王都の再会と蔑みの目
王都は、俺が知るどの街よりも巨大で、そして冷たかった。
整然と区画された石畳の道、寸分の狂いもなく並ぶ壮麗な建物、そして、すれ違う人々の、感情の読めない硬い表情。辺境の街フロンティアの、あの混沌とした熱気とは、何もかもが違っていた。
「……アッシュ、様……」
俺の隣を歩くセレスが、不安そうに俺の服の袖を固く握りしめる。無理もない。彼女の猫耳と尻尾は、この格式ばった街では、好奇と、そして侮蔑の視線を一身に集めていた。
「大丈夫だ。俺がついてる」
俺は、彼女の手をそっと握り返した。
やがて、俺たちの目の前に、天を突くようにそびえ立つ王城が、その威容を現した。
***
国王陛下への謁見を待つための、豪華絢爛な控えの間。
そこに、彼らはいた。
「……なんだ、貴様……生きていたのか」
最初に俺に気づいたのは、魔術師だった。その声には、驚愕と、それからほんの少しの焦りの色が混じっている。
その声に、他のメンバーも振り返った。
『剣聖』ガウェイン。
『聖女』リリアンヌ。
そして、俺がかつて「仲間」と呼んだ、Sランクパーティー『ストームズ・フューリー』の面々。
彼らの驚きは、すぐに、見慣れた、あの色へと変わっていく。
俺を、虫けらでも見るかのような、冷たい侮蔑の色に。
「フン、しぶといゴキブリめ。まだ冒険者ごっこをしていたとはな、無能」
ガウェインが、腕を組んで吐き捨てる。追放した時よりもさらに豪華になったその装備は、彼の傲慢さをより一層引き立てていた。
そして、聖女リリアンヌのねっとりとした視線が、俺の背後で怯えるセレスを捉えた。彼女は、扇で口元を隠し、わざとらしく、甲高い声で言った。
「まあ、お可愛そうに。追放された挙句、お相手はそのような汚らわしい獣人の奴隷ですの? ……ふふっ、あなたには、お似合いですわね」
その言葉は、刃物のように鋭く、セレスの心を抉ったはずだ。彼女の体が、びくりと震えるのが分かった。
あの日のダンジョンと、何も変わらない。
いや、Sランクという名声を得て、彼らの傲慢さは、さらに醜悪さを増していた。
俺の無言の抵抗を、彼らは敗者の沈黙とでも思ったのだろう。満足げに鼻を鳴らし、それ以上俺たちに構うことはなかった。
やがて、重々しい扉が開かれ、俺たちは国王陛下の待つ、謁見の間へと通された。
そこは、圧倒的なまでの権威で満ちた空間だった。磨き上げられた大理石の床、天井から吊るされた巨大なシャンデリア、そして、玉座に座す国王陛下から放たれる、肌を刺すような威圧感。
セレスが、俺の服の袖を、さらに強く握りしめたのが分かった。
「――面を上げよ」
厳かな声が響く。
俺たちが頭を上げると、まず最初に、ガウェインが芝居がかった仕草で一歩前に出た。
「陛下におかれましては、ご壮健のこと、心よりお慶び申し上げます。我ら、Sランクパーティー『ストームズ・フューリー』、陛下の勅命に従い、ただいま馳せ参じました」
彼は、立て板に水のごとく、自分たちの功績を語り始めた。いかにして高難度ダンジョンを攻略したか、いかにして強力なモンスターを討伐したか。そのどれもが、巧妙に誇張され、自分たちの武勇を最大限にアピールするものだった。
そして、一通り自分語りを終えた後、彼はついに、本題に触れた。
「……さて、陛下。辺境の街を襲ったという、ワイバーンの件でございますが」
そこで、ガウェインはわざとらしく言葉を区切ると、俺の方を侮蔑の目で振り返り、そして、玉座に向かって叫んだ。
「――陛下! 騙されてはなりませぬ! そこにおりますアッシュと名乗る男は、かつて、我々がそのあまりの無能さゆえに追放した、ただの荷物持ちにございます! そのような男が、ワイバーンを単独で討伐したなどと……天地がひっくり返っても、ありえませぬ!」
ガウェインの、謁見の間中に響き渡る声。
それは、俺の功績の全てを否定し、嘘つきの罪人へと貶める、悪意に満ちた告発だった。
「その通りですわ、陛下。わたくしたちが、証人です」
「ええ、我々が保証します。こいつに、そんな力は万に一つもありません」
聖女リリアンヌも、魔術師も、次々にガウェインの言葉に同調する。
Sランクパーティー全員からの、正式な告発。それは、Fランクの冒険者にすぎない俺の言葉よりも、圧倒的に重い。絶対的に、不利な状況。
謁見の間に、重い沈黙が落ちる。
やがて、玉座に座す国王が、その鋭い視線を、ゆっくりと俺に向けた。
「――して、英雄殿。汝の言い分は?」




