ取れなくなったガウェイン。その姿は、まるで巨大な岩のオブジェのようだった。
観客席から、どよめきと、信じられないものを見るような視線が突き刺さる。
俺は、ゆっくりと彼に歩み寄り、かつて、俺が浴びせられた言葉を、そっくりそのまま返してやった。
「これが、俺の力だ。あんたじゃ、俺の荷物持ちすら務まらない」
圧倒的な、力の差。
訓練場に集まった誰もが、Sランクパーティーのリーダーが、Fランクの冒険者に赤子のようにあしらわれた、信じがたい光景を目の当たりにした。
ガウェインは、岩の腕に拘束されたまま、わなわなと唇を震わせている。その瞳には、もはや俺への侮蔑はなく、理解を超えた存在に対する、純粋な恐怖だけが浮かんでいた。
「――そこまでだ」
玉座から、国王陛下の、静かだが威厳に満ちた声が響き渡った。
その声に、俺は《武装同化》を解く。岩の腕は、音もなく石畳へと戻り、解放されたガウェインは、その場にだらしなく崩れ落ちた。
「……勝負は、決したようだな」
国王は、玉座からゆっくりと立ち上がると、無様な姿を晒すガウェインと、その仲間たちを見下ろした。その目には、氷のように冷たい光が宿っている。
「『ストームズ・フューリー』よ。今一度、問う。お前たちは、このアッシュという男を、本当に『無能』であると断じ、パーティーから追放したのか」
その問いに、ガウェインは何も答えられない。いや、答えようにも、言葉が出ないのだ。
だが、聖女リリエンヌが、ヒステリックな声で叫んだ。
「そ、そうですわ! こいつは、こんな力、隠していたのです! 我々を騙していたのですわ!」
その見苦しい言い訳を、国王は鼻で笑った。
「黙れ、愚か者。お前たちが、この男を『囮』としてダンジョンに見捨ててきた事実は、とうに調査済みだ。辺境の街のギルドマスターから、全て報告を受けている」
その一言が、彼らの最後の希望を打ち砕いた。
ガウェインも、リリエンヌも、魔術師も、全員が、顔面を蒼白にしてその場にへたり込んだ。
「偽りの功績で国を欺き、真の英雄を陥れようとした罪、万死に値する。――だが、死よりも重い罰を与えてやろう」
国王は、冷酷に、裁きを言い渡した。
「『ストームズ・フューリー』のSランク認定を、ただちに剥奪。貴様らが今までに得た全ての財産、名誉、その一切を没収の上、辺境の北の鉱山にて、終身、強制労働を命じる!」
それは、栄光の頂点にいた彼らにとって、死よりも過酷な判決だった。
彼らは、もはや英雄ではない。名前すらない、ただの囚人として、生涯を終えるのだ。
聖女の甲高い悲鳴と、魔術師の命乞いの声が、訓練場に虚しく響き渡った。
やがて、罪人たちが兵士に連行され、静寂が戻ると、国王は、俺の前に進み出て、深く、その頭を下げた。
「――英雄アッシュ殿。我が国の至宝に対し、疑いの目を向けたこと、王として、深く詫びる」
「お顔を上げてください、陛下」
「うむ……。して、アッシュ殿。貴殿の望みを、申してみよ。爵位か? 王都の一等地の屋敷か? 望むなら、この国の騎士団長として迎えてもよい。貴殿の功績には、それほどの価値がある」
破格の、提案だった。
だが、俺の心は、微塵も揺れなかった。
俺は、隣で固唾を飲んで俺を見守っていた、セレスの手をそっと握った。
「陛下。望みは、ただ一つだけございます」
俺は、国王の目をまっすぐに見つめ、告げた。
「俺は、英雄になどならなくていい。ただ、辺境の街で、この者と、静かに暮らすことの保証を。それだけを、お約束いただきたいのです」
俺の、あまりにもささやかな願い。
それを聞いた国王は、一瞬だけ目を丸くした後、満面の笑みを浮かべた。
「――天晴れだ」
その声は、謁見の間中に響き渡った。
次の瞬間、それまで静まり返っていた観客席から、一人の拍手を皮切りに、嵐のような、惜しみない喝采が、俺たち二人に降り注いだ。




