EPI.11 邂逅
最後に喜多が箸を置き手を合わせたところで、カラカラと引き戸が開く音がした。
黒いスーツ姿の女性が二人。一人はメガネが印象的な生真面目そうな女性で、もう一人は土気色の顔をした歩く死人だった。
もとい、死にかけの人間だった。胃腸に深刻なダメージを負っているような顔色でとても食事に来た客には見えない。
「鷲見さんの事務所はこちらですか?」
「ここは食事をするところよ。ご注文は?」
「……カツ丼大盛、二つで」
メガネの女性が言うと、連れの女性は首を横に振りながら両手で×印を作っているようだったが、メガネの女性は気に留める様子もない。
「はい、よろこんでー。適当に空いているところに座って待っていてね。見ての通り若いお客さんもいるし、落ち着いた場所が良ければ奥の席を準備するけど?」
何の気なしにそんな様子を眺めていたユウタだったが、不意に生真面目そうな女性のメガネの向こう、鋭く光る瞳と視線が重なった。
「――そのつもりでしたが、事情が変わりました」
店内を軽く見まわしたあと、メガネの女性は一直線にユウタに歩み寄る。
「芳野大輔君ですね」
ユウタは目を丸くする。なぜ、ここで唐突にダイスケの名前が出てくるのだろう。
思い当たるフシは全くない。ただ、見ず知らずの女性にいきなり弟と間違われるのは、得体のしれない気味の悪さがあった。
「えっと、あなたは誰ですか?」
「第一特管職員の五十鈴です。いろいろとお話したいことはありますが、まずは一緒に来てください。特管までお送りします」
「あの、特管の方がどうしてここに? なにかあったんですか?」
「何かしたのはあなたたちでしょう。事情は施設に戻ってからちゃんと聞かせてもらいますから、とりあえず今は帰ることを優先します。真田君はどこですか?」
まったく話が嚙み合わない。状況を理解しきれず混乱していたところで、横からミカンちゃんが文字通り手を差し伸べてくれた。
「お嬢さん、落ち着いて。何か勘違いしていないからしら。子どもたちが怯えているわ」
「…………?」
五十鈴と名乗った女性は眼鏡の奥で目を細めながらユウタの顔をまじまじと見る。そして、はっとしたようにユウタの左腕に視線をやり、甚平の袖をめくりあげる。
「……VMDがない」
「あの、急に何を」
「……君は、誰ですか?」
「芳野ユウタです。ダイスケは俺の弟です」
その瞬間、女性はうめき声をあげながら膝から崩れ落ちてしまった。
事情は全く分からないが、彼女はどうやら大失態を犯してしまったらしい。
一緒にやってきた後ろの女性は、不調な内臓をかばうように細い呼吸で笑っている。
「先輩ぃ、機密事項ダダもれしちゃいましたねぇ」
「……えっと、皆さんどこから聞いていました?」
「いや、ハナからに決まっとるやろ……」
ぽつりと零れたヨーイチの呟きは、ツッコミというには憐みの感情が色濃く、もはや介錯と呼ぶに相応しいものだった。
「ですよねぇ……」
「先輩ってぇ、ときどきこういうすっとぼけた大ポカやらかしますよねぇ」
「うっさい吞んだくれ!! 明け方までアンタに付き合ってたもんでこっちは睡眠不足なのよ!!」
何やら揉めているらしい様子らしかったが、そんなことより、ユウタは確認しなければならないことがある。
「特管の方がどうしてダイスケを探しているんですか? あいつに何かあったんですか?」
「……機密事項ですので答えられません。勝手を言っているのは分かっていますが、規則ですので。すみません」
「事故か何かですか? あいつなにか迷惑をかけてしまったんですか?」
「話せません。すみません」
「事情くらい、話してあげてもいいんじゃない? さっきの口ぶりじゃ、あなたNGPの関係者なんでしょ? この子には、あなたたちに預けている家族の心配をする権利すらないの?」
見かねてミカンちゃんが横から口をさしはさむが、五十鈴は首を横に振る。
「規則が優先されます。すみません」
「固いわねえ。じゃあ、こんな交換条件でどう?」
「交換条件、ですか?」
五十鈴が訝し気に眉根を寄せる。
「事情を話してくれたら、ミカンちゃんとっておきの『悪いニュース』を一つ提供するわ。あなたたちも、ここに『カツ丼大盛』を注文しに来たくらいだから、私の言っていることの意味が分かると思うんだけど」
なぜここで大盛のカツ丼に話題が出てきたのかユウタには見当もつかない。だが、それは五十鈴への交渉材料としては十分だったようだ。表情に緊張感が滲んでいる。
十秒ほど程度間が開き、五十鈴は大きく息を吐きだした。
「わかりました。その条件でしたらお話します」と彼女は言ってから、ただし、と言葉を続ける。「これから話す内容は国防上の機密に触れるため、生存戦略特措法およびスパイ防止法に基づき箝口令を敷かせていただきます。間違えても口外しないように注意してください」
ユウタは無言で頷き、テーブルに向き直ってクラスメイトの皆に頭を下げた。
「ってことでごめん。ちょっと用事ができちゃったから急で申し訳ないんだけれど今日はここまでってことで」
「なーに水臭いこと言うてんねん」
頭を下げるユウタに、ヨーイチが鼻で笑いながら言う。
「ワシも一緒に聴かせてもらうで。ミカンちゃんが絡む話ならワシにとっても他人事やない。コミュニティは一蓮托生が基本やからな」
「私も。ダイスケ君の話なら私にとっても家族の話同然だし」
万鈴もヨーイチに続く。
「だったら、私たちだけ仲間外れって言うのも寂しいわよね」
「…………もちろんです」
南井に半ば巻き添えにされた形になった喜多は表情こそ硬くはなっていたが、瞳に宿る決意は本気のようだった。
その様子を見ていた五十鈴は苦い顔をする。
「念のため補足すると、特措法の罰則には執行猶予がつきません。実刑のみです。本当によろしいのですね?」
ユウタは皆の顔をぐるりと見回すと、みな一様にうなずいた。
「お願いします」
五十鈴はしばらく苦い顔のまま口をモゴモゴ動かしていたが、やがて何かを諦めたように一つ大きく息を吐くと、スーツの内ポケットからプラスティックのケースに入ったカードを取り出しユウタたちに提示する。
「私は厚生労働省生存戦略課課長の五十鈴。こちらは部下の赤木です。状況を掻い摘んで説明すると、昨日、我々が管理している施設でトラブルがあり、二名のファウンダーが行方不明になりました。そのうちの一名が、芳野大輔さんです。私たちは、彼らを保護するため捜索している最中です」
「二名? もう一人は?」
「同じくファウンダーの真田健太郎さんです。芳野大輔さんの第一特管でのルームメイトでもあります」
「トラブルって何があったの?」
「秘匿性の高い情報ですので詳細な内容は答えられません。ただ、ケガや病気などの健康状態にリスクがあるようなトラブルではありませんので、その点は安心してください」
「ケガや病気で身動きが取れないわけじゃないんだったら、どうしてダイスケのほうから連絡がないんですか?」
「単純に、彼らが私たちと連絡を取る手段がないためだと思われます」
「電話番号とか教えとらんかったんか?」
「NGPはあらゆるリスクからファウンダーを守るため、秘匿性が非常に高い組織となっています。ご存じの通り、――というと真逆の意味になってしまいますね、ご存じない通り、あなたたちも、特管の住所や連絡先を知らないはずです」
ユウタは頷く。ダイスケの家族であるユウタですら、弟がどこにいるのか全く知らされていない。
希望すれば連絡を取ることは可能だが、それすらいつでも自由にというわけではなく、施設職員を間に挟んで手続きや調整が必要になる。
「そこで暮らす本人たちすら、何も知らされてへんのか。なんやスパイ映画みたいな話やな」
「特管内でのファウンダーの管理は万全を期していたため、今回のようなトラブルは想定外のものです。徹底した情報統制を取っていたことが、今回は逆に仇になってしまいました。申し訳ありません」
五十鈴は、本当に申し訳なさそうに言う。
「ですが、完全に闇雲に探し回っているというわけでもありません。ある程度は、二人の足取りを掴んでいます」
「なるほど、合点がいったわ。それで、ウチに聞き込みに来たってことね」
「コミュニティは行く宛てのない男性が身を隠す場所としては有力な選択肢ですので」
「ねえ、どうして大輔君たちが身を隠す必要があるの?」
万鈴が突然口をはさむ。
「全ファウンダーを対象に、最初にそのように教育しています。万が一事故などで我々の庇護下からはぐれた場合は、自らの安全を第一に目立たないように行動しなさい、と」
「それって、どういうこと?」
「若干政治的な話になってしまいますが、彼らを取り巻く環境はとても複雑です。様々な思惑で彼らにリスクを及ぼそうとする人間は、国内外に無数に存在しますので」
「そうじゃなくて、ダイスケくんたち丘塚に来ているんでしょ? ここまで来てるんだったら、どうしてユウタの家に帰っていないの?」
「……その点については私たちも同様に考えていました。ですが、先ほど芳野さんのご自宅へお尋ねして帰宅されていないことを確認しています」
万鈴がユウタに視線を向けたため、ユウタは首を横に振る。当然、ユウタは五十鈴らの訪問があったことを全く知らなかった。タイミング的に、どうやら彼女らとは完全に入れ違いになっていたようだ。
「もしかして、もう一人の子の実家に行っているとか?」
「真田さんのご実家は別の地域ですが、特管からはかなり離れた場所ですので可能性はかなり低いと思われます」
「じゃあ、なおさらどうして帰らないんだろう……」
「……残念ながら、それについては私たちもわかりません。あと一応、優太さんへの忠告になりますが、お母様にも今回のトラブルについては掻い摘んで説明していますが、家族間でもこの件についての情報共有は禁止となりますのでお気を付けください」
ユウタは無言で頷く。お互いに知っていることを情報統制することにどのような意味があるのか理屈は分からなかったが、それについては特に反対する理由もない。
だが――。
「私たちの事情はそんなところです。優太さんにはご心配をおかけすることになり申し訳ありませんが、大輔さんは私たちが責任をもって保護しますので事情をご理解いただければと思います」
簡単に納得のいくものではない。
心配するなと言われても、心配にならないわけがない。
不満はある。何かしら言いたいこともあるはずだ。
だが、それが言葉になりユウタの口から出てくることはない。
言語化できない、というよりは、何を言ったところで仕方がないという思いが根底にある気がした。
五十鈴の態度は誠実で、少なくとも嘘はないように思えた。ユウタは、それを頼みにざわつく心に蓋をする。
しばらくユウタの反応を伺っていた五十鈴は、やがてほうっと息を吐いた。ユウタの沈黙を肯定ととらえたようだ。
「では、そろそろ鷲見さんのお話を聞かせていただけますか。悪いニュースとはなんですか?」
「なんとなく察していると思うけれど、件のファウンダーの子たちに関する情報よ。あなたたちね、どこで尻尾をつかまれたのか知れないけれど、その子、たぶん、ならず者に嗅ぎつけられてるわよ」
「そんなまさか」
「『まさか』だったら良かったんでしょうけどね。今朝、お店の仕込みをしていたころだから朝の6時頃かしら。一組のお客さんが尋ねてきたわ。赤い色のスーツを着た女性と熊のような大柄な男性の二人組。それで、『最近新しくコミュニティに加わった少年がいないか』ってね。ほかにも、左腕におかしな機械のようなものを付けている男性はいないかとも聞かれたわね」
五十鈴は薄い唇を噛む。
「左腕の機械……、VMDの件まで知られているなんて。どこの誰だか知らないけれど、ただのチンピラにしては手際が良すぎる」
「そうね。ただのチンピラよりは少しタチが悪い相手よ」
「ご存じなのですか?」
「赤いスーツを着たチンピラとなると、この辺りじゃちょっと名の知れた連中よ。緋梅会っていう名前の組織の構成員なんだけれど、端的な表現をすればヤクザ者。所詮、地方都市の小規模ヤクザだけどね。なんの信条なのかしらないけれど、決まって赤いスーツを着ているはずだから、そんな人物を見かけたら注意なさい」
「赤いスーツだなんて、文字通りの色物集団じゃないですか。そんな連中が、そんなにヤバいんですか?」
五十鈴の後ろで控えていた女性が茶化すようにつぶやく。
「見た目は確かに奇抜だけれど、侮っていい相手じゃないわ。裏社会での影響力はあまり馬鹿にはならない。特にここ数年は『お仕事』の評判も良いみたいで、あちこちのロクでもない連中に顔が利くようになってきている」
「それで、その緋梅会の連中に鷲見さんはなんと答えたのですか?」
「さっきから昔の名前で呼んでくれちゃってるけど、私の名前はミカンちゃんよ」
「失礼、ミカンちゃんさんは――」
「さんは不要よ」
「……ミカンちゃんはどう答えたのですか?」
「もちろん、『ノーコメント』よ。実際何も知らなかったしね。丁重におもてなししてそのままお帰りいただいたわ」
「念のための確認になりますが、このコミュニティにはファウンダーの子は来ていないのですね?」
五十鈴は、念を押すように再び職員カードを目の高さに掲げる。
「ウチには来ていないんわ。ご先祖様に誓って」
「ご協力ありがとうございます。ほかに、ファウンダーの子か、あるいは緋梅会についての情報はありますか? どんな些細なものでも構いません」
「些細なものでもいい、って言うならなくはないけれど、たぶん期待に応えられるようなものはないわねえ」
「なんでも構いません」
「情報、――というよりどちらかといえば忠告ね。さっき話した緋梅会の大男のほうね、生きてるってことは当然タマ無しってことなんだけれど、たぶん、昔ヤクザ組織あたりでやらかしてエグい私刑喰らったヤツよ。よっぽどな女好きか、あるいは女嫌い。どちらにしろ、あなたたち注意したほうがいいわよ」
「どうしてそんなことわかるんですか? まさか本人に聞いたわけじゃないんでしょ?」
やや顔色を取り戻してきた連れの女性が言う。
「女のカンと経験値。立場上は一緒に来ていた女のオトモって感じで終始後ろに控えていたんだけれど、後ろから彼女を見る目がね、獣の目だった。限界までハラを空かせている獣の目。あの目はよっぽど女性に執着がある狂人じゃなきゃできない」
五十鈴の顔が引きつる。身震いし、悪寒を抑え込む様に自分自身を抱きしめた。
「あの、話の輿を折っちゃうかもしれないんですけれどちょっとだけいいですか?」
「なに、喜多ちゃん」
「エグい私刑ってなんですか?」
「……あなたたち未成年に気を使ってわざわざボカした言い回ししたのに、一番こういう話題に向いてなさそうなあなたがそれを聞くの?」
「その、すみません。ただの好奇心ですので、失礼でしたらすみません」
「失礼ってわけじゃないけれど、……強制的にタマ無しにする拷問のことよ」
「睾丸の摘出って、そんな簡単にできるんですか?」
「摘出なんて優しいやり方じゃないから。たいていの場合は、叩き潰すだけよ」
言って、ミカンちゃんは自分の言葉に『ああ怖い』と身震いするが、当の喜多は今一つピンと来ていない様子だ。
「ともかく、とても辛い拷問ってこと」
「なんだか、私の知らない国のお話みたい……」
「それでいいのよ。こんな血生臭い界隈の話なんて一生知らないに越したことはないわ」
「そうね、これは大人の世界の話。好奇心なんかで子どもが首を突っ込んじゃダメ」
五十鈴はそう言って、名刺を一枚、ミカンちゃんに手渡す。
「何か、ファウンダーに関する情報が入ったらこちらまで即時連絡をお願いします。夜中でも構いません」
「承ったわ」
「ご協力、感謝します」
「カツ丼は食べていく?」
「……テイクアウトでお願いできますか?」
「本音を言えば温かいまま食べてほしいんだけど、事情は察するわ。今準備するから少し待ってて頂戴」
「ありがとうございます」
「あなたたち、これからどうするつもり?」
テイクアウト用のパックを準備しながら、ミカンちゃんは問いかける。
「少なくとも今日いっぱいは同じことを続けます。心当たりはまだありますので、繁華街や駅周辺などを中心に聞き込みです」
「箝口令だかなんだか知らないけれど、もうヤクザ組織に尻尾をつかまれてるんだから、なりふり構わず公開捜査に踏み切ったほうがいいんじゃないの? ダイスケくん、下手したらヤクザに攫われちゃうわよ?」
「……それはできません」
「なぜ?」
「今はまだ、国民の感情が非常にデリケートな時期です。終末論や陰謀論、優生思想論などこの国のリスクになる火種も一部根強く支持されていている最中に、NGPに対して不信感を抱かせるようなことはできません」
「要するに自分らの不祥事を握りつぶすためやったらユウタの弟は危険に晒されてもええっちゅうことか?」
不機嫌そうな声で、ヨーイチが言う。
「当然、大輔さんの身の安全も最優先となります。彼の安全を守ることと、事件を非公開にすることは矛盾しません」
「なんやかんや理屈つけとるけど、お前らの理屈でユウタの弟が危険に晒されるっちゅうんは変わっとらんやろ」
ガタンと椅子が倒れる音とともにヨーイチが立ち上がり、五十鈴に向かって歩き出した。
慌てて南井が止めようとしたが、彼女の手は簡単にはねのけられてしまった。
目の色を変えたヨーイチは五十鈴の目の前まで詰め寄ると、頭上から見下ろすように睨みつけた。
五十鈴は表情を変えず、自分より頭二つ分大きい男性にひるむことなく、一歩詰め寄り睨み返す。
お互い、鼻と鼻がぶつかりそうな距離だ。
「私の仕事は、国民の存続を成功させることです。それは何より優先されます」
「不祥事起こした張本人がよう言うのう」
「失態を言い繕うつもりは全くありません。真っ向から開き直ります。その上で、私はこの国の百年後の国民のためにNGPの成功を優先します」
「そのためなら、男の一人や二人くらい犠牲になっても構わへんってか」
「いいえ、違います。私はどちらも切り捨てない選択をしているだけです」
「……言葉が通じるのに話にならんってのはこういうんを言うんやな。勉強んなったわ」
明らかに頭に血が上っている。今にも我を忘れて暴れだしてしまいそうだ。
「警告しますが、生存戦略特措法の罰則は脅しではありませんよ。不用意なことは考えないよう、ご注意お願いしますね」
「ご忠告、痛み入るで」
ヨーイチは吐き捨てるように言って、乱暴に自分の椅子を戻し座りなおす。
五十鈴は小さく息を吐き、ユウタに向き直った。
「繰り返しになりますが、大輔さんの安全については我々にできる限りのことをさせていただきます。ご心配をおかけし申し訳ありません」
「……あの、俺にできることはないですか?」
「ありません。大人に任せてください。緋梅会とかいう連中の関与が疑われる状況では危険が伴いますので」
五十鈴は再び名刺を一枚取り出し、そこにペンを走らせてユウタに差し出す。
「ですが、もし、大輔さんからあなたに接触があったら、こちらまで連絡してください。プライベートな連絡先ですので、遠慮は不要です」
ユウタはそれを受け取る。裏返すと、予想外に丸い筆跡で、11桁の数字とサインが添えられていた。
たった一枚の紙切れ。
だが、それがダイスケを救うための蜘蛛の糸になるような、そんな予感がした。