EPILOGUE
二〇三四年 九月
日本中の学生に惜しまれつつも夏休みが終わり、暦の上では秋となった。
だが、気候と言うものは往々にして人類の思い通りにならないものであり、たとえば、カレンダーの紙をめくるように季節がパッと切り替わるということは、あまりない。
今もなお茹だるような熱を持った空気が二十四時間体制で町中を包んでおり、長月の夜を楽しもうにも快適になったとは言えなかった。
世界は、童話のように都合の良いものではない。
王子様のキスで目覚めるお姫様のように、何かをきっかけにすべてがゴロっと変わるようなことなど、そうそう起こるものではないのだ。
二学期の始業の日。丘塚学園中等部では学園長が良くも悪くも平凡な挨拶をして、お昼過ぎには終業となっていた。
長期休暇明けの初日は、休みの間に不規則になった生活リズムを強制的にリセットするためにあるといっていい。元来真面目な生徒が多く、普段であれば終業の鐘が鳴ってから教室に入り浸るような生徒はあまりいないのだが、今日ばかりは夏休みの間に伸ばしていた羽根をそのまましまい忘れている子が多いのも致し方ないだろう。
「ヨーイチ、今日の部活は?」
いつもより少しだけ喧騒の大きい教室で、ユウタは後ろの席に座る友人へ声をかけた。
「今日は帰るわ。しばらくは応募する賞もないし、散歩でもしながらネタ出しでもしよかと思とる」
そう言ってカバンを手に取ると、ヨーイチはふらふらと手を振ってさっさと教室を後にしてしまった。顎にはまだ小さな絆創膏が貼られていたが、それ以外は目立った変化もないようだ。
ユウタが視線を隣に移すと、キョウはいつものように机に突っ伏したまま、意図を察したように言う。
「僕のところも、この間の収穫でひと段落しているからお手伝いは足りてるよ。ふあーーぁぁ……」
そして、そのまますやすやと寝息を立てて眠り始めてしまう。
レンは当然のように、今日一日顔も見ていない。
さて、どうしたものかとユウタは思案する。
基本的には放課後は誰かの部活か仕事を手伝っていることが多いため、不意に『今日は用事は全くないよ』などと言われると、時間を持て余してしまう。
「仕方ない、俺も帰るかな」
世界は、変わらない。
地球は飽きもせず太陽の周りをぐるぐる回っているし、空にはいつものようにぷかぷかと白い雲が風に吹かれて流れている。
それは、恐竜がこの星を支配していた時代から当たり前のように続いている世界の日常だろうし、明日も、明後日も、きっと数百年後も、さらにそのずっと先も変わらない当たり前の日常だろう。
「あ、ユウタ帰るの? じゃ、私も一緒に帰る」
万鈴が、カバンをひっかけて駆け寄ってくる。
「一緒に帰るって、お前は寮だろ……?」
「いいじゃん。校門まで一緒に行こうよ」
「あっ、待って万鈴、抜け駆け禁止だって」
その様子を見ていた南井が、友人らとの会話を中断して慌てて駆け寄ってきた。
ふと気配を感じ反対側を見ると、いつの間にか帰宅の準備を終えた喜多が横に立っていた。
「……じゃ、みんなで帰る? 俺、自転車通学だから校門までだけど」
「はーい」
いつもと変わり映えしない日常の中。
人類は、今日も元気に絶滅に抗っている。
―了―




