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EPI.25 AM7:35

 ホテルの2階は食事用のフロアになっており、簡素ではあるがビュッフェ形式で朝食が提供されていた。

 南井があくびを噛み殺しながらそこへ到着すると、すでに万鈴と萌香はテーブルで思い思いの朝食を摂っているようだった。

「おはよー。私が最後か。二人とも早いねー」

「おはようございます南井さん」

「おはよ、萌香。萌香はともかく、万鈴も早いのは少し意外」

「私は寮住みの習慣で朝早いから」

「ユウタくんは?」

「私や萌香とは別のテーブルで食べてたんだけど、ちょっと前に食べ終わっちゃって部屋に戻っていったところ」

「えー、残念。間に合わなかったかー」

「なんだかいつもと様子が違うような気がしませんでしたか? まるで、何かを避けようとしているようにも見えましたし」

「今日からは小村くんたちとも合流するから、その準備でも考えてたんじゃないの?」

「それにしては、どこか気持ちが上の空で、ぼーっとしているような様子だったというか……」

「あちゃー。それじゃ、やっぱ昨日のアレを引きずっちゃってるのかなー」

 南井は、申し訳なさそうにほほを掻く。

「昨日? 昨日のって、なんです?」

「その辺は、食べながらおいおい話すよ。私もパンもらってくるから少し待っててもらっていい?」

 言って、南井は踵を返してカウンターへと向かうと、ロールパン三つとマーガリン、目玉焼き、オレンジジュースを受け取り席へと着いた。

「ねえ、二人はさ、キスとかしたことある?」

「急にどうしたのさ。あるわけないじゃん」

「もちろん、私もありません」

「そっかー。実はさ、昨日の晩、ユウタくんとキスしたんだけどその時――」

 喜多が口に含んでいた牛乳を勢いよく噴き出した。

「な、なな、ななななな――」

「うわ、びっくりした。萌香もったいないよ」

「な、な、な、な、何をしているんですか貴女は!!」

「何って、萌香のこぼした牛乳を拭いてるんじゃん」

「今の話ではなく、昨晩の話です!!」

「ああ、ユウタくんとキスしたってこと?」

 南井があっけらかんというと、喜多は金魚のようにぱくぱくと口を動かした。

 キスなど恋愛の初歩中の初歩だろうに、なぜ彼女はこれほどまでに取り乱しているのだろうか。

 疑問を共有しようと南井が逆隣に目をやると、万鈴もポカンと口を開けたまま固まっていた。

 そういえば、と昨晩の記憶を思い返すと、閑野も信じられないものを見た、というような呆れた顔をしていたような気がする。

 そこで南井はようやく、どうやら自分がアウェイの立場に居ると気が付いた。

 自分で振っておいた話題ではあるが、空気感に居心地が悪くなる。

「本当に、信じられません……」

「経緯とかについては、なんやかんやあってそうなったってことで端折(はしょ)るとくとしてさ。本題はそこじゃなくてね。私、昨日キスしたとき特に何も感じなかったんだよね。もっとなんだか劇的な変化が起こることを期待していてたのにさ」

「なんやかんやで省略していい話じゃないと思うんですけど……」

「映画なんかで見てるとさ、キスシーンってだいたいハッピーエンドの象徴でさ、とても素敵なものですよって雰囲気で行われるじゃない? で、私もずーっと憧れていたはずのものなのに、実際にやってみたら全然実感がわかないというか、味気ないというか。なんの感情も湧かなかったの。ずっと憧れてたのに、だよ?」

「そんな話を経験のない私たちに振られても、何も答えようがありませんよ」

「手ごたえが全然無いっていうか、恋愛って何なんだろうって、なんだか前よりも分からなくなっちゃった気がするんだよね」

 南井はロールパンを小さく齧りながら、ため息をこぼす。

「私たちの世代ってさ、やっぱり一生恋愛とかできないのかな」

「それは、世界がこうなってしまった以上、やはり難しいと割り切るしかないでしょう」

「そんなに簡単に割り切れる? たった一度の青春時代に、たった一度の恋愛すらできないとかさ」

「できるできないではなく、するしかないという話です。私たちもずっと子どもでいられるわけでもありませんから。無いものねだりをしても仕方がないでしょう」

「萌香はあっさり割り切っちゃってるみたいに言うけどさあ、キスとかしたいと思ったことないの? 当然、萌香が男性恐怖症って言うのは知っているけど、それとは別の話で、恋愛とか王子様とかに憧れたりしなかったの?」

「……そりゃあ、恋愛だったり、そういう行為の想像だったりをしたことくらいはありますけれど、私の場合は殊更に憧れたりとかはしていません。ユウタさんと一緒にいるとドキドキしたりはしますけれど、個人的な感情とは切り離して考えていますし。それに、……キ、キスとか、そういった行為の想像も、曖昧なイメージしかできませんから」

「ふーん。んじゃ、万鈴は?」

「…………」

「お、黙り込んだ。珍しい反応」

「……東雲さん?」

「恋愛感情なんて、そんなの無いに越したことはないよ」

 万鈴が言うと、南井は目をしばたたかせる。

「びっくり。意外とはっきりした答えが返ってきた」

「私たちは、いずれファウンダーの子と子を成さなきゃいけないんだからさ。そこには恋愛感情なんていらないし、あっても辛くなるだけじゃん」

「なんだか、萌香と同じ意見なようで、さらに踏み込んだコメントって感じがする。具体的な体験に基づく感想っていうか?」

「そうかな」

「ねえ、万鈴。ひょっとしてあなたがユウタくんの家を出た理由って……」

「それは前も話したでしょ。お義母さん、――愛花さんに迷惑をかけたくなかったから」

 それだけだよ、と万鈴は言って、食べかけの目玉焼きをフォークでつつく。

 フォークの先で半熟の卵が割れ、静かにこぼれた。


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