EPI.31 虎口
GPSの信号が近づくにつれ、どんどん山道が深くなっていった時はやや不安になったが、どうやら場所に間違はなさそうだった。
獣の仕業とは明らかに異なる、人工的に踏み均された道。車の轍がはっきりと見て取れる。
緩やかな坂の向こう、おそらく珠洲らが根城としていると思われる建物と、見覚えのあるひしゃげた赤いバンが見えたところで、五十鈴らは馬から足を下ろした。
「お疲れ様。よく頑張ってくれたね」
松井が、ここまで皆を運んでくれた馬の背を撫で、ねぎらう。
すると、三頭の馬たちはまるで彼の言葉が通じているように、大きく鼻から息を吐きだし、頷くように頭を振った。
「僕は、ここでこの子たちのケアをしているよ。帰りにも必要になるだろうし、さすがに少し疲れているみたいだから」
そう言って、彼は川辺の木の枝に手際よく馬をつなぎ、水を与える。
その傍らで、小村が松井へ何かしら言った後、スマートフォンを取り出し誰かと通話を始めたようだ。
五十鈴はぐるりと辺りを見渡す。
開けた場所だった。元キャンプ場というだけあって、人々の喧騒はなく、川のせせらぎや遠くでさえずる鳥の鳴き声などがよく聞こえる。
結果的に、移動手段に馬を選んだことは正解だったな、と五十鈴は思う。
もし仮に自動車でここまで追いかけてきていたら、エンジン音が目立ちすぎてすぐに珠洲ら緋梅会の連中に知られることとなっただろう。
運良く道中すれ違った者もいないため、今はまだおそらく誰にも気づかれていないはずだ。
「赤木、GPSの反応はどう?」
「この坂道をそのまま進んで200メートルくらい先です。間違いなく、あの建物ですね」
自然の中、ひときわ目を引くコンクリートの塊。
おそらくは、リゾートホテルであったであろうそれは、かつては休暇を楽しむ家族連れで溢れていただろうが、今ではヤクザ者に不法占拠されてしまっている。
「連中の事務所が街中じゃなかったってのは都合がいいですね」
「どういうこと?」
装備の点検をしながら話す閑野の言葉の意味を図りかね、五十鈴は尋ねる。
「街中の事務所だったら構成員でいっぱいだったでしょうけど、こんな場所だと出勤もままならないでしょうから。当初の想定よりは、障害が少なくなりそうです」
「なるほど、確かにそういう見方もできるのね」
「かといって、油断はできませんが。まだまだ圧倒的に不利な状況は変わりませんし」
閑野は、ちらりと視線を川辺のほうへと移す。小村が軽い足取りで合流してきた。通話はすでに終えたようだ。
「なんや? なんぞ言いたげやな?」
「くどいようだけど、あなたたちだけでも引き返したりしない?」
「くどいな。もちろん帰らんで」
「ケガをするかもしれないし、もしかしたらケガでは済まないかもしれないよ?」
「構わん。さっき、オカンにもちゃんと連絡して、もし万が一ワシになんかあったら本棚のコレクションは全部図書館へ寄贈してくれって遺言も残しといたしな。なんも心配いらんで」
閑野は改めて念を押すように、五十鈴を見る。
「構わないわ。私の判断で同行を許可します」
「……私と五十鈴さんの言うことには絶対従うこと。いいね?」
「オーライオーライ」
「ごめん。さっきも言ったけど、僕はここに残るよ。みんなと一緒に行っても足手まといになるだけだろうしね」
小村とは対照的に、松井は申し訳なさそうに言う。
「お嬢ちゃんは?」
「いく」
閑野の傍らに控えていた少女は即答する。
五十鈴を見下ろすサイズの小村と違い、まだあどけなさの残る体形の少女だ。
さすがに気おくれしたが、彼女の目を見るなり翻意させることは諦めた。おそらくだけど、少年らの誰より強い意思を持っているような気がした。
「あなた、名前は?」
「万鈴。東雲万鈴」
「そう。危ないと思ったら、何より自分の身の安全を優先して行動して。いいわね?」
東雲は、こくりと頷く。
これで五十鈴を含め突入組は4人。
「赤木さんはどうします? スタンガンとか使えますか?」
閑野の言葉に、赤木はふるふると首を横に振る。
「いえ、そういうのは苦手で……。それに、情けない話ですが、今も震えてまともに動けません……」
「じゃあ、あなたはここで待機ね。松井くんを一人残すわけにもいかないし、留守番は任せるわ」
「ほなら、その銃、余るやろ? ワシに貸してくれんか」
「扱えるの?」
「それなりに。余らすくらいなら扱える奴が持ってたほうがええやろ」
逡巡していた閑野だったが、五十鈴の「構わないわ」という言葉に促され、少年の手に一丁のスタンガンを手渡した。
「有線タイプか。予備のカートリッジは?」
「私と五十鈴さんで二つずつ」
「さよか」
「基本的には、自分の身を守る以外では使用しないでください」
「うぃうぃ」
「最優先は退路の確保。そのうえで、芳野優太君の捜索と奪還を可能な限り続けます。先頭は私が行きますので、できる限り音を立てずについてきてください」
閑野の合図とともに、五十鈴らは廃ホテルに向かって歩き出した。




