無能の烙印
「ゼェ…ハァ…」
誰かの荒い息遣いだけが、モンスターの死骸が転がる薄暗い空間に響いていた。高難度ダンジョン「絶望の奈落」最深部。激しい戦いの末に勝利を掴んだ俺たちだったが、パーティーメンバーの消耗は激しい。
(……今のうちに、皆の武具を)
俺は、パーティーの荷物持ち――アッシュ。俺にできるのは、これくらいだから。
リーダーで、『剣聖』の称号を持つガウェインさんのそばに膝をつき、彼の愛剣――激戦で刃こぼれし、輝きを失ったそれにそっと手を触れる。
「――《武装同化》」
俺のユニークスキル。それは、あらゆる物質と一体化し、その特性を自在に引き出す力。魔力だけは人一倍ある俺が、その魔力を剣の素材である『鋼』の記憶に流し込む。すると、まるで時間が巻き戻るかのように、無数の傷が塞がり、剣は生まれたてのような鋭い輝きを取り戻した。
これなら、次の戦いも万全なはずだ。俺が安堵のため息をつこうとした、その時だった。
チッ――。
不機嫌な舌打ちが、すぐそばで響いた。見上げると、ガウェインさんが、まるで汚物でも見るかのような冷たい目つきで俺を見下ろしていた。
「アッシュ。貴様の地味なスキルは、本当に魔力の無駄遣いだな」
その声は、氷のように冷え切っていた。
ガウェインさんの言葉は、絶対の真理のようにその場に響いた。そして、その真理を補強するように、今まで仲間だと思っていた人間たちの声が、俺の心を抉っていく。
「ええ、本当ですわ、ガウェイン様。そもそも、あの方の貧弱な武具が壊れるたびに、わたくしの聖なる回復魔法を『修理の代用』に使わせていたのが間違いでしたのよ。まるで泥水で喉を潤すような不快な日々でしたわ」
パーティーの回復役である聖女様が、扇で口元を隠しながら、甲高い声でせせら笑う。その目は、いつも向けられる慈愛に満ちたものではなく、凍えるような軽蔑の色を浮かべていた。
「フン、それだけじゃない。コイツがチンタラ武具をいじっている間、俺たちがどれだけ警戒に神経をすり減らしていたと思ってるんだ? お前のせいで俺の集中力が削がれたせいで、魔法の威力が落ちていたんだぞ。役立たずどころか、害悪だ」
後衛でパーティーの火力を担う魔術師さんも、腕を組んで吐き捨てる。これまで何度も、俺が修理した杖で窮地を脱してきた恩など、微塵も感じていないようだった。
(……なんで、みんな……)
悔しさよりも、悲しさが込み上げてくる。俺は、このパーティーのために、必死に……。
だが、そんな俺の懇願の視線を、ガウェインさんは一瞥のもとに切り捨てた。まるで、道端の石ころを見るような目で。
「話は終わりだ、アッシュ。よく聞け」
彼は、修復したばかりの剣を俺の眼前に突きつける。
「お前は今日でクビだ。いいか、アッシュ。俺たち『選ばれた人間』は、常に最強でなければならん。お前のような『紛い物』がパーティーにいること自体が、俺たちの価値を貶める。次のボス戦の前に、ゴミは掃除しておくべきだろう?」
クビ……? 俺が……?
思考が、完全に停止する。理解が、追いつかない。
俺のそんな呆然とした様子を鼻で笑い、ガウェインさんは無慈悲に言葉を続けた。
「だが、ただで辞めさせるわけにはいかん。 Sランクパーティーに在籍できた恩を、その身で返してもらうぞ」
そう言って、彼が顎でしゃくってみせたのは、ダンジョンの暗い通路の奥。
そこから、新たなモンスターの群れが、地響きを立てながらこちらへ迫ってくるのが見えた。
「――最後の仕事だ。俺たちが転移魔法を完成させるまでの間、お前が囮になれ」
「…………え?」
獣の咆哮が、遠くに聞こえる。
それは、まるで俺の運命に下された、死刑宣告のファンファーレのようだった。
絶望に染まる俺の表情を、しかし、彼らは誰一人として見ることはない。聖女様も、魔術師さんも、まるで申し合わせたかのように俺に背を向け、転移魔法陣の詠唱を開始していた。
「「「――古き理よ、我らを導け」」」
まばゆい光が、魔法陣を中心に満ちていく。もう、後戻りはできない。
「ま、待ってくれ! ガウェインさん!」
俺の悲痛な叫びが、彼らに届くことはなかった。
一際強い閃光が弾け、視界が真っ白に染まる。次に目を開けた時、そこにはもう誰もいなかった。
仲間たちがいた場所には、空虚な静寂だけが残されている。
――GYAAAAAAAAAAッ!
そして、その静寂を引き裂くように、すぐそこまで迫ったモンスターたちの咆哮が、ダンジョンに響き渡った。




