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EPI.14 乙女の園へようこそ 中編

 扉の向こう側からくたびれた声で招かれたのは、キョウと別れてからたっぷり三十分は過ぎた頃だった。

 ゆっくりと扉を開けると、ほのかに甘い匂いがした。

 喜多と南井は同性の友人の部屋で、いつもよりリラックスした雰囲気だ。

 寮の部屋はさして広くはない。ベッドと勉強机を並べれば、残るスペースは猫の(ひたい)ほどで、小さな四角いローテーブルを囲んで部屋の隙間を埋めるように二人は座っていた。

 リラックスする彼女らとは対照的に、ユウタはいつになく気が張っているのを感じていた。

 どこに腰を下ろせばいいか分からないくらいには、文字通り座りが悪い。

「お菓子お待たせ―」

 机を背に腰を下ろしたところで、共用エリアの冷蔵庫へジュースを取りに行っていた万鈴が帰ってきた。お盆には人数分のオレンジジュースと甘いものを中心にお菓子の山が載っている。

「ありがとー。お、万鈴はキノコ派かー。私タケノコー。ユウタくんは?」

「あまり好き嫌いで考えたことはないかな。どちらもおいしいと思うよ」

「ぶー。つまんない答えー。萌香(もか)は?」

「私は自分で作ることが多いのであまり市販のお菓子は食べたことなくて……。すみません」

「萌香って、聞けば聞くほど謎な私生活よねー」

「前にちょっともらった喜多さんのお弁当すごくおいしかったからなあ。今度はお菓子も食べてみたい」

「もちろんいいですよ。クッキーだったら簡単に持ってこられるので、今度いくつか焼いてきますね」

「今日は、なんだか女子会みたいな雰囲気だね」

「あ、わかる。女子比率が高いせいでおうちデートって感じもほとんどしないしね」

「そういえば、このメンバーでデートスポットと関係のないところで集まるの初めてかもしれませんね」

 ワイワイと四方山(よもやま)話が盛り上がり、ユウタをよそに女子トークが繰り広げられる。

 手持無沙汰になり、ぐるりと部屋を見回す。

 万鈴は昔から男兄弟と一緒に育ったせいか、他の同世代の女子と比べると私生活の趣味嗜好は男子寄りだった。

 だが、ベッドの脇の目覚まし時計や、カーテンの柄、壁に掛けられたコルクボードなどに女性らしい嗜好が見え隠れするようになっている。

 ユウタの記憶の中の万鈴の部屋との違い。

 それが、万鈴が一人で暮らしていた二年分の積み重ねなのだろう。

 ユウタの知らない、万鈴。

 ふと、勉強机の上で伏せられている写真立てが目に留まる。

 何の気なしに手に取り起こす。それを目にした途端、ユウタの胸にノスタルジックな感情が押し寄せてきた。

(……この写真、こんなところにあったのか)

 写っていいたのは、幼い二人の少年と一人の少女。

 いつのころだっただろうか。まだ、ダイスケがNGPの施設へ向かう前、――万鈴もまだ芳野家にいた頃だ。11歳か12歳くらいのころだろうか。

 ユウタとダイスケとがケンカをしてお互いにそっぽを向いている間から、万鈴が二人の首に手を回し無理やりくっつけながら満面の笑顔を浮かべる様子が写っている。

 気恥ずかしい記憶もあるため見かけるたびにむず痒くなっていたのだが、母の愛花が妙に気に入っていており、しばらく居間に飾られていた。

「あっ、ヤバ」

 ユウタの様子に気づいた万鈴が慌てて横からかっぱらう。

「女の子の部屋を勝手に物色するとか趣味悪いよー」

「その写真、万鈴が持って行ってたんだな。いつの間にかなくなっていたから、てっきりNGPの人に回収されていたもんだと思ってた」

「持ってかれるのが嫌だったから、こっそり隠してたんだよ」

「すごっ、ダイスケくんの写真あるの? 見せて見せて」

 南井が目をキラキラさせながら食いついてきた。

「あの、そういうのはダメだったって話じゃ……」

「ごめん、今日のことはオフレコでお願いね」

「うん、それは俺からも頼むよ」

 万鈴が写真立てを二人に手渡すと、南井は緩む口元を隠すように手で覆う。

「うわ、ユウタくんちっちゃ。ってか、めっちゃかわいい。こっちの子がダイスケくんでしょ? めちゃくちゃ二人そっくりじゃん」

「えー、そう? 全然似てないと思うけど」

「小さいユウタさんと、もっと小さいユウタさんって感じですね。本当、なんというか、愛くるしい」

 ユウタは背中がむず痒くなってくるのを感じた。

 話題を逸らそうと、もう一つ写真立てを手に取る。両開きになっていて二枚の写真が納まっている。こちらも、万鈴が家にいたころからずっとある写真だ。

「こちらは、万鈴さんのお母さんですか?」

 首を伸ばし、喜多が覗き込んでくる。

「うん。もっとも、ぜんぜん記憶にないんだけどね。私が一歳のころに亡くなっちゃったから」

「優しそうで素敵な人ですね」

「だね」

「愛花さんが言うには、私はお母さんによく似てるんだって」

 南井は写真の女性と万鈴を見比べる。そして少し視線を下にずらし万鈴の胸元を見る。

「……胸のサイズはお父さんに似ちゃったのかもね」

 クッションが飛ぶ。南井の軽口に、万鈴は猫が威嚇(いかく)するような声を出す。

「ねえねえ、ユウタくん。男の人って女性の胸は大きいほうが好きだって本当なの?」

「……そういうのは俺にはよく分からないけど、個人個人の趣味というか、好き嫌いの話なんじゃないかな」

「私はそれなりにあるほうだから、ダイスケくん大きい子が好みだといいなあ」

和泉(いずみ)は、NGPの相手がダイスケくんだといいって思ってるの?」

「もちろん」

「NGPでは私たち母体候補とファウンダーの方の組み合わせはランダム方式になりますので、実際にダイスケさんがお相手になる可能性はかなり低いと思うのですが……」

「でもさ、確率はゼロじゃないんだから夢をみるくらいいいじゃない。私さ、ユウタくんのこと結構好きだし、最近じゃ距離感も近づいてきている気がするし、そんなユウタくんに似たファウンダーの子が相手だったら相性もいいと思うだよね。えーっと、……何分の一くらいだっけ」

「だいたい八〇〇〇分の一くらいですね」

「数字が大きすぎてピンとこないなあ。それってどれくらいの確率なの?」

「簡単に言うと、じゃんけんで13回連続で勝つくらいの確率です」

「ひょえー」

「なんだか、ダイスケくんがこんなに人気なのが不思議な感じ。私にとってはやっぱりあの子は弟って感じでイマイチピンとこないんだよなあ」

「ダイスケくんは素敵な男性だよ。そんなの女の本能でわかるでしょ」

「無茶言わないでよ。分かるわけないでしょ」

「じゃあさ、万鈴。考えてみてよ。実際私らもいつかはNGPに参加して子どもを産むことになるわけじゃん? いざその時になったら相手は、全然知らない人と、ダイスケくんとじゃどっちがいい?」

「…………そんなの、考えられないよ」

「あ、逃げた」

「このお話はおしまい。そもそも、今日はそんなこと話に来たわけじゃないでしょ。本題入るよ」

 そう、万鈴の部屋へ集まったのはそのダイスケの手がかりを確認するためだ。

 万鈴は机の鍵付きの引き出しからノート型のPCを引っ張り出し、ローテーブルの中心に置く。四人で見るには画面が小さいため、自然と皆が肩を寄せ合う形になる。

「ダイスケくんの手がかりって、もしかしてメール?」

「うん」

「そんな馬鹿な。NGPからのメールは家族以外には――」

 そこまで言って、ユウタは気づく。

「それについては、たぶん、私がまだダイスケくんの姉として認定されたままだったからだと思う」

 本来、NGPとの通信は、組織とファウンダーの保護のため常に厳しい検閲(けんえつ)がかかっている。部外者とのメールは、送信・受信ともに一切許可されることはない。

 たとえ相手が家族といえどメールは常に職員が内容を確認したうえで配信されているし、郵送物の場合はさらに制限が厳しく、基本的には許可されることはない。仮に許可されたとしても開封には職員が同席することが最低条件だ。

 本来届くはずのなかった、監視の目をすり抜けたメール。

 ダイスケの気持ちの強さが伺える気がした。

 万鈴は手慣れた操作でメールソフトを開く。

 差し出し人のドメインは日本政府のgo.jp。

 @の手前にはよく知る名を表すローマ字が並んでいた。

「前からダイスケと連絡取り合っていたのか?」

「ううん、ずっとじゃない。一週間くらい前に届いたのが初めて」

 万鈴はマウスをダブルクリックしメールを開く。

 内容は非常にシンプルなものだった。


『マリ姉へ。

 久しぶり。メール遅くなっちゃてごめん。三年ぶりくらいかな。

 ずっとドタバタしてたんだけど、最近になってようやく落ち着いてきました。いろいろと変わったこともありますが、ボクはマイペースにやっています。

 そちらは変わりありませんか。

 何かあったら教えてください。』


 肩透かしを食らったような気分だ。

 なんてことはない日常の挨拶のようなメール。

「なんか、特に意味のあるメールじゃなくない?」

 南井のいう言葉は正しい。

 ――だが。

 違和感は、ある。

 ダイスケも当然、検閲のことは知っているはずだ。

 逆説的になるが、少しでも余計な情報が含まれていれば検閲で削除されるため、メールのやり取りはこのような取り留めのない内容ばかりになる。

 ダイスケの意図にユウタが思考を巡らせていると、すぐそばで万鈴が口を開いた。

「私、ダイスケくんにマリ姉なんて、呼ばれたことない」

 ユウタは一瞬、万鈴が何を言っているのかがわからなかった。だが、すぐに過去の記憶に結び付く。

 ユウタと、ダイスケと、そして万鈴の三人でいたころの記憶。

「――なるほど、ああ、懐かしいな」

 お遊びでやっていたスパイごっこ。

 その中でよく使っていた暗号だ。

 句点・改行までの文をひと区切りとし、そこに含まれるひらがな・カタカナ以外の文字数を数値化するだけの単純なもの。

 所詮は子どもの浅知恵で実用性はほぼ皆無だが、だからこそ普段から高度な網を張っている検閲の足元を通り抜けることもあるのかもしれない。

 ユウタは先ほどのメールを文字だけを意識しもう一度見返す。

 1、1、1、2、4、1、1、2。

 数字を五十音の座標に当てはめると――。

「二人だけでわかったような話してないで、私にもわかるように教えてほしいんだけど」

「ああ、ごめん。ダイスケからのメールは俺や万鈴にだけ通じるやり方で別の意味が含まれてたんだ」

「そっちにはなんと書いてあったんですか?」

「『あいたい』って」

 南井が大げさに口笛を吹く。

「返信はしたの?」

「うん。久しぶりの連絡でうれしかったし、ただの子供のころの遊びの続きみたいなものだと思ってたから……」

 続けて万鈴がキーボードをたたく。

 即日で返信された万鈴のメールが表示された。


『大草原不可避wwww

 久しぶりでござるな。拙者も元気にやっていたでござるよ。

 こっちはあまり変わっとらんでござるなあ。

 もっとも、拙者のわがままボディだけは別でござるがの。

 おやおや、わかりますぞー、さてはいま信じられないって顔をしたでござるな。

 ほほほ、大輔どのの考えなど見えずとも手に取るようにわかるでござるよw

 いやはや、直接お見せできないのが残念でござるなあ。』


「……なにこれ?」

 南井が素っ頓狂な声をだす。

 ユウタも気持ちは分かる。

 なんというか、こう、とてもひどい。文体も、あと捏造(ねつぞう)も。

「……ワ行を作るのがすごく大変で、うまく文章作れなくて破れかぶれで書き始めたらこうなっちゃった」

「あの、最初の『大草原不可避wwww』ってどういう意味なんですか?」

「それは古き良き時代のネットスラングで、『おかしくて笑いをこらえきれない』って意味なんだけど……、ごめん、そんな純粋な目で見ないで……」

「こっちは裏ではなんて言葉が書いてあるの?」

「『わたしも』って」

 南井は、にやーっといやらしく笑う。

「なんだー、やっぱり万鈴もダイスケくんに狙いなんじゃん」

「この場合の会いたいはそういう意味じゃないし、そもそも子どもの遊びみたいなもんで本当に会いにきちゃう可能性があるとか考えもしなかったし」

「そういえば、ダイスケくんは万鈴がこっちに引っ越したのは知っているの?」

「寮に移った時にNGP宛てに手紙を送ってる。返事はなかったけど、内容的にはたぶん問題なく届いていると思う」

 なるほど。

 色々な答えがすべて揃った気がした。

 なぜダイスケはNGPを抜け出したのか。

 NGPを抜けた出したダイスケはどこへ向かうのか。

「ねえ、ユウタ。ダイスケくん、本当に会いに来ると思う?」

 万鈴がどこか不安そうな声で言う。

「俺はレンみたいに頭が回るわけじゃないけど、可能性はあると思う。時系列的にも一致しているし、普段は無茶なことをするタイプではないけれど、あいつが無茶をするとしたら、やっぱり万鈴絡みのことだって思う」

「でも、ダイスケくんは万鈴さんに会いに来てどうするつもりなんでしょう?」

「そりゃあ、やっぱり万鈴に自分の子を産んでほしくなったんじゃない? さっき私がダイスケくんと当たる確率が八〇〇〇分の一くらいって話になったけど、それはファウンダー側から見ても同じ確率なんだから。NGPも本格的に始動して、憧れのお姉ちゃんが他の誰かに取られる前に自分のものにしたいって思ったんじゃないかな」

「……本当にダイスケくんが来たら、私はどうすればいいんだろう」

 不安そうな万鈴の呟きに、誰も答えることはできない。正解のない意地悪な問題のような気がした。

「……ともあれ、ダイスケに事情を聞くしかないよ。そのうえで、どうすればいいか考えればいい」

「会っちゃったら、それこそ頭がぐちゃぐちゃになって、何も考えられなくなる気がするよ。……正直、ちょっと怖い」

 確かに、考えることは多い。

 お昼に会ったNGP職員の人の思惑、ファウンダーを(さら)おうと狙うする悪人たち、ダイスケの身の危険、ダイスケの思惑。そして、万鈴自身の――。

「大丈夫だよ。まずは、俺が話すから」

「ひゅー、さすが、ユウタくん」

「あの」喜多が真剣な眼差しで見据え、ユウタの手を取った。「私、ユウタさんのこと尊敬しています。東雲さんのことも、ダイスケさんのことも、よろしくお願いします」

 ユウタ自身、まだ何をどうするのか正解が見つけられていない。

「わかってる。任せてよ」

 だから、今は安請け合いをするくらいしかできなかった。


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