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12◆援軍

 落ちていくアルスにイービスが追いついてくれた。


 イービスは翼を大きく広げ、風を集めてアルスの落下を防いだのだ。アルスと、疲れ果てたイービスはもつれるようにして着地する。


 この時、アルスはどこへ落ちたのか意識していなかったが、アルスが落ちた先に兵士たちが駆け寄ってくる。

 兵は、アルスの姿にざわついた。


「これは一体……?」


 聞き覚えのない声だが、アルスは首を向けるのもつらかった。イービスのおかげで落下の衝撃はないけれど、疲労感がひどい。


「まさか、レムクール王国のアルステーデ姫様では?」


 半信半疑といったふうだった。彼らは堂々と入ってきたはずのアルスがシュミッツ砦にいることを知らないらしい。

 変に思ってどうにかまぶたを持ち上げると、そこにいた兵はシュミッツ砦のどころか、自国の兵ではなかった。


 レプシウス帝国側に落ちたのだ。彼らはシュミッツ砦が魔獣に襲われていることに気づき、様子を見にやってきたのだ。


 アルスはその中で一番偉そうにしている男に見覚えがある気がした。名前までは知らないけれど、いつも皇帝であるディートリヒが連れ歩いている側近に似ていた。

 それならば何度も目通りしているから、アルスのことを知っていても不思議はない。


「砦が、魔獣に、襲われている。助力を、乞う」


 アルスはなんとかそれを言った。そうしたら、ディートリヒの側近らしき男は恭しくアルスを助け起こした。


「承知致しました。緊急事態のため、国境を侵すことをお許しください」


 彼はそう言ったかと思うと、部下に命じて縄梯子を砦の壁にかけさせた。


 すると、異変を感じた魔獣がこちらにも襲いかかっていた。レプシウス兵たちは慌てたが、ディートリヒの側近は涼しい顔でアルスを背に庇ったまま両手剣を抜くと、最早人とは思えないような怪力で魔獣の前脚を切り落とした。


 あまりのことにアルスは放心しながら、いつかのディートリヒの得意げな顔を思い出していた。


『世界広しと言えども、我が忠臣ヴィリバルトに勝てる人間などそうそうおらぬぞ。まあ、私を除いてだがな』


 ディートリヒの剣才を貶すつもりはないが、ヴィリバルトに優っているということはないだろう。主君相手に本気を出さないだけだ。

 剣と生身の腕だけで魔獣と渡り合うのだから人間離れしている。


 ただし、人間離れしているのはヴィリバルトだけではなかったのかもしれない。彼が連れていたのは、配下の武人の他にセイファート教団の祓魔師らしかった。


 レムクール王国では精霊が担うとしても、レプシウス帝国にはレムクール王国のような精霊との繋がりがない。それ故に、セイファート教団は魔族への対策としてゼクテ派と分類される祓魔師を育てている。けれどそれは、精霊と比べてしまえばささやかな力であったはずだ。


 しかし今、アルスの目の前にいる年若い祓魔師は、胸に手を当てて祈りを口ずさむ。


「天におわします精霊王よ、我ら人の子をお護りください」


 そして、白衣の下から聖水の瓶を取り出し、それを魔獣に向けて撒いた。その途端に魔獣が怯む。その隙を突いてレプシウス兵は魔獣に畳みかけた。よく統率がされている。


 それにしても、あんなただの水に効果があるのが不思議だった。けれど、なんでもいい。この場を乗りきれるのならば。

 レプシウス兵がかけた縄梯子を奪い取るようにしながらクラウスが下りてきた。


「アルス!」


 着地と同時にアルスを呼ぶ。ヴィリバルトはクラウスが誰だかまでは知らなかったようだが、敵ではないという認識だけしてくれたようだ。


「クラウス、私なら怪我はない。他の皆は?」


 ヴィリバルトの後ろから声をかけたら、クラウスはすぐにヴィリバルトが誰だか気づいたようだった。


「あなたは、レプシウス帝国のヴィリバルト・ロルフェス閣下ですね?」


 ほっとしているとは言い難い、複雑な表情だった。安堵よりも険しさが目立つ。


「君は――そうか。レムクール王国リリエンタール公の嫡男か」


 クラウスは曖昧にうなずいた。


「兄上、ここで立ち話をしていては危険ですよ。まずはアルステーデ姫様を安全な場所へお移ししなくては」


 セイファート教団の祓魔師がヴィリバルトを兄と呼んだ。

 この武人の弟にしては線が細く、顔立ちも中性的だった。この顔をどこかで見たことがあるような気がしたけれど、今は頭が疲れすぎていて考えることを拒否している。


 ヴィリバルトはクラウスに向けて言った。


「シュミッツ砦が魔族に襲われているという報告が入ったが故に、我らが援護に参った。レムクール王国を侵す目的でないことだけは疑わぬように願う」

「もちろんです。ご助力に感謝致します。まずは姫を中へ――」


 アルスとクラウスの婚約は表向き解消されたということになっている。そのせいでクラウスはあまり親しげにしてはいけないと思ったのだろうか。急に態度がよそよそしい。


 けれど、アルスはそんなものを斟酌しない。クラウスの腕に自分の腕を絡めて逃げられないようにしながら言った。


「魔獣が片づいたのなら、砦の中に戻る。彼らとも話したい」


 ヴィリバルトとその弟は、アルスの言葉に神妙な面持ちになった。

 イービスは弱って見えたが、再び飛び上がる。上に戻ってラザファムに報告してくれるだろう。


 アルスは汚れた顔を手の甲で拭い、やっと息がつけた。けれど、クラウスはこの被害を自分のせいだと思ってしまっているように見えた。


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