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グレイシアシリーズ

地味令嬢の華麗なる変身

作者: ひよこ1号

※アリシア視点です

アリシアは、漸く、とため息を吐いた。

幼い頃からの婚約者グーネルは、相変わらず尊大な態度を崩さないまま成長して、王子の側近にまで上り詰めたのである。

とはいえ、それはアリシアの憧れの女性、グレイシア公女の推薦であり、事前に許諾を確認されていた。

王子の周囲に「優秀でないけれどある程度仕事は熟せる人物」が欲しいと言われたのだ。

過度の干渉を避ける為にも、グレイシアの提案で「アリシアの提案でグレイシアが推薦した」という事にしてある。

それからは、多少、ほんの多少ではあるが、態度が改められた。

アリシアの実家ファネル伯爵家にグーネルの実家ドーソン伯爵家が無心した金は、とうに持参金を越えている。

そこで、ファネル家は無心を断った。

だが、たちまち困窮をされてはアリシアも困るので、ドーソン家の事業の売り上げの配分を買い取る形に変更したのである。

目先の利益に釣られるドーソン家は、それを承知した。


学園に通い始めると、同学年の貴族令嬢や令息達と出会う事になり、彼らの恋愛も始まる。

大抵は婚約者を決めている家柄が多いので、派手な出来事は起こらないはずなのだが。


男爵家の庶子であるカリンという令嬢は、平民上がりという親しさであっという間に一部の令息達の心を掴んだ。

その一人がグーネルである。

来週行われる大きな夜会のカリンの同行エスコートを引き受けたらしい。

ドレスも宝石もカリン嬢へ贈るから、お前には贈れないと堂々と言われた。

その場に居合わせた令嬢達が証人となってくれて、証言と署名をした書状も貰ってある。

細工は流流仕上げを御覧じろ、と心の中で高笑いをしたものだ。

さりとて、それは以前から決まっていた事。

もう少し派手な復讐もしたいところだったが、とため息を吐く。


「アシャ、どうしたため息なんか吐いて」

「あら、ルシャ様。ほら、例の婚約者の件。やっと終わりが見えて来て嬉しいのだけど、でも、派手さに欠けるわね、と思っていたの」


アシャ、は友人達が呼ぶアリシアの愛称だ。

恐れ多い事に、グレイシアも呼んでくれるのが、嬉しい呼び名である。


「おー、それなら乗って欲しい誘いがある。俺もシア様から任務ミッションを任されていてね。カリン嬢に令息を取られて泣いている女の子達を慰めるよう言われてるんだが、まず初めにアシャがその役を引き受けてくれ」


「まあ、宜しいですけれど、他に出来る事は?」


うーん、とルシャンテは天井を仰いだ。

背も高く、すらりとした体躯に中性的な美貌は、令嬢達の間に熱烈な信奉者ファンもいる、男装の辺境伯令嬢。

見上げるその顔は確かに美しく、凛々しい。

親しい友人としても見惚れてしまうのだから、恋に破れたご令嬢がたは一瞬で落ちそうである。


「俺が慰めてくれるって噂と、君と同じ目に遭った令嬢がいたら紹介してくれ。いきなり俺が近づいたら、流石に不審人物じゃないか?」


快活な笑顔で言うけれど、全然不審人物ではないし、皆一瞬で涙が止まるわよ、と心の中で突っ込んでアリシアは頷く。


「分かりました。お手伝い致します」

「じゃあ早速明日、ドレスを作りに行こう」


ドレス!?


驚きに目を見開くと、嬉しそうにルシャンテが笑った。


「この件では俺とシア様からドレスを贈るんだ。ちょうど紡績と染色の工房の品質も試したいし、無名の服職人デザイナーが何人かいて、知名度を上げる役にも立つ」

「……さすが、シア様ですわね」


グレイシアは一つの事柄に幾つもの利点を見出して、同時並行で行う策士だ。

どれだけの準備をしていたのか、何時から考えていたのかと考えると、アリシアの思考では追いつかない。


「明日、シアもドレスの仮縫いがあるから、向こうで会えるぞ」

「まあ……!それは嬉しいですわ」


学校は同じだし、学年も同じだが、アリシアはグレイシアに近すぎるから普段は近寄れない。

色々な人々と関わる彼女の妨げになってはいけないのだ。

だから、私的に会える用事は何でも嬉しいのである。


「何だか妬けるな。俺だけじゃ不満?」

「そうやって揶揄うと、いつか痛い目を見ますわよ」


気障な台詞に気障な仕草で髪を一束掬って毛先に口づける。

きゃあ、という令嬢の黄色い声が飛んだ。

アリシアは冷たい目で言うが、ルシャンテはハハハと楽し気に笑った。



翌日、学校帰りに連れて行かれたのは貴族街にある美しいサロンだった。

入り口の前には護衛を兼ねた黒い服の従僕が立っていて、扉を開けてくれる。

中に入ると、そこには色々な生地とドレスが整然と並んでいた。


「あら、いらしたのね」


衝立の向こうから声がして、グレイシアの声だと分かるとぱああ、とアリシアは笑みを浮かべる。

ルシャンテはつかつかと衝立に近づいて、無遠慮に中を覗き、それから踵を返して壁の近くにある布を指で触った。


「アシャこっちに。まずは赤いドレスを作って貰おうと思うんだ。俺の色だから」

「……ええ、でもわたくしには似合わないのではないかしら」


あれからずっと。

心の中から完全にしこりが消えたわけではない。


「汚い」


幼いグーネルの放った言葉に傷ついた心は、グレイシアが救ってくれた。


「わたくしは貴女を醜いとは思わなくてよ」


その言葉に助けられ、今までずっとグレイシアに仕える為に、相応しい女性であろうと努力は惜しまなかった。

でも、鏡の中の自分の顔には、確かにまだ雀斑がある。

醜いとは思わなくなったが、美しくはない。


「地味な令嬢が赤いドレスなんかを着ていたら、逆に笑い者になるのではないかしら……」


艶々と輝く赤い布は光沢も美しい。

こんな色彩すら、色褪せずに着こなせたら、どんなに誇らしいだろうか。


「あら、アシャはまだ自分の美しさに気づいていないのね。自信が持てないだけかと思っていたけれど」


ドレスの仮縫いを終えて、衝立の後ろから現れたグレイシアは、女神のように美しい。

波打つ金の髪は豊かに均整のとれた身体を覆い、ミルク色の滑らかな肌も柔らかそうに艶めいている。

落ち着いた苔緑色のドレスも、淑やかで優美だ。


「そんな、美しいなど……」


淑女の礼を執れば、グレイシアが近づいてきて、アリシアの上げた顔を白い指でなぞる。


「貴女はあの頃からずっと、わたくしの言葉を信じて頑張ってきましたわね」


「はい。シア様のお傍にお仕えしたかったのです」


何度も伝えてきたが、その気持ちは幼い頃から変わらない。


「最後の最後でいいと言ったのはわたくしですもの。貴女に魔法をかけてあげるわね」


魔法?


きょとんとしたアリシアの顔を見て、ああ、とルシャンテが合点がいったように頷く。

グレイシアに優しく手を引かれて、別室に連れて行かれた。

この世界に魔法は無い。

魔獣には魔石が宿っていて、炎や氷を吐くものはいるが、人間はそれを操る術を持たない。

魔石を使った魔道具は世の中に浸透しているが、多くの物事は自然に頼っていた。

水車小屋では粉を挽くし、風力で水を汲み上げたりもする。

教会には聖火があり、人々は祈りと共にそれを家へと持ち帰り、生活をする為に使う。


大きな鏡台の前に座らされ、グレイシアが鏡越しににこりと微笑む。


「わたくしにとっては魅力的でも、貴女にとってその雀斑が枷なのは分かっていてよ。だから、化粧師がすっかり消してくれるわ」


言われたとおりに目を瞑り、睫毛をきゅうと引っ張られ、肌に液体を塗られ、粉を叩かれる。

目の前の大きな鏡には布がかけられていて、何が起こっているのかは確認できない。

髪を梳かれて巻かれて、唇には紅が差される。

そうしてやっと、鏡の布が取り払われた時、信じられない程の美しい女性がその鏡に映った。

ぽかん、と驚いて口を開けると、目の前に映ったその人も間抜けな顔をして、それが自分なのだと漸く呑み込めて。


「どう?わたくしの言葉、正しかったでしょう?」


嬉しそうに微笑むグレイシアが美しくて、変身した自分とグレイシアの間でアリシアは視線を彷徨わせた。


「これは……こんな……驚き、ました。ええ、いつもシア様のお言葉は正しいです……」


泣きたい気持ちと笑いたい気持ちと、良く分からない感情が胸の中で渦巻く。


「泣いては駄目よ。化粧が崩れてしまうもの。明日、専属の侍女をこの店に遣わしなさい。化粧の方法を教えて、化粧品も持たせるわ。さあ、アシャ。貴女のドレスを選びましょう。どんな色でも思いのままでしてよ」


謡うように言いながら、手を引かれて、夢見心地にアリシアはサロンへと戻った。

布を選んでいたルシャンテは顔を上げてニッと微笑む。


「やあ、魔法にかかったお姫様。もう赤い色が嫌なんて我儘は言うなよ?」


驚いた様子もないというのは、ルシャンテもグレイシアも、アリシアの真実の姿が見えていたのだろう。

自分をきちんと見てくれていた事に、感謝と感動を覚える。

心を震わせながらも、アリシアは強気に微笑んだ。


「ええ。これでやっと復讐に花を添えられるもの」


本当はもう復讐なんてどうでもいい。

かつて、時限式の罠を張った時に、終わっていたからだ。

でも、見下げていた相手の真実を見た醜悪な男が、何を思うのかは興味がある。

それでもカリンの方が美しい、可愛い、お前などいらない、と思うのならそれでもいい。

アリシアにとって、もうグーネルの下す評価は全く意味はないのだから。



夜会の日まで、アリシアは精一杯可哀想な地味な婚約者を演じた。

アリシアよりも以前に、夜会をすっぽかされた令嬢に、相談と愚痴を介してルシャンテの事を伝える。

自信を失くした令嬢達を慰め、寄り添い、褒め称えて、自尊心を取り戻す手伝いをした。


「わたくし、ルシャ様を、ルー様とお呼びする事にしたの……」

「ま、何てはしたない。……わたくしも呼んでいいかしら?」

「素敵じゃなくて?ルー様……ルー様……ああ!」


令嬢達は可愛らしく姦しく、囀る鳥のように元気になった。

今度は婚約者がいる令嬢達が羨ましがる立場になったのである。

だが、誠実な婚約者がいる令嬢達もまた、きちんと慎みも持っていたので、必要以上には近寄らずに自制していた。

ルシャンテの傍に侍り、差し入れをするのが許されるのは被害者の特権。

稀にそれを逸脱する者が現れても、周囲の令嬢達が窘める。


次第に元気になった令嬢達は、ルシャンテの紹介で法的な代理人と水面下で婚約解消の準備を進め、騎士科の新しい婚約者を得たのである。

盆暗で不誠実な男性達に気づかれにくいように、いつか訪れる破滅の時までただ静かに。



夜会の日。

今日はハルモニア伯爵の主催での夜会である。

王城の敷地内の一角にある離宮を使い、豪華な祝宴が開かれた。

伯爵家の中でも財産家で、低位貴族から高位貴族まで幅広く客を呼ぶので、重宝がられている。

元々はエモニエ公爵家の分家だったので、今でも両家の関係は深い。


カリンを伴って、グーネルが現れた。

流石に夕陽色の服は派手過ぎて纏えずに、宝石だけを合わせている。

そして、彼の腕に寄り添うカリンは、青い色に銀の差し色のドレス、銀細工に青い宝石の宝飾品を身に着けていた。

グーネルの髪の灰色と、目の青色である。


まるで婚約者みたいね、とひそひそされているのだが、本人達は注目を集めているといい気になっていた。

その後で、ルシャンテと寄り添ったアリシアがホールに降りていく。

誰もがその煌びやかな赤いドレスに釘付けになった。

そして、それを纏うアリシアの色の白さと結い上げた髪に飾られる赤い薔薇の宝石。

首元にも紅玉が煌めき、まるで一国の王女のように美しい。

学園では見かけたことがない、と会場がざわめく。

だが、ルシャンテの周囲の人間や被害者の令嬢達は、それがアリシアであることを分かっていた。

そして、ポカンと口を開けてアリシアに見惚れるグーネルの耳に届くように噂話を届ける。


何と言ったのかは知らないが、信じられないというようにグーネルの視線が注がれるのをアリシアは感じた。

だから、敢えて見ないようにルシャンテを笑顔で見上げる。

ルシャンテのリードは優しく、力強く、安心して身を任せる事が出来て、アリシアもいつの間にか楽しんでいた。

優し気な視線にも癒されて、微笑み返す。


ダンスが終われば、令嬢だけでなくご婦人達からもアリシアは囲まれた。

話題は素晴らしい生地とドレス、宝飾品についてだ。

アリシアは丁寧にそれらの説明をする。

まだ出来て間もない店なので、紹介状が必要だと言えば、是非紹介をと強請られていた。

学園に通っている令嬢や令息がいるのなら、その者達から、と言って人脈を得るのに使う。

子供達が通っているご婦人は、揉みくちゃになって聞く必要がないと分かり、その場を遠くから見守り、いない人はその場で、約束を交わした。


一段落して人もまばらになると、遠くからグーネルが近づいてくるのが見えて、アリシアはルシャンテの袖を引いた。


「おや、お出ましか。おい、バージル。ダンスを」

「ああ、分かった」


十分にグーネルが近づいた所で、バージルがアリシアに手を差し出す。


「アリシア嬢、どうか一曲お相手を」

「ええ、喜んで」


そして二人は仲良く手を携えて中央に行き、ルシャンテもまた令嬢の中から一人を選んで中央へと行く。

ルシャンテに選ばれた女性はまたしても赤いドレスで。

アリシアとは異なる、明るい色の赤がその令嬢にぴったりと合っていた。

誘おうと近寄ってきたグーネルは、ダンスを誘えないまま、曲が終わるまでその場で立ち尽くし、次こそは、と思ったのだが、別の騎士がアリシアを誘い、また中央へと出て行く。

同じようにルシャンテもまた、別の赤いドレスの令嬢をダンスへと誘った。

何度もそれを繰り返され、立ち尽くしていたグーネルの顔は怒りで染まっている。


「アリシア……婚約者を蔑ろにして、男達と踊るとは何事だ」


「あら?婚約者を蔑ろにして、ドレスを贈った女性をエスコートする殿方に言われたくはございませんわ」


今まで言い返してこなかったアリシアに言い返されて、グーネルはヒュッと息を呑んだ。

自信が満ち溢れているアリシアは、とても美しい。


「もうすぐ、それも終わりますけれど、その話は後日。折角の楽しい祝宴パーティを台無しになさらないで。どうぞ、愛しいカリン嬢の元へお戻りなさいませ」


「浮気男は婚約者として相応しくないんだよ。早く此処から立ち去ってくれ」


ぎゅっとアリシアの肩を抱き寄せたのはルシャンテで、男装していても男ではない。

正論で言い返されては、弁明のしようもないグーネルは、その場を足音も荒く立ち去った。

くすくすと背に刺さる笑い声は、何時かアリシアを嘲笑ったグーネルへの仕返しのように思いながら。



その後何度も学園で、眼鏡を外して雀斑も無くした美しいアリシアに、グーネルは話しかけては拒絶されていた。


「いい加減機嫌を直してくれ」

「貴方とお話する事はございません」


何を話しかけてもそう返されて、日々は過ぎていく。

最初は高圧的に怒鳴っていたグーネルも、アリシアがそれしか口にしないと分かると段々大人しくなっていった。


待ちに待ったグレイシアとレクサスの破談。

それを機に、ファネル伯爵家からドーソン伯爵家に婚約破棄の書状を持って、弁護士が訪れた。

一切の話し合いは不要で、今までの酷い態度と罵倒の数々、他の令嬢への贈り物と同行エスコートで婚約者より優先した件について、これ以上の婚約は続けられないという通知。

従って、持参金として先に払われていた金が、借金となってしまった。

思ったよりも莫大になっていた金額に、伯爵夫人は目を回して倒れたのである。


事業の資金で何とか賄えると高を括っていた伯爵も、事業を任せていた代理人の言葉に耳を疑う。

売上の実に半分以上がファネル家の物とする形に変わっていた。

持参金を越えてしまっていたドーソン伯爵家は、事業の売り上げの配分を担保にして金を融通されていたのだ。

目先の欲に囚われた伯爵と、息子のグーネルによってほんの少しの割合という意識の積み重ねが、それを許した。

最早、事業を売る事すらままならない。

実権は既にファネル家にあるようなものなのだ。

領地を売れば、借金を返した上で一時的に懐は潤う、が。

その後の税収は勿論断たれる。


形振りを構わない様子で、グーネルがアリシアを呼び出した。

人目のある中庭でなら、と場所を移して話に応じる。


「もう、カリンになんか近づかないから、許してくれないか。君の事だけを愛してやるから」


「望んでいませんわ。嫌いな殿方に愛してやると言われるのってこんなに不快になりますのね」


「……えっ?」


驚いているグーネルを見て、アリシアは眉を顰めた。


まさか、愛されてるなんて、思っていたの?

あれだけ罵倒しておいて?


「罵倒した相手を好きになる奇特な女性は少ないでしょう。少なくとも幼い頃から貴方の事は大嫌いでした。誕生日に腹痛で出られなかったのも貴方に会いたくなかったから。お茶会を設けなかったのも同じ理由ですけれど、何故愛されているなんて勘違いなさったの?」


「え……え、でも僕らは婚約者じゃないか!」


「正確には婚約者だった、のですけれど。私の容姿を貶めながら気に入ったと婚約をせがまれたのは、お金の為でしょう?そこに愛なんて一欠けらもなかったのですよ、お互いに」


少なくともアリシアはそうだ。

これがまだ、罵倒してこない誠実な男だったら更に事態はややこしくなっていただろう。

利用されていたとしても、気づくのが遅れたり判断が鈍ったりして、手を打つのが遅れたかもしれない。

その点でのみ、グーネルが相手で良かったと心から思える。


「だから、愛は育んでいくものだろう?今の美しい君なら愛せるよ」

「ふふ。わたくしは傲慢で鼻持ちならない貴方を一生愛する事は出来ませんし、傍にいたくもないのです。これだけは最低限ご理解くださいませ。浮気をされる前から、貴方の事が世界で一番大嫌いでしたの」


「……そんな」


「やっと願いが叶って、他人に戻れたのです。纏わりつかないでくださいませ」


冷たい美貌に笑みを浮かべたアリシアに、グーネルはそれ以上何も言えなくなりとぼとぼと中庭を後にした。

物語で読むには愉しい出来事かもしれないが、アリシアには会話すら苦痛だ。

グレイシアやルシャンテと帝国に行き、もう二度と会わなくて済むのが何よりも嬉しい。

もうすぐ、アイリーンやサーシャも帝国へと行くだろう。

旅を共にして、新天地へ。



兄のセザールと婚約者シャノンは仲睦まじいし、ファネル伯爵家は安泰だ。

妹のクロエは「グレイシア様の元で働きたい!」と言い張って今も勉強を怠らない。

きっと数年後には帝国で再会出来るだろう。


ドーソン家はその後没落した。

借金も返済できる目途も無く、慰謝料も払えず、伯爵位を返上したらしい。

主家筋に当たるバダンテール公爵が全ての借金を清算して、息子の一人に公爵家に帰属する伯爵位と元ドーソン伯爵領を共に与えた。

その代わり、王都の伯爵邸はグーネルの代までは無料で貸し与え、年金も出されるという。

バダンテール家にも利点があるとはいえ、かなりの恩情措置だ。

平民には落ちたが、最低限の使用人が付けられ、年金があれば贅沢は出来ないが生きる事は出来る。

身分的にレクサス王子の側近でいる事も出来ず、文官試験に受からなければ事務にすら採用されない。


セザールからの報告書のような手紙を文箱に仕舞うと、アリシアはグレイシアの元へ向かった。

迎えるべく迎えた結末を読んでも、心には波紋一つ浮かばない。

きっともう思い出す事も無いだろう。


謎の上から目線。

一応解説しておきますと、恩情措置に見えて結構生き地獄なんです。まず、伯爵邸は貴族街にあり、周囲は貴族達ばかり。低位貴族や伯爵家でも中流以下にマウントとったりしてきたドーソン家の人々なので、常にひそひそ笑われ続ける。お茶会や夜会といった場に出られず、やる事も無いし、貴族街の店は平民なので出禁。

あとグレイシアが手を回して、バダンテール公爵家に回収させたドーソン家の財産はかなり良い物で、借金は5年とかからず回収できる、にも拘らずドーソン家が立ち行かなかったのは貯蓄をしてこなかったから。

細かい説明は省きますが、美味しい獲物でした。もちろんファネル伯爵家には、婚約してからの一方的な無心も帳簿には付けていたので、無心+持参金+事業の売り上げ配分の借金+従業員の雇用費用+事業の売却代金+アリシアへの慰謝料と全部の借金+慰謝料をかなり支払ってくれました。早い話、山分けです。

実際には、この件が金で片付けばドーソン家は小金持ちとして生きて行けたし、王都の邸宅に拘らなければもう少しマシな環境で生きて行けたのですが、王都の伯爵邸にしがみついたので飼い殺しの日々です。ある程度暮らしていけるだけの年金あるから、逆に働く必要もなくて、無職のまま落ちぶれていきそうな予感。


明日はこちらの胸糞ドーソン家から中継です…!

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― 新着の感想 ―
は〜、スッキリしました!!! アリシアの最後通帳なセリフの数々は痛快でしたし、お見事なザマァ!でした。 スッキリ、きっぱりなザマァを読むのがストレス解消になる(-_-;)ので、今後も読めると嬉しいです…
>浮気をされる前から、貴方の事が世界で一番大嫌いでしたの >やっと願いが叶って、他人に戻れたのです。  これをはっきり言えるようになったアリシアの精神的成長……。  とは言え、ルシャンテと(様付けと…
ほぼ禁治産者扱いじゃないかえげつねぇ······w
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