EPI.17 協力
「皮膚に圧迫感があって突起に押さえつけられるみたいな感じがあるかもしれませんが、どうです? 気分が悪くなったりしませんか?」
「大丈夫です。違和感はありますけど、不快というほどではないので」
ユウタは左手を少し持ち上げ、取り付けられたそれの動きを確認する。
無骨な見た目の割には手首の稼働域も変わらず、振ってもねじっても特に違和感はない。重量はそこそこあるが、それもすぐに馴染みそうだ。
かんきつ亭の奥座敷は、いつにも増して人の出入りが多くなっていた。
椅子に座るユウタを取り囲むように、女性が三人、せわしなく動いている。そのうちの一人は、以前まさにこの場所へ五十鈴と一緒に土気色の顔でやってきた赤木という名の女性だ。
あの日はひどい有様だったが、今日は意識がはっきりとしているようで、バインダーにまとめられた書類に手際よくペンを走らせている。
「先輩、バイタルデータの送受信問題なしっす。GPSも反応良好です」
テーブルをはさんで反対側で頬杖をついていた五十鈴は、順調そうな作業の進捗とは裏腹にすこぶる不機嫌そうに息を吐いた。
「……なんだか、あなたゴキゲンじゃない?」
「そう見えます?」
答える赤木は、取り繕うこともせずにるんるんと言葉じりを弾ませている。
五十鈴はフンと鼻を鳴らして子どもっぽくそっぽを向いた。
「防水ですのでそのままお風呂も入っちゃって問題ありません。ただし、四日に一度はバッテリーを交換する必要がありますので、それだけは忘れずに」
言いながら、赤木はドサドサとバッテリーの山を机に広げる。
「バッテリー?」
五十鈴の隣で退屈そうに様子を見ていた万鈴の問いに、赤木はこくりと頷く。
「VMDは厳密なバイタルチェックを目的に作られていますので、バッテリー切れや生体情報の異常を感知すると発報します。かなりの騒音ですので、ご近所にご迷惑をかけたくなければ忘れずに」
「わかりました」
ユウタの答えに赤木は満足そうに微笑む。五十鈴の言ではないが、本当に機嫌がよさそうに見える。
「…………」
五十鈴や赤木の様子を観察しながら、順調だ、とユウタは思う。むしろ、期待以上だ。
ここまで全面的なサポートが得られるとは思っていなかった。
以前、かんきつ亭で五十鈴らと話をした時は、ユウタらがこの件に首を突っ込むことに反対されていたため彼女らを説得できるかどうかは五分五分だと思っていた。だが、賭けはどうやら勝ちの目が出たらしい。
三日前。
小学校でダイスケと会ったその日の晩、ユウタは五十鈴に電話をかけた。
『ヤクザ者を捕まえたいから協力してほしい』
あまりにも唐突で、且つ突拍子もないの連絡に五十鈴は素っ頓狂な声を上げていたが、そのあとに続いたユウタの言葉に声を飲んだ。
『コミュニティにいる友人から連絡があって、ホームレス区画でダイスケの写真が出回ってることが分かった。あいつらにダイスケの顔が割れている』
未明に届いたヨーイチからの一通のメール。
ユウタにとってもそうだったように、少なくとも、同等以上の衝撃が彼女にも伝わったようだった。
五十鈴の不承不承な様子を見る限り、全てに納得はしていないのだろう。だが、協力はしてくれている。
――ユウタは、五十鈴らにダイスケと会ったことは話していない。
あの日、ダイスケは、ことが済んだらNGPへ戻ると約束した。
であれば、ユウタがあの日のことを話してしまうのは、ダイスケに対する裏切りになるような気がした。
五十鈴らに対する不誠実な行動に心苦しさを覚えないではないが、彼女らもダイスケの脱走を秘匿しているのだ。
お互い様だ、とユウタは心の中で折り合いを付けた。
「ねえ、ダイスケくんもこれ付けてるんだよね?」
いつのまにかユウタのそばに来ていた万鈴が赤木に尋ねる。
「それについては十中八九つけたままでしょうね。詳細は伏せますが、何日か前の私たちの捜査でも、その痕跡は確認されていますよ」
「だったら、そろそろそのバッテリー切れが近いんじゃないの? ブザーか何かが鳴るんでしょ? 良くも悪くも見つけやすくなるんじゃ?」
「バッテリー切れについては、おそらくその通りです。が、発報音をアテにして調査することは期待できません」
「どうして?」
「発報用のモジュールがすでに剥ぎ取られていることは、数日前に確認済みです。バッテリーの交換ミスは管理区画の内でもしばしば起きていて、夜中に誤報で鳴動するトラブルが多発していました。そのため、ほとんどのNGFがブザーを無効化するため方法を知っています。あまりに本末転倒なので、それ以来、施設では電池の残量も職員がモニターしてバッテリーの交換をするようになりました」
「さっき言ってたGPSは?」素知らぬ顔で場に交じっているレンが言う。「もっとも、いま、こうして五十鈴さんたちがシラミ潰しに足を使って捜索しているって時点で大方予想はつくけどね」
「ご想像の通り、同様に取り外されています。GPSは発報モジュールと一体型なんですよ」
「なんか、しょっぱい話ねー」
南井が呆れたような声で呟く。
NGPの管理体制を揶揄するような発言にもなるだろうが、彼女の言葉に苦笑しながらも赤木は明るく言う。
「ですが、それでもVMDが全く役立たずというわけでもありませんよ」
「なぜですか?」
「簡単には取り外せないんです。GPSなど、バイタルチェックとは直接関係のないパーツは後付けになっているので比較的簡単に取り外したりできるんですけど、VMD本体は専用の器具を使わないと取り外せません。大がかりな工具を使えば不可能ではないとは思いますが、何も準備がない状態でこれを取り外すことは至難の業でしょうね」
なるほど、とユウタは思う。
実際に身に付けてみてわかる。手首を挟み込んでいる金具は鉄骨を切り落とすレベルのカッターが必要だろう。
自分の腕との間には数ミリメートルの隙間もない。
よほど工具の扱いに長けた協力者でもいない限り、13歳の少年が自力でこれを取り外すことはほぼ不可能だ。
五十鈴らには絶対に話せないが、先日ダイスケらと実際に会った時も、彼らは不自然に長袖の洋服を着て左腕を隠していた。ダイスケらがまだこれを付けたままである可能性は高い。
「つまり、物理的な目印になるわけだ。左手にこんな目立つものを付けている男性なんてそうはいない」
「はい、ファウンダーがVMDを身に着けているということを知っている者にとってはこの上なくわかりやすい目印になります」
――つまりは、おとりとして強力なアピールになる、ということ。
「逆に言えば、緋梅会がVMDのことを知らなかったら何の意味もない小道具になっちゃうと思うんだけど、そこは大丈夫なの?」
「鋭い指摘ですが、大丈夫でしょう。先日、ミカンちゃんにお話を伺った際に緋梅会の構成員が『左手に機械のようなものを取り付けた男性』について問い合わせたという話がありました。彼女らはファウンダーの捜索にVMDを手がかりにしていますので、今回のおとり作戦は成立します。まあ、NGPの機密があっさりと外部に漏れているという点では、ある意味別の問題が残ってはいるんですがね」
「なるほどねー」
感心したようにレンがつぶやく。
(……目立つなって言っといたのに、さっきからこのアホは)
彼は先日この場で五十鈴らから箝口令が出された場にいなかった。彼女たちが気づいていないのか、あるいは気づいていて知らないフリをしてくれているのかは分からないが、ともかく目立つことは控えてほしい。
「これがGPSの受信器ですか? ちょっと触ってみていいですか?」
「いいですよ。今は動きがないので面白いものではないと思いますが」
「GPSって実用技術としてまだ生きていたんですね」
「NGPでは常時使用してます。ですが、GPSがまだ使われているということは実際あまり知られていないかもしれませんね。いまや希少な技術であることは間違いないわけですし」
「これって精度どれくらいなんですか?」
「たぶん誤差数十メートルくらいですかね。タイムラグはコンマ五秒ほどだと思います」
「へえー、昔の技術はすごいなあ」
「大災害以前は携帯電話には標準的についていた機能なんですけどね。今じゃもう新しい人口衛星を打ち上げることもできませんから、すべての人工衛星の寿命が尽きれば使えなくなってしまう技術ですが、使えるうちは使わせてもらいますよ」
「ねえ、なんか二人で知ってて当たり前みたいに話してるけど、GPSってなに?」
端末をいじっているレンを後ろから覗き込みながら南井が言う。
「Global Positioning Systemのことだよ。簡単に説明すると、発信機がどこにあるかリアルタイムで追跡できる装置。一昔前までは一般的な技術だったんだけど最近の若い子たちにはあまり馴染みがない言葉かもね」
「いや、アンタ同い年だし」
「……わざわざそんなもんを取り付けるっちゅーことは、今回の作戦は、ユウタを拉致させて、ヤクザもんの根城を割り出そうって話なんか?」
「そんなことはさせないわ。絶対に」
しばらく様子を眺めていただけだった五十鈴が、語気を強めながら言う。
「やむを得ぬ事情でおとり捜査には協力してもらいますが、万が一にもそんなことにはさせません。そういう危険が生じた場合、私たちが身を挺してでも阻止します」
五十鈴は、ユウタにVMDを取り付けるサポートをしていた女性二人を手招きし呼び寄せる。
隣に並び立つ二人を、五十鈴は順に紹介する。
「向かって左が閑野、右が鹿島。今日からほぼ24時間体制で優太くんの監視に付けます」
若い女性が二人そろって頭を下げる。おそらく赤木と同年代だろう。
二人とも、背中に鉄骨でも入っているのではと思えるくらいに背筋がまっすぐ伸びている。
一人は背が高く、おそらくミカンちゃんと同じくらい。女性としてはかなり背が高いほうだろう。もう一人は全体的に丸い印象の体形だが、動きは機敏だ。
五十鈴や赤木らとは対照的に、どちらも寡黙なタイプのようで、こちらに来てからほとんど声を聞いていない。
「優太くんの身に危険が及びそうになったら、すぐに彼女らがカバーします。もちろん、私たちも。GPSはあくまで万が一のための保険です」
「この人たちは五十鈴さんの部下?」
「直属ではありません。防衛省から借りてきました」
ということは、自衛隊の人だろうか。雰囲気が違うはずだ。
「でもさ、拉致されないんだったら、どうやって逮捕するの? たとえヤクザ屋さんが相手でも、何の理由もなく逮捕することはできないんでしょ?」
「もちろんだよ」VMDを甚平の袖の中にしまい、ユウタが言う。「だから、一線を越えるまでは、泳がせる」
「一線って、どのあたり?」
「だいたい、身柄を拘束されるところ、くらいまでかな」
ユウタが言うと、万鈴は顔を引きつらせながら、「マジ?」と言った。
五十鈴は眉間にしわを寄せ、大きく息を吐く。気乗りしていない上司の様子を見て、代わりに赤木が補足した。
「優太さんはファウンダーではありませんが、NGPのモニタリングテストに協力いただく形になりますので、特措法が適用されます。罪状は選り取り見取りですよ」
「選り取り見取りって言葉で、こんなに嫌な使われ方初めて聞いたわ」
「ですが、課題もないわけではないんです」
「なんや、課題って」
「当たり前の話ですけど、おとり捜査が成立するためには緋梅会に優太さんを見つけてもらう必要があります。あくまで、安全に、そして勘繰られないためにごく自然な形で」
「目立たず目立つ、か。なんだか禅問答みたいな話だね」
「そんな都合のいい条件どうやって作ればいいのさ」
「わざわざ作らんでもええやろ。あるやないか、ちょうどええのが。ユウタも、ハナからそのつもりやったんやろ?」
言って、ヨーイチは壁に貼られた一枚のポスターを顎で指す。
それを見た瞬間、五十鈴らを除いた地元の人間は皆、なるほど、と頷いた。
「確かに、これならちょどいいですね」
夜の海を背景に、煌々と燃える海上の漁火。
この街で、一年で一番大きなイベントが、間もなく始まるのだ。




