表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/55

EPI.15 新参者

 ピンと張り詰めた空気が漂っている。

 二人の女性が刃物を片手に同じ一点を見つめている。

 一人は呼吸が浅く今にも取り乱しそうな危うさがあり、もう一人は対照的に凛と落ち着き払っている。

 ジリジリと刃物を持つ手が震え、呼吸の荒い女性が意を決したように目を見開いた瞬間、

「あー、たまきんやっと見っけたー。こんなところにいたのかー」

 と間延(まの)びする声が響いた。

 環は手に持っていた里芋と包丁を一度まな板に戻すと意図的に不機嫌な顔を張り付けて厨房の入り口に体を向けた。

「その呼び方はやめて」

 エプロンで水に塗れた手を拭う。

「えー、愛嬌があってかわいいじゃん。たまきんたまきん」

 間延びした声の主に悪意は全くないようであったが、環が再度包丁に手を伸ばしかけたため、慌てて話題を変える。

「そっちの子は誰だー?」

「新入りよ。まだ、(仮)(かっこかり)だけどね」

 話題の少女はゆっくりと息を吐きだしてから、命綱でも掴むかの様に固く握りしめていた拳を緩め包丁を置くと、軽く頭を下げた。まだあどけなさの残る顔立ちだ。

「また珠洲ちゃんが拾ってきたのかー?」

「ええ。駅前に落ちてたからつい、だそうよ」

「あははー、私と同じだなー。仲間仲間ー。名前はー?」

 環が無言で促すと、少女は「さくら」と答えた。

「さくらは名前かー? 苗字はー?」

 少女は首を振る。環も以前訊ねてみたが、頑なに上の苗字を答える様子はない。

 まったく事情が気にならない、というわけでもないが、ここでは本当の名前すら知らなくても何も不都合はない。たとえ、その名前すら偽名であったとて、わざわざ気にかける者はいないだろう。

「……ひょっとして、あなたも、あんなことされたの?」

 か細い声で、さくらは尋ねる。

「あんなことって?」

「……ほら、アレよ。珠洲様の遊び」

「あー、アレかあ。やられたやられた。目の前でおっきいおっぱいがばいんばいんに揺れててすごい迫力だったなー。面白かったぞー」

「……すごい。私、そんな余裕なかった」

「あはは、全然平気だったぞー。たぶん私の場合、一人で遊んでるときにとっくにぶち抜いちゃってたからだなー」

「ここにいる人たちって、みんなあんなことされてるの?」

 環は難しい顔で首を振る。

「全部、あの人の気まぐれ次第よ。目も合わせずそっけなく受け入れられる子もいるし、あなたみたいに遊びに付き合わされちゃう子も、あるいは丁寧にもてなされる子もいる。たまに、きびしくお説教されて泣いて逃げ出しちゃう子もいる。まあ、おみくじみたいなものだと思ってあまり深く考えないほうがいいわよ」

「おみくじ……」

 少女は複雑な表情で自分の下腹部に視線を落とし、まだ違和感の残る腹を撫でる。

「私は何吉(なにきち)なんでしょうか……?」

「あまり深く考えないで。で、どうしたの、アキラ。まさかあなたが晩御飯の仕込みのお手伝いに来たってわけでもないでしょう?」

「おー、忘れてた。お仕事完了のお知らせだー。『商品』の顔が割れたぞー」

「……あなた、見た目そんなちゃらんぽらんなのに、そっちの腕は優秀なのよね。本当に不思議。どうやって手に入れたの?」

「駅前の防犯カメラのログ覗いたら厚生労働省の車見つけたから職員の顔割り出して、駅舎に向かったのが確認できたから今度はそこのPC覗いて複製された痕跡のあるデータがあったから盗んできた。それに映ってたのが、これ」

 アキラはA4にプリントされた紙を二枚、環に渡す。

「……確かに『商品』のようだけど、フードではっきり顔が見えないわね」

「って言うと思ったから、そこから十五分後のバスの監視カメラを覗いた結果がこっち」

 さらに二枚、A4の紙を追加で手渡す。

 そこにはバスの隅でフードを脱ぎ、身をひそめる二人の男性が映っていた。歳は13のはずだが、少年らしからぬ大人びた表情だ。

「なるほど。この子たちが、そうなのね」

「二人とも結構なイケメンなのだなー。『箱』に収まったら、私らも味見くらいできたりするのかなー」

「行先は分かったの?」

「そっちはまだまだだなー。カメラのデータから二人とも丘塚学園前の駅で降りたことは確認できてるんだけどそっから先の足取りはサッパリだー」

「別口で当たらせてた捜索組は?」

「ホームレスの集落とY-COMに行ってた子たちからは手ごたえ無かったって聞いてるなー。期待薄っぽ」

「じゃ、やっぱりあなたの腕が頼みの綱になりそうね」

 アキラはふふーんと胸を張る。肉球と書かれたダルダルになったTシャツが微かに揺れる。仕草や見た目は子どもっぽいが、時折やたらと古い話題にも精通している様子があり、本当の年齢は判別がつかない。

「そういえば、さくらちゃん見て思い出したけど、もう一人の新入りさ。あのヒグマ、いつまでウチで飼うつもりなんだー?」

 ヒグマ。

 環の脳裏に、クマのように大柄な男性の姿が浮かぶ。

 先代――、珠洲の父親の時代に縁があったという男のようで、最近ここで暮らすようになった準構成員だ。かなりの問題児で、本家ですら持て余していた厄介者だったと聞いているが、珠洲の一存でなぜかウチで引き取ることになってしまった。

「アイツと一緒に現場に当たってた子からクレーム入ってたぞー。目つき怖いし、なんか臭いからもう二度と一緒に仕事したくないってさー」

「男性の多いY-COMが相手になるから気おくれしないようにと思って手配していたんだけれど、その子にはかえって負担をかけちゃったみたいね。悪いことをしたわ」

「私も、あいつはなんかヤバそうな雰囲気がしてるからあんまり近寄りたくないぞ」

「わかった。彼の処遇については今度、私からも珠洲様に提案しておくわ。お仕事お疲れ様。次の指示があるまで自由にしていていいわよ」

「やったー。アキラちゃんエロゲー買ってくるー」

 おあずけから解き放たれた仔犬のような素早さでアキラは駆け出し、言葉の最後はドップラー効果を伴い消衰していった。

「……あの人も、ここの構成員なんですか?」

「そうよ。少し意外でしょ」

 さくらは、ほんの少しだけ首を動かし頷く。

「こういう場所にいる人たちって、もっと、怖い人ばかりだと思っていたから……」

「ウチはかなり特殊なほうよ。ほかの組だと乱暴な無法者ってタイプの人がやっぱり多いんだけど、ここはどちらかというとそういうタイプは少なくて、社会に馴染めず爪弾(つまはじ)きにされたような子がたくさんいる。規模が小さい組織だから半端物が多いって言うのもあるけれど、それだけじゃない」

「それだけじゃない、というのは……?」

「トップがあの人だから」

「珠洲、さんが、そういう人を集めているんですか?」

「たぶん、本人には集めている、なんて積極的な意識はないと思うけどね。それでも不思議と、あなたみたいなワケアリっぽい家出娘やら、アキラみたいなコミュニケーションが苦手で社会から爪弾きにされた子が何人もいる。ほかにも、NGPで男性に抱かれるのを強要されるのが嫌すぎて逃げ出してきた子や、神サマが大好きすぎて宗教団体からすら疎まれた敬虔(けいけん)な宗教家まで。そういった、誰からも疎まれて居場所がなくなってしまった子たちを惹きつける何かがあるのかもしれないわね。

 そう話す環の声は、少しだけ楽しそうな雰囲気を含んでいた。

 さくらには、彼女の、――珠洲の何がそこまで環を惹きつけるのか理解できなかった。

 気まぐれ、自分勝手、無秩序。とてもではないが、安心して身を任せられる器ではない気がする。

 少なくとも、環のほうがよほど指導者に向いていると思う。

「ここは自由な場所よ。留まるも、去るも、あなたの自由。ただ、自由には責任が伴うものなの」

「責任って、どういう責任ですか?」

「残るか去るか、どちらの道を選ぶにしても、必ずあなたの意志で選ぶこと。コインなんかで選んではいけないし、時間切れを待つなんてもってのほか」

「……環さんは、どうしてここに留まろうって思ったんですか?」

「私は、ただのファンよ。あの人が見る世界を、近くで見ていたいと思っただけ」

「たぶん、でも、それだけじゃないですよね。環さんの理由」

 環はくすりと笑う。

「もちろん」

「少し、考えてみます」

「時間切れを待つなとは言ったけれど、焦って答えを出す必要はないわよ。あなたはまだ若いんだし、ここでの生活は夜が長い。たっぷりある時間を有効に使うといいわ」

 さくらがこくりと頷くのを見ると、環は改めて水の張られたボウルに視線を落とす。

「それじゃあ、お喋りはこれくらいにして私たちは夕餉(ゆうげ)の支度を再開しましょうか」

 そういって、環は再び里芋を手に取り、当てた包丁をするすると滑らせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ