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EPI.40 彼の理由、彼女の理由 前編


 八月も終わりが近づいてきたころ。

 ユウタと万鈴は二人、千葉県へと向かう電車に揺られていた。

 秋を目前に控えていても日差しはまだまだ厳しく、細く開けた窓の隙間から吹き込む風は、地元と変わらない磯の香りが混じっている。

 かんきつ亭で五十鈴らと出会った日から始まった、ダイスケを中心に起こった大騒動。緋梅会事務所での大立ち回りの末にひと段落を迎えたあの日から、ちょうど7日が経っていた。

 ユウタと万鈴は、まだ大量に残っている宿題に追われている最中ではあったが、それ以上に優先するべき事態が起きた。

 万鈴に、一葉の手紙が届いた。

 差出人の署名はエリサ=ライネ。

 手紙は、まるで答え合わせだと言わんばかりに、万鈴の部屋のドアの下に挟まれていた。

 念のため、万鈴は同じ寮に住むエリサの部屋を訪ねてみた。ドアに鍵がかかっていなかったため中へ入ってみると、当然のようにそこに彼女の姿はなかった。

 小ぎれいに整理された部屋ではあったが生活感は残ったままになっており、まるで人がひとり、煙になって消えてしまう奇術を見せられたような気分だった。

 五十鈴らとともに特管へ戻ったダイスケと異なり、真田少年はまだ行方知れずのままらしい。彼女は、そんな彼と行動を共にしていたのだ。

 ファウンダーの失踪。その、重要参考人。

 特措法を知るものであれば、それがどういうことを意味をするか分からないはずはない。おそらく、あの日から一度も自室へ戻ることなく、ずっと姿をくらませているのだろう。

 そんな彼女から届いた手紙。

 そこには、明日の日付、――つまりは今日の日付と、ただ一言 『ナリタ』とだけ記されていた。

 簡素な内容から連想できる解釈は多種多様だが、ユウタは直感的に成田空港だと断定した。

 ただ、法から逃れるように姿を消していた彼女がなぜリスクを冒してまでこのような手紙を万鈴へ届けたのか、――つまりは、なぜ、エリサが万鈴を成田空港へ誘っているのか。その理由は見当もつかなかった。


 空港へ到着すると、まばらながらも人の姿は散見された。

 石油不足の昨今、飛行機の運行自体がかなり少なくなっている。

 ユウタと万鈴は、人影を目で追うように広いターミナルをぐるりと回ってエリサの姿を探したが、それらしい人物は見当たらない。

「ナリタって、もしかして成田山だったかな?」

「いや、さすがにそれはないと思うんだけど……」

 いきなり行き止まりにぶち当たったような気がして不安になりかけていたところで、思いもよらない人物に声をかけられた。

「あ、いたいた。ちゃんと来た。ギリギリセーフだな」

 聞き覚えのある声。ややラフな格好ではあったが、いつも学校で見かけていた姿よりは、いくらかちゃんとした成人女性らしいと言えなくもない格好だ。

「……コマちゃん先生?」

「おう。小松先生な。海ん時以来、何日かぶりだな。ちゃんと宿題やってるか?」

 なにやら上機嫌なように見える。

「どうしてコマちゃん先生がここに?」

「お前らを待っていたんだよ。とある人物に頼まれてな」

「頼まれて?」

「ああ。きっと、二人がここにやってくるから、目的地まで案内してあげてくれってな。まあ、背景をぶっちゃけると、私の次の就職先の研修みたいなもんだな」

 ユウタと万鈴は互いに顔を見合わせる。頭に疑問が次々に湧き上がるが、どちらも心当たりがない、と首を振るだけだった。

「案内? どこに? 誰にですか?」

「どこにってのは、出国ゲートにだよ。おまえらパスポートとか持ってないだろう?」

「それはそうですけど、その前に色々と聞きたいことが――」

「全部あとあと。もう、あまり時間がないからな。とりあえず先に案内だけさせてもらうぞ」

 そう言って小松はユウタらを引き連れて保安検査所の係員のもとへと向かう。

 そして、バッグから何やらカードを取り出しそれを見せると、係員は一礼してあっさりと道を開いた。

「ほら、さっさと来い」

「なんだか全然わかんないけど、とりあえず行こうか」

 ユウタが言うと、万鈴は素直にそれに頷いた。

 保安検査所の先のターミナルは左右に広く開けていた。基本的には一本道であるため迷子にはならないだろうが、土地勘がないまま闇雲に誰かを探すには骨が折れる広さだ。

「えっと……」

「突き当りまで進んで左手。85番ゲートだ」

 それだけ言うと、小松教諭は「じゃ、私はここで待ってるから」と、保安検査所近くのソファに腰を下ろし、一人でくつろぎ始めてしまった。

 まったく自由な教師に言いたいことは山ほどあったが、とりあえず今は言われた通り進むしかないらしい。

 初めての空港で勝手がわからないユウタと万鈴であったが、幸い、目的のゲートへは難なくたどり着くことができた。

 しかし、到着したころにはすでに搭乗手続きが始まってしまっていたようで、何人かが出国ゲートの向こう側へ移動した後のようだった。

 先ほど道すがらで目にした出航時刻の案内からは、まだ時間に余裕があると思ったが、航空機というものはユウタたちが想像していたよりずっと早く搭乗手続きが進んでしまうものらしい。

「やば、もしかして、まさかの遅刻でアウト?」

「いや、間に合った、とは言えないけれどギリギリセーフってところじゃないかな」

 ユウタが指さす先、出国ゲートの向こう側ではあるが、探していた人影を見つけた。大きな帽子を目深にかぶっているためはっきりと顔は見えないが、特徴的なブロンドヘアが肩のあたりで揺れている。

 その人物は、ゲートのこちら側にいるユウタらには気が付かず、大人の女性と二人、楽しそうに話をしているようだった。

 やや痩せぎすではあるが、美しく、優しそうな女性だった。

「エリちゃーん」

 万鈴が小さい身体を目いっぱい大きくしながら手を振る。

 その声は無事彼方(かなた)まで届いたようで、楽しそうに話し込んでいた二人ははたと会話を止め、ユウタ達のほうを見る。

 そして、万鈴と、そしてユウタの姿を認めると、何も言わずに、深く頭を下げた。

 たっぷり十秒ほどだろうか。思った以上に長いお辞儀の後、エリサと、その傍らにいた女性は、そのまま踵を返して、手をつなぎながら飛行機のほうへと消えていった。

「……行っちゃったね」

「行っちゃったな」

「何か話をすることがあったからわざわざ手紙を渡してくれたんだと思ってたんだけど、最後に一目会いたかっただけ、とかだったのかな?」

「さあ、どうだろう。違和感はあるけれど、文化圏が違うとそのあたりの価値観も随分違うだろうし、もしかしたらそういうことなのかもしれないな」

「なんか、釈然としないなー」

「まあ、状況から察するに特措法から逃げるための国外逃亡ってことだろうからね。再会がいつになるかは分からないけれど、今生の別れってわけでもないんだ。永い人生、またどこかで会う機会もあるさ。その時に改めて聞いてみればいいよ」

「いえ、そんなに永い目で見なくても、再会はもっと早いと思いますよ」

 背後からの声に、ユウタと万鈴は同時に振り向いた。

 百合の花を逆さにしたような帽子を目深に被った人物がそこにいた。

 俯くような姿勢であるため顔がはっきりとは見えないが、それが誰であるかはすぐに分かった。

「……エリサさん?」

「えっ、えっ、だって、さっき見送ったばかりじゃん」

「あれはエリサですが、私ではありません」

「どういうことですか……?」

「少し、静かな場所で話をしましょうか」

 今日は頭が混乱することばかりだ。

 この先でその疑問が少しでも解消されることを祈りながら、ユウタと万鈴は彼女の後に続いて歩き出した。

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