13◆願いと条件
ラザファムもエクスラーも無事ではあったが、疲れ果てていた。
しかし、やってきたのがレプシウス帝国最高峰の将軍とあっては後回しにするわけには行かなかった。
「この、言葉では言い尽くせぬほどの感謝をどうお伝えしたらよいでしょう。本当によくぞ駆けつけてくださった」
エクスラーが礼を取ると、ヴィリバルトは鷹揚にかぶりを振った。エクスラーよりも若いが、その威厳が若造と侮らせない。
「同盟国として当然のことをしたまでです。私も駆けつけられるところにおりましたので」
「皇帝陛下の懐刀のあなたがおられたということは、陛下もお近くに?」
「すでに城にお戻りになりましたが」
ヴィリバルトは常にディートリヒのそばにいる。ヴィリバルトがいたのなら、ディートリヒもいたのだ。
レプシウス帝国のどこにいても不思議ではないが、魔獣の犇めくところに皇帝を連れてくるわけはなかった。
会議室を使って話しているのだが、この時ラザファムはずっとヴィリバルトの弟の顔を見ていた。彼はフィリベルトというらしい。
その視線に彼も気づいているとは思うけれど、この場では何も言わない。クラウスはむしろフィリベルトから視線を逸らしがちだった。
今回のことをどこまで話していいのか、アルスには判断ができなかった。チラリとラザファムを見遣ると、ラザファムはアルスの方を向かないままヴィリバルトたちに告げた。
「あと半日こちらに兵を滞在して頂くわけには参りませんか?」
「半日ですか……」
フィリベルトが穏やかに、けれど難色を示している。
だからラザファムは続けた。
「伝達手段として精霊を飛ばすのが一番早いのですが、精霊を王都へ向かわせる間、ここの護りが手薄になります。こちらには現在姫様がおいでですので、何があっても攻め落とされるわけには参りません。その間だけでも滞在して頂きたいのです」
「また魔獣が襲ってくるというのですか? 姫様には守護精霊がついているのでは?」
それを言われた途端に、今度はアルスが固まってしまう。
その様子から何かを察したのだろうか。ヴィリバルトは弟に目で合図し、それから口を開いた。
「こちらとしても条件があると言ったら?」
「条件?」
ラザファムがぎくりとしたのも無理はない。
この時に足元を見られるような条件を突きつけられたとしても、普段のように突っぱねるのは難しいのだから。
ただ、ヴィリヴァルトの条件は意外と言えば意外なことだった。
「女王陛下は即位以来王国を離れておられない。我が皇帝陛下の誘いにも頑として応じず、会合は必ずレムクール王国にて行われている。一度レプシウス帝国にお越し頂くことを皇帝陛下はお望みだ」
アルスはその条件に目を瞬いた。
姉がレプシウスを来訪することでディートリヒが何を企むのか読めないのだ。
「姉様は即位してまだ間がない。今の段階で国を空けるのは難しいんだ。私が名代では駄目か?」
「アルステーデ姫様にもお越し頂いて構いませんが、名代でしたら夫君のベルノルト殿下をお願い致したく存じ上げます」
義兄ならばいいと言う。何故だ。何を考えてこれを言う――。
アルスは考えながら下手を踏まないように答えた。
「現状では、義兄様は姉様のそばを離れたがらない。今は難しいが、情勢が落ち着けば姉様もレプシウスへ向かうこともあるだろう。すまないが、その条件に対して確約はできない」
姉夫婦の許可もなく返事はできないし、かといって承知したと騙すようなことも言いたくない。これはアルスなりの精一杯の答えだった。
そうしたら、ヴィリバルトは妙に困ったような表情を浮かべた。そういう顔をするのが珍しいはずの人だと思った。
「本来であれば、このような緊急時に条件などつけられるはずもありません。今の話はどうかお忘れください。半日の間こちらに滞在し、砦の守備に努めましょう」
「ありがとう。姉様と義兄様には受けた恩をしっかりと伝えるから」
アルスはほっとしたが、ラザファムとクラウスはアルスほど単純ではない。それぞれに何かを考えているらしかった。それでも、この場では何も言わずに頭を下げた。
「私は戻らせて頂きます。ここにいてもお役には立てませんので」
フィリベルトがそんなことを言った。
祓魔師であるフィリベルトが役に立たないということもないはずだが、何かわけがあるのかもしれない。それを訊ねても教えてくれる気はしなかったが。




