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英雄の凱旋と新たな影

割れんばかりの歓声が、平原に降り注ぐ。


魔力を使い果たし、膝をついた俺の耳に、それはまるで遠い世界の出来事のように響いていた。


「――アッシュ様!」


その、無数の声援の中から、俺は一つの、聞き慣れた声を確かに捉えた。


顔を上げると、街の外門から、一人の少女が、転がるように駆け出してくるのが見えた。セレスだ。その腕には、フェンもしっかりと抱きかかかえられている。


彼女は、俺の姿を認めると、その美しい顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、ただ一心不乱に、俺の元へと走ってきた。


「アッシュ様、アッシュ様……!」


そして、俺の目の前で、もつれるようにしてその場に崩れ落ちる。俺は、最後の力を振り絞って、その小さな体を抱きとめた。


「……よかった……生きて、る……」


「ああ。約束、したからな」


腕の中で、セレスは子供のように声を上げて泣いた。その涙が、俺の汚れた服に染みていく。もう、人目も、体面も、どうでもよかった。俺は、この腕の中にある温もりだけが、俺の全てだと、そう思った。


やがて、俺たちの周りを、街から出てきた冒険者や衛兵たちが、興奮した様子で取り囲んだ。


「すげぇ……本当に、一人でやりやがった……」


「街の、いや、王国の英雄だ!」


誰かが俺の肩を叩き、次の瞬間には、俺の体は屈強な冒険者たちの手で担ぎ上げられていた。


「「「英雄アッシュ! 万歳! 万歳!」」」


熱狂に包まれながら、俺は英雄として、このフロンティアの街へと凱旋した。


***


冒険者ギルドは、もはや酒場のようなお祭り騒ぎだった。


その喧騒の中心で、俺はギルドマスターと向かい合っていた。彼は、今までに見たこともないような、畏敬の念のこもった目で俺を見ていた。


「……言葉も、ない。君は、この街の、我々全ての救世主だ」


そう言って、彼がカウンターの上に置いたのは、一つの革袋だった。見た目は小さいが、空間魔法が付与された、特別なものだ。


「ワイバーンの素材の換金額、そして、街の有力者たちからの特別報奨金だ。……正直、国家予算に匹敵する額だ。受け取ってくれ」


俺は、そのずっしりと重い袋を、ただ黙って受け取った。


金が欲しかったわけじゃない。だが、これがあれば、セレスとフェンに、もう二度と不自由な思いはさせずに済む。


その日のうちに、俺はその金で、街の隅にある、小さな家を買った。


頑丈な石造りで、暖炉もある、温かい家だ。家具を買いそろえ、食卓には食べきれないほどのご馳走を並べた。


「……ここが、わたしたちの……?」


目を丸くして、家の中を見回すセレス。その腕の中では、フェンが尻尾をちぎれんばかりに振っている。


「ああ。俺たちの、家だ」


その夜、俺たちは、初めて「自分たちの家」で、温かい食事をとった。


奴隷だった少女と、荷物持ちだった男。そして、親を失った一匹の子狼。


不格好かもしれないが、それは、俺が命を懸けて守りたかった、何よりも大切な家族の姿だった。


暖炉の火が、ぱちぱちと穏やかな音を立てている。


セレスが淹れてくれた温かいハーブティーの香りが、部屋に満ちていた。床に敷かれた絨毯の上では、フェンが安心しきった様子で寝息を立てている。


手に入れたばかりの、俺たちの家。


そこで過ごす時間は、今まで生きてきた中で、最も穏やかで、幸福なものだった。


このまま、時が止まってくれればいい。心の底から、そう願っていた。


――コン、コン。


その、あまりにも場違いな、硬いノックの音が、俺たちの平穏を破ったのは、そんな時だった。


俺はセレスと顔を見合わせ、訝しみながらも、玄関の扉を開ける。


そこに立っていたのは、月明かりを反射して鈍く輝く、全身鎧の男だった。その胸当てには、見間違えようもない、王家の紋章が刻まれている。


「……何の用だ」


俺が警戒を露わに問いかけると、騎士は感情のこもらない、平坦な声で告げた。


「貴殿が、冒険者アッシュだな。王命である。先日、貴殿が単独で討伐したワイバーンの件について、王都にて直接、陛下にご報告願いたい」


王都へ。


その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏に、忌まわしい記憶が蘇る。だが、騎士はそんな俺の内心などお構いなしに、決定事項として、言葉を続けた。


「なお、この件に関しては、Sランクパーティー『ストームズ・フューリー』にも、事情聴取のための勅命が下っている。貴殿らには、合同で報告の場に立ってもらうことになるだろう」


『ストームズ・フューリー』。


その名を、耳にした瞬間。


俺の体から、穏やかな幸福感が、急速に失われていくのが分かった。


暖炉の温もりも、ハーブティーの香りも、全てが遠のいていく。


代わりに蘇るのは、あの日の、ダンジョンの冷たい空気。


俺をゴミのように見下した、かつての仲間たちの、あの顔だった。

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