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EPI.18 祭りの前の騒がしさ

 このあたりの海岸線は平坦な砂浜が続き、開放感のある海水浴場として長年人気のスポットだ。

 大災害を経て人口が激減した今でも、夏のシーズンには地元民だけでなく多くの観光客が集まってくる。

 暑さに嫌気がさして海中で涼をとる者、身の丈ほどもあるサーフボードをわきに抱え波乗りを楽しむ者、波打ち際で砂遊びをする者、波止場に並んで釣りをする者、様々だ。

 そして今日は、いつにも増して人が多い。

 浜辺に沿って走る幹線道路には色とりどりの暖簾(のれん)を掲げた屋台が並ぶ。浜辺では大きな(やぐら)と、井桁(いげた)に積み上げられた薪の山がぽつんぽつんと等間隔に並び、お気楽な観光地には似つかわしくない独特の存在感を放っていた。

 まだ準備も半ばだというのに、そこかしこからやや浮世離れした雰囲気が感じられる。

 行き交う人々も、地に足がついていないような浮かれた気分になっている様子だ。

 丘塚漁り火祭り。

 もともとは大災害で犠牲になった人たちを(しの)ぶために始まった慰霊(いれい)祭だったが、いつのころからかエンターテンメント色が強くなっていき、歴史は短くとも地元民にはすっかり根付いた毎年の恒例行事となった。

 暦は八月。

 ユウタは右の手のひらで庇を作る。(すが)めた目で空を仰ぎ、敵意を込めて太陽を睨む。そして、その炎天下、眼下に広がる光景を見て、重い息を吐く。

 季節柄、快適に過ごせるような気温を求めるのは贅沢というものだろうが、それにしても今日は一段と暑い。

 まだ十時過ぎだというのに、朝からゴキゲンなお日様が海辺の人々の肌をちりちりと焼いていた。

 ユウタはあまり人混みが得意なほうではない。

 海自体は、どちらかといえば好きではあるのだが、それが祭りの日となると話は別だ。

 慰霊祭であるならば、もっと(おごそ)かにやるべきものではないかと、幼いころからずっと思っていた。

 眇めた目のまま、陽炎(かげろう)(かす)む水平線へ視線を移す。

 この海の向こうには、ユウタの父親も眠っている。――らしい。

 普段はお酒を飲まない母ではあるが、毎年この日は、夜、一人でお酒を飲むことが多かった。

 そして、そのたびに赤くなった頬を緩ませながら、ユウタやダイスケによく父の話をした。だらしなくてどうしようもないところもあったけれど、優しくて素敵な人だったのよ、と。

 しかし、父との記憶がほとんどないユウタにとっては、母ほど感傷に浸れるほどの思い入れはない。

 慰霊祭の日と言えど、ユウタにとって、海は変わらず海であり、お祭りもただ人混みで(あふ)れる(わずら)わしい日でしかなかった。

(……おっと)

 不意に立ち(くら)みを覚える。

 いつまで突っ立っていてもただ体力を無為に消耗するだけだ。

 ユウタはほどよく(ひら)けたところに目を付けると、肩に担いでいたパラソルを刺して腰を下ろす。

 ただの日陰でしかないが、直射日光を避けられるだけで明らかに体感気温が下がるのが感じられた。

 一息ついて、自然な動作を意識しながらあたりを見回す。

 まさかビーチでそんな恰好をした連中はいないだろうと思ってはいたが、やはり赤いスーツを着た人物は見当たらない。

「ま、そりゃそうか」

 人攫いが、目立つ格好などするはずがないのだ。

 となると、素人であるユウタに、身を潜めた不審者を見分けることなどできるはずがない。

 当初の計画通り、うまく見つけられるよう立ち回る必要がある。

 今日のユウタの仕事は、目立つこと。さりげなく、あくまで自然に、ファウンダーを演じること。

「長い一日になりそうだ」

 分かりやすい手ごたえもなく、先も見えない任務。

 気を抜くことは許されない。だが、長丁場となるならば気負いすぎるのも良くないだろう。適度な緊張感の中、共に過ごす相棒として持ってきた文庫本を取り出そうと、担いできたバッグに手を伸ばす。

 その時、いびつに膨らんだ左腕の袖口から、金属質の光沢が顔を出した。

 先日プレゼントでもらった甚平は袖が広く、VMDの上から羽織るには都合がよかった。サイズ的にも、腕をおろせば機械部分がすっぽりと隠れる大きさだ。

 だが、それでもいびつに膨らんだ左腕は異質な存在感を放っていた。

(思った通り、服の上からでも十分に目立つ)

 最初は、『見つかることが目的ならば』と、水着に着替えて海辺で遊ぶという案も出ていた。

 だが、すぐさまレンとヨーイチの大反対を受けた。

(たしかに、いくらなんでも、こんなものを付けた状態で水着になったら悪目立ちが過ぎる)

 釣りは、ただ獲物の前に餌を吊るせばよいというものではない。大切なのは、餌に食いつかせることより、裏側に隠した針に決して気づかれないこと、らしい。

「あ、いたいたユウタ。お待たせー」

 馴染みのある声にユウタは顔を上げる。

「さすがにこんなところでそんな恰好だとわかりやすいね」

 万鈴と南井が手を振りながら近づいてきた。後ろにはやや俯きがちな喜多が続く。

「みんな、着替え終わったみたいだね」

「うん。水着新しいのだから着るのに手間取っちゃって。ごめんね、待たせちゃったよね」

「気にしていないよ。今日は待つのが仕事みたいなものだし」

「で、どう? 私たちの水着姿」

 ほれほれ、と南井は水色のビキニの胸元をアピールしながらユウタに近寄る。

「よく似合ってると思うよ。水着姿もとてもかわいい」

「んふふー、よろしい。で、こっちは? 萌香の水着も私たちで選んだんだよ」

 南井は後ろに控えていた喜多の肩に手をかけ、無理やり前に出す。彼女は白いセパレートの水着を身に着け、腰には短いパレオを巻いていた。

 胸元も思いのほかボリューム感があり、いつも以上に大人っぽい雰囲気だ。

「今日はコンタクトレンズ?」

「は、はい、さすがに水泳のときはメガネを外すようにしていますので……」

 喜多はいつものように限界近くまで顔は赤くなっているが、声ははっきりと聞き取れる。これも彼女の成長の成果だろう。

「萌香もスタイル良いんだからさ。ほら、ちゃんと素材を活かさないとね」

「いえ、その、私なんか、そんな……」

 と思ったが、やっぱり声はどんどん小さくなっていき、最後は周りの喧騒に掻き消されていた。

「で、最後に万鈴なんだけど――」

「あれ、万鈴のそれ、前に見たことがある気がする」

「言うな。いま、結構本気で落ち込んでいるんだから」

「あー、お店行ったときね、万鈴だけ新作でサイズ見つからなくて冗談半分で二年前の水着合わせてみたら……」

「着れちゃったのか……」

「ぐぬ」

 ユウタにはよくわからない心情だが、育ち盛りの女性にとって、『二年前の水着が着れた』ということは耐え難いほどの屈辱であるようだ。

 万鈴は、来年こそはと息巻きながら、手に持っていた豆乳ジュースを勢いよく啜っている。

「ねえ、気のせいかもだけどさ。この辺りちょっと人混み少ない?」

 南井は付近をきょろきょろと見回しながら言う。

「まあ、たぶん、俺がここにいるからじゃないかな」

 実際、ユウタの周り5メートルだけ、まるで見えない規制線でも張られたようにぽっかりと人混みの空白地帯ができていた。

 ユウタに気を使って善意で距離を置いてくれているケースもあるのだろうが、どちらかというと避ける意図で距離を置いている人のほうが多いだろう。

「ああ、そっか。なんとか恐怖症」

「そういや、そんなのあったねえ。最近慣れすぎちゃって完全に忘れてたわ」

「考えようによっては便利だよね、これ。夜祭りの時も人波に揉まれずに済むかも」

 飲み終えた紙パックを丁寧に畳んで潰しながら万鈴が言う。

「人を蚊取り線香みたいに……」

「これなら、五十鈴さんたちも監視しやすいでしょうね」

 そうだね、とユウタは同意する。

 五十鈴らも、このビーチで別行動をしている。おそらくは、どこかでユウタを中心にモニタリングしているのだろう。

「どこで見てるんでしょうね。全然気配を感じません」

「五十鈴さんたちはともかく、閑野さんと鹿島さんはプロっぽい感じがしたから、潜伏してたとしたらたぶん俺たちが本気で探しても見つからないんじゃないかな」

「あまりキョロキョロしちゃだめですよ」

「はあーい」

「そういや、今日の夜はどうするの? お祭り、ユウタくんは参加するんだっけ?」

 南井の問いかけに、ユウタは首を振る。

「いや、お祭り本番までには切り上げる予定だよ。日が暮れるくらいの時間に五十鈴さんたちと合流することになってる」

「なーんだ、残念。んじゃ、それまではどうする? ユウタくんはその恰好じゃ泳げないよね?」

「俺は、ずっと荷物番の予定だよ。ここでのんびり本でも読んでいるから、みんなは自由に遊んでくれていていいよ」

「私たちだけ遊んでいて良いのでしょうか?」

「むしろ、遊びまくって学生の夏休みっぽさを演出してくれるほうが助かるかな」

「じゃあ万鈴、萌香、あっち行こうよ。かがり火の薪を組んでたところ。短冊に願い事書いてお焚き上げするんだってさ」

 いつもテンションが高めな南井だが、今日はさらに輪をかけて高い。まるで小さな子供のようにはしゃいでいる。

「ん、りょーかい」

「私も、お供します。すぐに戻りますから、ユウタさん、お気を付けくださいね」

「せっかくだから、ユウタの分も書いてきてあげるよ。何がいい?」

「世界平和」

「つまんないから、自宅の蛇口から石油が出ますようにって書いとくね」

「本当に出てきた時に責任取ってくれるならそれでいいよ」

 万鈴は自信たっぷりの顔で親指を立てると、三人連れ合って人混みの向こうへ歩いて行った。

 あの自信は果たしてどこからやってくるのだろうか。

 やれやれと、文庫本に再び手を伸ばしたところで、視界の端に見知った顔を見かけた気がして視線を上げる。

 それは少し意外な顔だった。

 彼女もユウタに気が付いたようで、少し気だるそうに髪をかき上げながらこちらへ歩いてくる。

「ひょっとして芳野か?」

「コマちゃん先生、ですよね?」

「コマちゃんじゃなくて小松先生、な」

 担任の小松教諭だった。

 普段パリッとした、――いや、実際はあまりパリッとはしていないが、洋服姿しか見ていない教師の水着姿というものはかなり違和感があった。

 本人確認をした今でも、まるで別人のような雰囲気を感じる。

「何でこんなところに?」

「部活の付き添いだよ。私が顧問している合唱部の。今晩のイベントでボランティアとして呼ばれてんだが、今は部員みんなでお勤め前のリフレッシュタイムだ」

 小松はそう言うが、当の本人はあまり楽しんでいるような様子はない。

「お前は?」

「たまには、地元のお祭りに参加しようって思って」

 ユウタは言いながら、左手が目立たないように体勢を変える。

「ふぅん。ほかには? 小村とかも来てんのか?」

「男子は俺一人だけですよ。あとは東雲さんと喜多さんと南井さんが一緒です」

「東雲はともかく、南井や喜多もいるのか。なんか珍しい取り合わせだな」

「最近妙な縁がありまして」

「まあ、お前が良いなら私が口出しするようなことじゃないが。変なことが起こりそうになったら私にちゃんと相談しろよ。これでも一応教師なんだから」

「……大丈夫ですよ。そういうのとは違いますから」

「そうか」

 少しだけ、会話の間が開く。

 小松は、居心地が悪そうにしているユウタの様子を少しだけ見てから、思い出したように言う。

「そういや、小村はまだ漫研続けてるのか?」

「あいつが漫画を辞めることはないですよ。もしかして、まだ諦めていないんですか」

「声聞くたびにもったいないって思うんだよ。あいつのバリトンがうちに入れば一気にコーラスがしまるんだがなあ。気が向いたら顔出してくれってずっと言っているんだが、あの野郎一向に顔を出しやしねえ」

「たぶんですけれど、聞いた次の日には忘れられていますね」

「お前からも言っておいてくれないか」

「今度軽く伝えておきますよ。でも、期待はしないでくださいね」

頼んだ、と言ってから、ふと、小松は何かに気が付いたように後ろを振り返る。

「あー、いたいた。コマちゃん先生ー、あっちでカニ捕まえたんだけどこれって食べられるヤツですかー?」

 どこかとぼけたような声が混じる。声の持ち主は、何かを片手に掲げながらユウタらのもとへと歩いてくる。

「小松先生な。食えないヤツだ。帰してきなさい」

「あれ? そこにいるの、芳野さん、ですよね?」

 声の人物は、腰をかがめてユウタの目の前まで顔を寄せてくる。細いブロンドの髪がさらりと流れ、太陽の白を反射する。

 ユウタは思わずのけ反り、後ずさる。

「あ、ごめんなさい。目が悪くて、あまり見えなくて」

「いや、大丈夫。ちょっとびっくりしただけで」

 金髪の少女。目立つ子なので見覚えがある。クラスメイトだ。

 確か一度だけ話をしたことがある。NGPが話題になった際に女性陣の輪の中にもいたはずだ。

 だが、そのころと比べると印象がずいぶんと変わっていた。

 前は腰近くまであった長い髪が、いまは耳がやっと隠れるくらいの長さまでバッサリと切り落とされていた。

「それ、なんですか?」

 少女はユウタの左腕を指さし言う。

「これは、まあ、何でもないよ。気にしないで。えっと、エリサさんだよね。同じクラスの」

「はい、エリサ=ライネです」

「髪、切ったんだね」

「はい、長いままだとやっぱり夏は暑いですから」

「さっぱりしていいと思うよ。ショートもよく似合っているね」

「…………?」

 エリサはきょとんとした顔でユウタを見つめる。どう反応してよいか分からないような様子だ。

「ユウタ、お前、クラスメイトとの距離感おかしくないか?」

「そうですか?」

「いや、まあ、ジェネレーションギャップみたいなものかもしれんが、私の世代の感覚だとすごく違和感がある。恋人でもない女性にそこまで踏み込んだコメントをするのは、チャラいホストか欧米かくらいしかイメージできん」

「チャラいホストっていうものが何かは分かりませんが、欧米向けであればあながち間違えていんじゃないですか」

 正確な国名は覚えていないが、エリサは確か大陸の西で欧州の歴史に連なる国の血が半分以上入っている。

「父の国ではそうかもしれませんが、私自身は物心ついたころからずっと日本で暮らしているのでそちらの文化はピンとこないです」

 と思ったが、当の本人からダメ出しを貰ってしまった。

「ごめん、もしかして不愉快だった?」

「いえ、少し面食らっただけで、不快ということはないですよ」

「そういえば、エリサはお父さんのお墓参りとかどうしているんだ?」

 小松が聞くと、エリサは少し思案した後、手元のカニのハサミを掴んで遊びながら答える。

「一度もしたことがないです。父は向こうの国で亡くなって、お墓も向こうですから」

「それも、すこし寂しい話だな」

「物心ついたころからそれが当たり前だったので寂しいと思ったことはないですよ」

 エリサの言葉に、ユウタは内心で頷く。

「いや、お父さんのほうがさ。娘に一度もお墓参りに来てもらえないって言うのは寂しいもんだと思うぞ」

「そういうもの、ですかね」

「それに、向こうの親戚もお前に会いたがってたりするんじゃないか」

「――それは、どうなんでしょうね」

「会いたくないのか?」

「どちらかというと、あまり会いたくないです。私、日本語しか喋れませんから言葉がまったく通じないですし」

「ふーん。ま、最近の若者ってのはそういうもんなのかもな」

 小松はそう言うと、エリサの手元からカニを取り上げる。

「そろそろ戻るぞ。芳野、邪魔したな」

 エリサは、よいしょと掛け声とともに立ち上がり、小走りで小松のあとをついていく。

 二人を見送りながら、ユウタは首をひねる。

(――なんだろう)

 きっかけは全く分からない。だが、ユウタは記憶のどこかで引っかかりを覚えていた。


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