表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/55

EPI.16 約束

 旧丘塚市立丘塚南小学校。

 鉄筋コンクリートの頑丈そうな校舎ではあるが、竣工(しゅんこう)は元号が三つも前の時代であり、すでに築五十年以上が経過している。

 環境インフラの老朽化に伴い段階的なリフォームが繰り返されてきたため、一部の設備は築年数と比較すれば近代化されてはいるが、それでももはや二十年以上昔の代物(しろもの)だ。

 そろそろ取り壊しの時期なのではないかとそんな噂もちらほらと出始めた頃に、大災害が起こった。

 当時在校していた男子生徒数は三百人以上に上る。男性の教師も少なくなかった。

 そのため建物の損傷は著しく、校舎はたった一日で廃墟同然となった。

 多くの人が、このまま取り壊すことになるのだろうと思っていた。だが、当時の物資不足もまた著しく、結果的に最低限の設備だけ補修し、なんとか学び舎として復旧させる運びとなった。

 校舎に向かって左半分、青いビニールシートに覆われた区画は、ユウタがこの学校に入学した当初からずっと、崩落した建材がむき出しのままだ。継ぎはぎだらけになりながらもなお現役であり続けようとしている佇まいは、歴戦の老兵を連想させる。

 この街で幼少期を過ごした児童たちの歴史にも等しい学校ではあるが、数か月ほど前、大災害後の最後の卒業生を見送り、ついにその長い歴史に幕を下ろした。

「ここに通ってたのも、もう二年以上前のことになるのか。早いもんだ」

「気のせいかな。なんだか、建物少し縮んでいない?」

 万鈴に言われ、ユウタは頷く。

 治安維持と事故防止のため板材で封鎖されている中央玄関も、かつての印象より幾分(いくぶん)か窮屈になったような印象を覚えた。

 それほど昔の話でもないはずなのだが、校舎も、遊具も、校庭も、あらゆるものが一回り小さくなっているような感覚に襲われる。

 はっきりとした根拠はないけれど、おそらく身体が成長した分、そのように錯覚しているのだろう。

「さて、目的の場所はどこだったかな」

 言いながら、ユウタは改めて手元の紙へ視線を落とす。

『ツチノコの木で待ってる』

 昨晩、万鈴の部屋に届けられた手紙には、ただ一言、それだけ記されていた。

 ツチノコの木。普通の人が聞けば、まるで意味の分からない言葉だろう。だが、ユウタと万鈴にはその言葉に心当たりがあった。

 ――ただ、その具体的な場所が思い出せない。

 ここ丘南小学校にあることは間違いないのだが、ほんの数年前の記憶がはっきりと思い出せずにいる。

 加えて、時間の指定がないため『いつ』なのかもまた分からない。

 二人で朝食のパンを平らげてからすぐにここに向かったが、すでに時間を過ごしてしまっている可能性もゼロではない。分からないのだから、そうでないことを願うしかない。

 ユウタはぐるりと辺りを見回す。いくら小学校と言えど、敷地面積はそれなりに大きい。待ち合わせの場所には不向きだろうに、ダイスケはなぜこんな場所を指定したのだろう。

「だれもいないね」

「うん」

「はっきりとした記憶があるわけじゃないけど、グラウンドじゃなくて確か校舎のほうだったよな」

「たぶん。私もそんな気がする」

「名前を決めたのは万鈴だったはずだけど。思い出せないか?」

「ツチノコ探しの時の集合場所にするために適当に決めた場所だし、そもそも子どものころに一瞬だけ流行った遊びだもん。そんな正確に覚えてないよ」

 封鎖されている校舎とは異なり、グラウンドだけは今でもきれいに整備されている。時折、ボランティアによる炊き出しや蚤の市の会場となるなど、地元民たちにの交流の場としてしばしば利用されている。

「じゃ、手当たり次第になるけど、校舎の周りをぐるっと一周廻ってみようか?」

 言いながら、万鈴は立ち入り禁止のテープを乗り越え校舎の裏へと続く細い道へ入り込む。

 グラウンドとは異なり、こちらは完全に放置されているようで腰の高さまで雑草が生い茂っていた。季節柄もあいまって、一歩進むごとに草いきれで頭がくらくらする。

「ねえ、ユウタ見てあそこ」

 万鈴が三階フロアの窓を指さす。

「あそこ、私たちが六年生のころの教室だよ。窓際の席からよくこの辺見下ろしてた。懐かしいなあ」

「ちゃんと授業を受けろ」

「よく猫の集会があったんだよ。毎日ずっと見てた。ちょうど今ユウタのいるそのあたりで」

「そういう大事な情報は、早めに報告するように」

 言われ、慌てて足元に視線を落とす。

 深い雑草ではっきりと見えないが、猫のフンや警戒心の薄い仔猫など踏んでいないだろうか。

「大丈夫だと思うよ。私が一応警戒してるから。いまは動物の気配はないよ」

 言いながら、万鈴は雑草の茂みをかき分けてどんどん奥へ進んでいく。

 ――向う見ずに突っ走る女の子と、その背中を追いかける引っ込み思案の男の子。

 まるで、あの頃に戻ったような錯覚を覚えた。

 小学生時代の六年間、ユウタと万鈴が同じクラスになったことは一度もない。

 今思えば、姉弟を同じクラスにしないという学校側の配慮だったのだろうが、その配慮が当時のユウタにとっては苦痛だった。

 入学したばかりのころは、何も問題はなかった。

 むしろ、学校での生活は楽しい部類に入っていただろう。

 家族以外の誰かとお話をしたり、遊んだりするのは、好奇心が満たされて新鮮な日々だった。

 しかし、あるとき、ふと気づいてしまった。

 ずっと普通だと思っていたことが、ずっと当たり前だと思っていたことが、実はそうではなかったことに。

 ――クラスメイトは全員女性で、ユウタは男性だった。

 はたから見ればみんな仲良しの優秀なクラスだったのだろう。騒ぎを起こすような問題児はおらず、担任教師にとっては実に扱いやすいクラスだったに違いない。

 だが、いつのころからか、そこにユウタの居場所はどこにもなかった。

 結局、友人は一人も出来なかった。夏以降、クラスメイトと話をすることすらなくなった。

 彼女らに悪意があったわけではない。しかし、幼さゆえに本能的な違和感には敏感だったのだろう。

 皆が皆、ユウタをいないもののように避けるようになっていた。

 休み時間になるたびに、教室を埋めるにぎやかな喧騒が、ユウタは苦手になった。

 耳をふさぐように寝たふりをする時間が増えてきたころ、ある時、突然手を引かれて教室から引っ張り出された。

 万鈴だった。

「暇だったら一緒に遊ぼうよ」

 力いっぱいに手を引かれた。

 それ以来、休み時間になるたびに万鈴はユウタを迎えに来た。

 ユウタはいつしか、手を引く彼女の背中を追いかけるのが、毎日の楽しみになっていた。

 無茶な遊びに付き合わされることも多かったが、彼女と一緒に過ごす時間が増えるごとに、少しずつ女子生徒と接する機会も増えていった。

 もはや万鈴は覚えていないかもしれないが、ユウタが女生徒の適切な距離感を覚えられたのは、彼女のおかげなのだ。


 足元にまとわりつく雑草を振り払っていたら、前を進む万鈴が急に立ち止まった。

「どうした?」

「ユウタ、いま私のこと呼んだ?」

 ユウタは首を横に振る。

 腑に落ちないという表情で再び歩き始めようとしたところで、

「お嬢さん」

 と死角から声を掛けられた。

 今度はユウタにもはっきりと聞こえた。

 飛び退(すさ)るように、二人は振り返る。

 だが人の姿はどこにも見当たらない。

「こっちこっち、上だよ」

 言われるままに首を上げると、視界の先にあるのは立ち入り禁止となっている校舎。その三階の窓際に人影があった。

 記憶とは違う声。だがその響きには、確かな予感があった。

 あの日から三年。

 面影はまだある。

 だが、想像以上に大人びた顔つきは、実時間以上の隔たりがにあるように思えた。

「……ダイスケくん?」

「こんにちは、わがままボディのお姉ちゃん。会える確率のほうが低いと思ってたから来てくれて嬉しいよ」

 13歳らしからぬ余裕のある仕草で、ダイスケが万鈴に話しかける。

「なんでそんなところにいるのさ」

「それは、どうやってって意味? それとも、どうしててって意味?」

「どっちも」

「どうやって校舎に入り込んだかについては内緒。頑張ってなんとかしたってことで、納得してもらえるかな」

 校舎一階の出入り口や窓の類はすべて封止されている。頑張って、というが、頑張ったくらいで簡単に入れるような場所ではないだろうに。

 だが、今はそれは本題ではない。

「NGPはどうしたのさ」

「ちょっとワケあってサボり中」

「ワケって?」

「万鈴姉ちゃんに会うために」

「……冗談だよね?」

 ダイスケは、目を細めて笑う。

「もう子供じゃないんだから、ふざけてないですぐに戻ろう。私も一緒についてってあげるからさ」

「それはできない」

「どうして」

「万鈴姉ちゃんに会いたかったのは本当だよ。でも、NGPを抜け出した理由はそれだけじゃない。もう一つ、事情がある。それは万鈴姉ちゃんと会うことと同じくらい大切なこと。だから、一緒に戻るわけにはいかない。ごめんね」

「つまり、私に連れ戻されたくないから、そんなところにいるってこと?」

「うん。せっかく三年ぶりに会えたってのに、近くで話せないのは残念なんだけどね」

 三階の教室。ユウタたちの手の届かない場所で、ダイスケはそう言った。

 想定外の状況に、ユウタは少し困惑する。

 最初から問答無用で無理やり連れて帰ろうなどというつもりはなかったが、事情次第ではその選択肢も候補に入ると考えていた。

 だが、この状況ではそれが適わない。

 さらに、ダイスケは警戒している。NGPに連れ戻されることを。

 であれば、話の流れを誤れば、あっさりとどこかに逃げ出してしまいかねない。

 ユウタの緊張感のレベルが、一段上がる。

「NGPを抜け出して、今はここを根城(ねじろ)にしているのか?」

「ううん、違うよ。最初はそれもアリかなと思っていたんだけど、いざ来てみたら建物の老朽化が思っていた以上にひどかったり、野生の先住民もいたりで、どうにも都合が悪くて。諦めた」

「今はどこにいるんだ? (うち)にも帰らず、ちゃんと寝泊まりする場所があるのか?」

 慎重に言葉を選びながら、ユウタが問いかける。

「そっちは内緒」

「……お前は、いま一人なのか?」

 ユウタの言葉に、ダイスケはふっと笑う。

「それを聞くってことは、もうNGPの人からコンタクトがあったってことかな。やっぱり、おおよその話は伝わってるんだね。まあ、そりゃそうか」

 ダイスケが後ろを振り返り手招きすると、もう一人の少年が顔をのぞかせる。背格好はダイスケと変わらないくらいだろうか。

 若干影が濃い顔立ちだが、十人に聴けば十人が器量良しと答えるだろう。

 おそらく、彼が五十鈴らの話に出てきた真田少年か。

 ふと、ユウタは違和感を覚えた。

 彼とは間違いなく初対面のはずだ。だが、何かが引っかかる。

「あの人が、ダイスケの会いたがってた子?」

 真田少年と(おぼ)しき人物が、万鈴を見ながら、言う。

「そう。僕の姉。事情があって血はつながっていないんだけどね」

「ここからだと遠いし、角度があるからはっきりとは分からないけれど、俺より小さいんじゃない? もしかしてダイスケってそういう趣味だった?」

「おらー、聴こえてんぞー小僧ー。そういう趣味ってどういう趣味だー、はっきり言ってみろコノヤロー」

 万鈴がしっぽを踏まれた猫のように威嚇する。

「隣の人は?」

「僕の兄ちゃん」

「あ、やっぱり。顔そっくりだもんね」

「あはは、よく言われたよ」

 ダイスケは苦笑する。

 リラックスして談笑している二人の様子は、中学生そのものだ。とても国家機関から逃亡しているお尋ね者のようには見えない。

「でも、なんでお兄さんも一緒にいるの? 手紙を送ったのはお姉さんだけだったんでしょ?」

「そのつもりだったんだけどね。考えてみれば兄ちゃんが一緒に来る可能性はかなり高かったと思う。少し迂闊(うかつ)だったかも」

「どうする? 計画変える?」

「……その必要はないよ」

 言って、ダイスケは眼下のユウタを見下ろす。

 自信に満ちた顔だった。

「兄ちゃんは、僕たちを説得に来たの?」

「場合によっては、それも必要になるとは考えていた。だけど、ひとまず話を聞きたかった。政府の人たちの話を信じ切っているわけじゃないけれど、嘘をつくような人たちだとは思えなかった。だから、少なくともお前の言い分も聞いておきたい」

「正直だね。真面目な兄ちゃんらしいや」

「NGPから逃げ出したっていうのは本当か?」

「本当だよ」

 一切の躊躇いなく、ダイスケは答える。

「どうして」

「それは言えない。少なくとも、今はまだ」

 ユウタは、ダイスケの脱走の大目標は万鈴であると想定していた。大切な姉が他のファウンダーに手を出されることに耐えられなくなり暴走した、と。

 だが、昨晩、ダイスケが万鈴の部屋へ来ることはなかった。

 それに加え、先ほどの口ぶり。今こうして会っている場所も、直接手を触れることができない状況を、自分自身で準備している。

 万鈴と子を成すことが目的であった可能性は限りなく低い。

 わざわざリスクを冒してコンタクトを取ってきたのだから、万鈴と会いたかったというのは本当だろう。でなければ、こんな回りくどいことをして、ユウタたちに捕まるリスクを考える必要がないのだから。

 だが、それは主目的ではない。

「兄ちゃんたち、NGPの人たちに会ったんでしょ?」

「ああ。出会いがしらの事故みたいな形だったけど。その人たちから、お前の話を聞いた」

「いつ?」

「昨日の昼頃だ」

「じゃあ、流石に準備が間に合っていない可能性が高いかな。運がよかった」

「準備って、何の準備だ?」

「尾行や、盗聴」

 あっさりと言ってのけるダイスケの言葉に、ユウタは目を見開く。

「まさか」

「兄ちゃんにそのつもりがなくても、結果としてあの人たちに色々筒抜けちゃう可能性があるから、念のため注意しておきたくてね。兄ちゃん、ここに来るまで後を誰かに付けられてたりしてないか、ちゃんと確認してないでしょ」

 ユウタは後ろを振り返る。当然、そこには誰の人影も見えない。

 だが、その可能性をまったく考慮していなかったのは迂闊だったかもしれない。そんなクライムサスペンスじみた話など、フィクションの世界だけの話だと思っていた。

「大丈夫、ここから見る限り後を付けられている様子はないよ。それに、あくまで万が一の可能性の話だから。――ただ、あそこの人たちはそういうことを平気でする。あの人たちの行動原理は、善とか悪とかが基準じゃない。職務が優先度で、一般的な倫理観なんて一切気にしない人たちだから」

「……さっき、『今はまだ』って言ってたけど、いずれNGPに戻るつもりはあるのか?」

「もちろんだよ。それについてははっきりとYESって言える」

 さきほどと同様に、ダイスケは一切の躊躇(ためら)いなく答える。

「僕に与えられた役割の重要性も、世間の期待も、責任も、ちゃんと理解しているつもりだよ」

「その重要性を理解したうえで、今は戻れない、って話ってことでいいのか?」

「うん」

「戻るまで、身を隠せる場所にアテはあるのか?」

「それも大丈夫。幸い、協力者がいるから」

「政府だけじゃなくて、この辺のならず者もお前たちのことを嗅ぎまわっている。かなり厄介な連中だ」

「そういう危険も、あるかなとは思っていた。もちろん、覚悟の上だよ」

 そうか。

 とユウタは誰にも聞こえないような小さな声で呟く。

 ファウンダーを取り巻く環境ついては、他の誰より当人たちがよく知っているだろう。当然、身の危険についても、おそらくウンザリするくらい言い聞かされているに違いない。

 本音では、最悪の事態だけは避けたいという気持ちもある。ヤクザ者に(かどわ)かされるくらいなら、政府の施設で保護されるほうが何十倍もマシだろう。

 ――だけど。

「気を付けろよ」

「もちろん」

 彼の意思は、固い。

 おそらく、翻意(ほんい)させることはできないし、脱走の理由を聞いてもはぐらかされるだけだろう。

 なら、いまユウタがここでできることは、何もない。

 昨晩の記憶。

 謎の来訪者が去った後、眠れない中、ずっと一人で考えていた。

 ――もしダイスケと会って話をすることができたのなら、自分はどのような立場をとるのか。

 あるいは、一人の兄として。

 あるいは、この国に暮らす一人の人間として。

 あるいは、もっと別のなにか――。

 明確な答えを出すことができないまま空が白み始めた頃、ユウタの持つ携帯電話が震えた。

 それは、ヨーイチから届いた一通のメールだった。

 今回の作戦の結果を気にして結果の催促をしに来たのだろうと思っていたユウタにとって、そこに書かれていた内容は思いもよらないものだった。

「――――」

 頭が一瞬で真っ白になった。

 そして、絡まった糸がスッとほどけるように、一つの答えが胸の内に残った。

 何を選んでも後悔してしまいそうな意地の悪い難題。その、おそらく、最も不正解に近い答え。

 ここに来る前に、すでにユウタの腹は決まっていた。

「お前の事情は詳しくは聞かない。だけど、一つだけ約束してくれ。気が済んだらちゃんと戻るって」

「……ありがとう。絶対に戻るよ。約束する」

 それだけ聞くと、ユウタは一人その場を立ち去ろうとつま先の向きを変える。

「ちょちょ、ユウタどこに行くの」

「先に帰るよ。俺が確認しなきゃいけないことは確認したから、もういいかなって思って」

「もういいって、なんでそんなあっさりと引いちゃうのさ」

「仮に力ずくで連れて行こうにも、手の届かないところに居られちゃどうしようもないよ。それに、俺が言いたいことは全部言えたし、聞きたいことも全部聞けた。そのうえで、ダイスケが決めたことだったら、もう俺が口出しすることじゃない。それに、ここに呼ばれていたのだって本来は万鈴だけだったんだから、俺はお邪魔だろう」

「やだやだ困るって。私こういう時機転利かないんだから、ずるずる流されていらん事喋ったり変な約束しちゃったりするんだから一緒にいてよ」

「僕が万鈴姉ちゃんに送った手紙の件だったら、兄ちゃんが一緒でも構わないよ。むしろ、兄ちゃんがいてくれたほうが都合がいいとも言える」

 ユウタは少し不服だったが、再び万鈴の隣へと戻る。ダイスケの後押しまであって立ち去るのはさすがに薄情になるような気がした。

「それじゃあ、そろそろ本題に入りましょうか」ユウタを味方につけ、万鈴は強気に笑みを浮かべてダイスケに言う。「お姉ちゃんに何の用だったの?」

「僕も話は上手なほうじゃないからね、どこから話そうかな。万鈴姉ちゃん、NGPについてどこまでちゃんと知っている?」

「一般的なところは知っているつもりだけど、法律とかその辺の細かいことはあんまり」

「あはは、そんな小難しい話じゃないから心配しなくていいよ。NGPってさ、全部で第六フェイズまであるんだけれど、僕ら一次ファウンダーは、第一フェイズから第三フェイズまで計画の中心に組み込まれているんだ」

「それは知ってる」

「僕らは基本的にその第三フェイズが終わるまで施設の外に出ることができない。具体的には、僕らが40歳の誕生日を迎えるまで。その間、通信だってかなり制限されちゃって家族と話をすることすらままならない。まあ、今こうしてそこから抜け出してお喋りしている僕が言うことじゃないけれどね」

 ダイスケは冗談のように軽快に話すが、つい先日、特措法の罰則規定をちらつかされた身としては、趣味の悪い冗談にしか聞こえない。

「そう考えたらさ、会わなきゃって思ったんだ。万鈴姉ちゃんに。だって、次に会えるようになるまであと27年も待たなきゃなんだよ? その時には僕は40歳だし、姉ちゃんも42歳だ。天文学的数字だよ。それまで会うことすらできないなんて、想像するだけで気が遠くなる」

「天文学的って程でもないんじゃないかな」

「だからね、折角こうして外に出てくる機会ができたんだから、ついでにちゃんと会っておきたくってさ」

 ダイスケは万鈴を真っすぐ見据える。

 世界が、ダイスケの言葉を待つように静寂に包まれる。

「万鈴姉ちゃん、戻ってきたら必ず迎えに行くからさ――」

 その先の言葉は。

 当然、ユウタの想像通りのものだった。

「そうしたら、結婚しよう」

「――は?」

 しかし、万鈴にとってはそうではなかったらしい。

 完全にフリーズして言葉を忘れてしまっているようだ。

「もちろん、今答えが聞きたいわけじゃない。ただ、僕がそういうつもりだってことは、ちゃんと言っておきたかったんだ」

「――――な、なななな、なんで、わたし? っていうか、だって、そんなの27年も先のことなんて約束できっこないよ」

「僕は、約束を守る。絶対に。27年後、万鈴姉ちゃんを迎えに行く。だから、その時、改めて答えを聞かせてよ」

 ダイスケは、少し照れたように笑う。その顔は、先ほどまでユウタと話していた彼よりずっと幼く、まるで、あどけない少年のように見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ