EPI.20 予定外の釣果
文庫本を半分ほど読み進めたところで、空腹感を覚えていることに気が付いた。
右腕の腕時計に目をやると、かれこれ二時間ほど経っていたらしい。
紫外線まみれの炎天下での読書など、本好きの人からすれば罵りたくなるレベルの邪道なのだろうが、環境が変わり新鮮な気分になったためか、思いのほか捗った。
身体を伸ばし、凝り固まった筋肉をほぐしていると、ちょうど海岸から歩いてくる三人と目が合った。
「ユウター、さっき浜辺でこんなカニ捕まえたんだけど、これ食べられるヤツかなー?」
「食べられないから海へ帰してきなさい」
「はーい」
ユウタの言葉を聞くなり、万鈴は素直に踵を返して、駆け足で海岸のほうへ戻っていく。
「ちびっ子は元気だねえ」
「万鈴さんに聞かれたら怒られますよ」
と苦笑いを浮かべながら南井と喜多がつぶやく。
若干、疲労感をにじませてはいるが、充実した時間を過ごせていたようで満ち足りた顔をしている。
「お帰り。楽しめた?」
「もちろん。私はもともと体動かすの好きだし、やっぱ何よりこの開放感よね。海ならではって感じ」
「私もおかげで楽しめました。お二人の体力がすごくてついていくのがやっとでしたが」
「浮き輪で浮いてるだけでも、楽しいでしょ」
「はい。あまり海で泳いだことはなかったのですが、波って不思議ですね。今でもまだ少しフワフワしています」
「二人は、おなか空いていない?」
ユウタが尋ねると、南井ははにかむ様に顔を崩し、おへそのあたりをさする。
「めちゃぺこ。万鈴戻ったらご飯行こーよ」
「そうだね。実は、俺もそろそろお昼にしたいと思っていたところ」
「先ほど、かがり火の横を通った時に、素敵なテラス席を見つけました。観光客用に提供されているもののようでしたので、屋台でなにか買ってそこで食べましょうか」
喜多の言う辺りへ視線を向けると、堤防近くに大きな縁側のようなウッドデッキが広がっていた。ご丁寧に、枝を組み上げ作られた屋根もついているので日差しの心配もなさそうだ。四人掛けのテーブルと椅子も無数に並べられており、すでに何組か食事を楽しんでいるグループもいた。
おそらく、夜には祭りの観覧席になるのだろうが、昼間は解放され誰でも自由に利用できるらしい。
「ただいまー。なに、みんなでごはんの話してた?」
「うん、屋台で何か買って食べようって」
「いいね。早く行こ行こ。私、ぜったい焼きそば食べる」
元気いっぱいの万鈴に手を引かれ、ユウタが腰を上げようとしたところで、万鈴の後ろに別の影が動くのが見えた。
「万鈴、後ろ、危ない!!」
「えっ」
万鈴が振り返るより先に、少女の短い悲鳴が聞こえた。
「きゃっ」
万鈴のお尻に押される形でバランスを崩し、一人の少女が砂浜に尻もちをつく。
「ごめんね、大丈夫だった?」
座り込んでいた少女に万鈴が手を差し伸べると、やや遠慮がちにその手を取って立ち上がる。
年のころは、たぶんユウタらとほとんど変わらない。だが、学園では見かけない顔だ。
このあたりの子はほとんどみなが丘塚学園に通っているため、同世代で知らない人というのは珍しい。外部からの観光客だろうか。
「私こそ、ごめんなさい。その、考え事をしながら歩いていたから、あまり周りが見えていなかったみたいで……」
少女は洋服についた砂を払いつつ、頭を下げる。そして、不意に、後ろにいたユウタと目が合った。
「あっ」
一瞬、少女の表情がこわばった。
視線が泳ぎ、やがてユウタの左腕に釘付けになる。
「怖がらなくていいよ」
ユウタを見て固まっていた少女に気を遣うように、万鈴が言う。
そして、喜多がフォローするように言葉をつなげる。
「私も、男の人が苦手だから気持ちはわかります。だけど、怯えなくて大丈夫ですよ。少なくとも、この方はとてもいい人ですから」
「いえ、ごめんなさい。怖がっていたわけじゃないんです。ただ、少し驚いちゃっただけで」
「まあ、希少種だからね。不意に出くわした色違い、みたいな」
南井が冗談めかして言うと、少女はぎこちなく笑った。
「……その、変なこと聞くかもしれないんですけれど、後ろの男性の方、いいひと、なんですか?」
万鈴と喜多と南井は、三人で顔を見合わせ揃って首をかしげる。
「いいひと、ですよ」
「そう、ですか……」
少女の口ぶりは、まるでユウタがいいひとでは困るかのような様子だった。
「すみません、急に変なこと聞いて。その、失礼します」
そして、ぺこりと頭を下げてユウタ達のもとを去っていった。
「なんだか、変わった子だったね」
「まさかですけれど、さすがにあの子が緋梅会の人ってことはないですよね?」
「さすがにないでしょ。あの子、どこからどう見ても普通の女の子だったもん。むしろ、萌香とおなじくらい控えめな性格っぽいし、あれでヤクザはないでしょ」
ユウタは、そうだねと頷く。
彼女の言動に違和感を覚える点はあった。だが、どのみち素人の自分では判断することはできない。
「一応、あとで五十鈴さんや閑野さんに報告はしておくよ。それより、今はお昼のことを考えたいかな」
ユウタの提案に、三人は声を揃えて「賛成」と言った。




