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EPI.29 疾く駆けて

 

「GPSの信号が止まりました!! 北北西の方角にここから20kmほど!! 幹線道路からはかなり逸れてほぼ山の中です!!」

 慣れない振動に耐えながら、赤木が大声で報告する。

 耳元で風を切る音と、ひづめが地面を叩く音とが混じりあうため、必然的に声は大きくなった。

 かつては多くの自動車が行きかっていたであろう道を、今は三頭の馬が並んで走っている。

 芳野優太が連れ去られた現場に、彼の友人の松井少年が同行していたことは僥倖だった。

 現場からほんの数百メートルのところに彼がよく世話をしていた牧場があったため、ほぼ時間的なロスなしで馬を手配することができた。小回りの利く移動手段としては、最適だ。

 乗馬経験のない五十鈴と赤木は、それぞれ小村と松井の背中にしがみつきながら後ろに乗っている。

 車の快適さと比べると、一歩ごとにお尻が痛くなるのが難点ではあるが、背に腹は代えられない。

「その場所に、なにか心当たりはありますか?」

「北北西に20km言うたら、犬沢のキャンプ場のあるあたりやな」

 五十鈴の問いに、目の前で手綱を取ってる小村が答える。

「だね。あのあたりだったら、山の中でもインフラは多少通っている」

「道は分かる?」

「それは、僕に土地勘がある。この辺りの山は庭みたいなもんだから、案内は任せて。それより、五十鈴さんたちには到着してからのことを考えていてほしい。これはすごろくゲームじゃないんだから、当然、目的地に到着したら勝ちってわけじゃない。大事なのは、むしろそのあとでしょ」

 念を押すように、松井は言う。

 無論、五十鈴も承知している。それが、難題であることも。

 五十鈴は、胸の内ポケットに収めたスタンガンに手を当てる。

 制圧対象が一人であれば十分に信頼できる装備だが、連射性能がないため対組織犯罪を想定するにはあまりにも火力不足だ。

「なあ。アンタ、自衛隊の隊員なんやろ? 防衛省の装備使って、ドンパチで蹴散らしたりできんのか?」

「勘弁して。ヤクザ組織相手とは言え、自国民相手に私たちが重火器を使うわけにはいかない」

 前を走る二頭からやや遅れぎこちなく後を追う馬上、その後ろで閑野が答える。

「ハンドガンは撃っとったやないかい」

「さっきのあれは、自動車という凶器を使用した相手への威嚇と制圧用。殺傷が目的の重火器とは意味が全く違う」

「ほな、どないするつもりなんや?」

「人を集める時間もない以上、(から)め手しかない」

「搦め手?」

「これは、すごろくではないけど、戦争でもない。相手を制圧する必要はない。ただ、芳野優太を奪還すれば、それが勝ちだ」

「そうだね。まさか連中も、GPSで自分たちのアジトが特定されているなんて思いもしないだろうから、今なら油断しているかもしれないし。チャンスはあると思うよ」

「具体的な策でもあるんか?」

「ない。出たとこ勝負」

「そうか。でもまあ、確かにそれしかないか。上等やないか」

「……ねえ、まさかと思うけど、君も現場までついてくるつもりなの?」

「当たり前やないか。何をいまさら」

「そうだよ。私たちだけただ待つだけなんて、出来るはずないよ」

 小村に続き、閑野を乗せた馬の手綱を取っていた少女が言う。

 芳野優太とは縁があるようで、馬を扱えるということでこうして協力してもらっている。

「ダメに決まってるでしょ」

 若干、苛立ちを滲ませながら五十鈴は言う。

「これから行く場所は、リスクの可能性があるなんてもんじゃない。リスクの塊そのものなの。子どもが立ち入っていい問題じゃない」

「ほーか、ほーか。ほな、別にかまわんで。一緒にカチコミできんってんなら、ワシも勝手に動くだけやから」

「私も」

「…………」

「……五十鈴さん、どうします?」

「ごめん、閑野。この子たちの面倒もお願い」

「マジすか」

 閑野は珍しく素っ頓狂な声を上げる。絶対に却下すると思っていたのだろう。

「この子たちの安全を考えるなら、勝手に動かれるよりまだ目の届く範囲で管理下に置いておいたほうがいいでしょ」

「それは、状況によっては戦力として考えていいってことでいいんですよね?」

 少しだけ突き放したようなような声で、念を押すように閑野が聞いてくる。

 言外に、()()()()()()()()、という含みを持たせて。

 ここで言葉を濁すのは、あまりにも不誠実だろう。

 閑野にも、そして少年少女にも。

「ああ。構わない」

 責任は、取る。

「……現場では絶対に私の言うことは聞くこと。これは絶対。いいね?」

「りょーかい」

「分かった」

「あと、最低限、自分の身は自分で守って。お願いだから下手に手を煩わせないで。私も、鹿島をやられて気が立っているから」

「もちろんだよ。分かってる」少女は、感情を押し殺したような声で言う。「あと、気が立っているのは私も同じ。私だって、あのバカに同じくらい腹が立っているんだから」


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