EPI.27 アリアドネの糸
「あンのクソドアホ信じられん!! 完全に頭に血ィのぼって、自分が何をやらかしとるか全然わかっとらん!!」
感情を顕わにしながら、小村がアーケードの柱に拳を叩きつける。
「どんだけ純粋やねん!! ファウンダーの子らが権力者の慰みもんになっとるなんざ、暗黙の常識やろが!!」
平時であればとても看過できるものではない暴言だが、五十鈴は黙認するしかなかった。今はそれを咎めているような場合ではない。
そもそも、NGPの責任者の一人である自分には、――それを否定できなかった自分には、そのような資格などない。
五十鈴は薄い唇を噛む。
失敗した。
象に踏まれても傷ひとつつかないほどにタフなメンタルだと自負していたが、今は後悔と自己嫌悪で押しつぶされそうになっていた。
小松教諭に聞いた話もあり、彼に行き過ぎた献身性があったことは認識していた。
だが、物事の後先を理解できないほど未熟でもなかったはずだ。いくら頭に血が上っていても、こんな自暴自棄ともとれるような破滅的な選択をするほど思慮が浅い子ではない。
そう思っていたのだが――。
五十鈴の思い違いか。あるいは、もっと別の、なにか特別な要因でもあったのか。
悔やんでも悔やみきれない失態だが、いまは頭を抱えている暇も、悩んでいる暇もない。
「ともかく、今は芳野優太くんの身柄を取り戻すことが最優先です。小村くん、彼女らの事務所や拠点など、芳野くんが連れていかれた場所に心当たりはありませんか?」
「わからん。そっちは、暴対法で登録されとる住所は調べとらんのか?」
少年は、五十鈴を睨みこそすれ、食ってかかるようなこともなく答えてくれた。粗暴な言動を取り繕うことはないが、少なくともパニックにはなっていないようだ。
「警察へ届け出られていた住所はすでに先日当たってみていますが、事務所としての実態はないようでした」
「チッ。……ミカンちゃんなら、何か知っとるかもしれんから、少しだけ待ってくれ。聞くだけ聞いてみる」
言うや否や、小村はポケットから取り出した携帯電話をプッシュする。
コールを待つ数秒がもどかしい。
時計の針を急かすように、パンプスのつま先で地面を叩いていると、丸メガネの少年が控えめに声をかけてきた。
「えっと、君は?」
「松井です。ユウタの友人の。ユウタがVMDを取り付けてる時にも顔を合わせていますよ」
彼はそう言うが、正直あまり記憶にない。
「なにか、私に言いたいことでもあった?」
「ミカンちゃんに聞くのもいいんですけど、それより、あれが使えるんじゃなかと思って」
「あれ?」
彼は、ほらと、道路の脇、――怪我を負った鹿島を介抱してしていた赤木を指さす。
五十鈴は、あっと声を上げる。
そして、慌てて赤木のもとへと駆けていき、肩をゆすりながら言う。
「赤木、あれ持ってきてる?」
「あ、あれ? あれってなんですか?」
「GPSの検知器!! 持ってきてる!?」
「あ、はい、車の後部座席に一式しまってあります」
「出して!! 今すぐ!!」
「わ、わかりました。すぐ準備します」
鹿島と、そばに寄りそう閑野に一言だけ声をかけてから、赤木はひしゃげた自動車の後部座席から銀色のアタッシェケースを引っ張り出し、てきぱきと準備する。
GPS。本来のファウンダーの管理では一度も役に立つことがなかった機能が、まさかこんな形で日の目を見ることになるとは思いもしなかった。
これで、少なくとも芳野優太の居場所は把握できる。
だが――。
赤木が準備している間に、五十鈴は助手席から自動車へ乗り込み、スターターを押す。しかし、車はうんともすんとも言わない。やはり、完全に故障してしまっている。
時間が、ない。
五十鈴は、無意識に爪を噛む。
芳野優太は、ファウンダーではない。
先ほどの珠洲の口ぶりだと、彼女はすぐにでも彼のファウンダーとしての“機能”を試そうとするだろう。
そうなれば――。
嫌な想像を振り払うように、五十鈴は首を振る。
自分が騙されていたことを知った珠洲が逆上し、極端な行動に出たとしても不思議ではない。
事態は一刻を争う。
「車が動かないんだったら、代わりに循環バスとか、あるいは救急車とか、NGPの権限で借りられないかな?」
五十鈴の様子を見て考えを察した松井が問う。
なるほど。バスはともかく、救急車は悪くないかもしれない。
それなら、と言いかけたところで――。
「いや、それも少し具合が悪いかもしれん」
携帯電話をポケットへとしまいながら小村が言う。顔つきから察するに、どうやらミカンちゃんからある程度情報が得られたようだ
「それは、どういうこと?」
「ミカンちゃんに事情話して心当たり聞いてみた。あいつらの根城はおそらく街の外の管理対象外区画にある可能性が高いそうや。やとしたら、救急車で向かうには具合が悪い。道悪には向かんからな」
「町の外って、具体的な場所までは分からないの?」
「ピンポイントには分からん。ただ、ここから北のほうの、山の中のどこかやないかって」
五十鈴は、数日前に東京からここまで車でやってきた道のりを思い起こす。居住区の外側、人に見捨てられた道路は、ガレキや不法投棄された廃棄物で塞がれ何度も回り道を余儀なくされた。
「あいつらも車で来とる以上正しいルートはあるはずやが、闇雲に探すとなると分のいい賭けとは言えんやろ。それを考えたら、自動車よりもっと小回りが利く、道がなくても自由に移動できる手段が必要になる」
「そんな都合のいいもの、急に手に入るわけが――!!」
五十鈴が思わず感情的に大声を出しそうになったところで、松井がぽんと手を叩く。
「なるほど。それだったら、僕に心当たりがあるよ」




