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2◆立って、歩いて

 シュミッツ砦に向かうと決め、進路を変更して歩き出した。

 この時、ラザファムが呼び出した精霊のエンテがクラウスに向けて恭しく言う。


「再びクラウス様とこうしてお会いすることができて嬉しく思います。ナハティガルの力がこれほどとは、ワタシも見くびっておりました。クラウス様からは完全に魔の気配は致しません」


 白猫の姿を取るエンテは、ラザファムが精霊術師として初めて呼んだ精霊だ。クラウスも何度も会わせてもらい、互いを見知っている。


 敏感なエンテが魔の気配がしないと、そう言うのなら本当なのだろう。ただ、それがクラウスにとって、アルスにとって、レムクール王国や世界(エーレ)にとってよいことと言っていいのかわからない。


「うん……」


 クラウスが人間に戻ったことにより、これからレムクール王国が脅かされることになる。今のクラウスには魔族になんの影響力もないのだから。

 そんな惨いことを今のアルスにはとても伝えられなかった。


 そして、ナハティガルを犠牲にしておきながら、魔に耐性のあるクラウスはまた魔の国(ラントエンゲ)に戻れば因子を取り込んで染まるのだということも告げられない。


 一度こうして魔の国から抜け出すことになったクラウスを、イルムヒルトとダウザーは切り捨てるだろうか。

 シュランゲは無事に逃げたようだった。彼には悪いことをしてしまった。


 ――そう、魔族といっても、すべてが〈悪〉ではないのだと今のクラウスは思う。シュランゲには随分助けられたし、イルムヒルトはまっすぐな性質を持っていてむしろ人と変わりない。

 人間だって十分に悪辣な者はいるのだから、その差はどこなのだろう。




 シュミッツ砦に向かうには一度ローベ村へ戻り、そこから向かうのがいいとラザファムが言った。

 クラウスはまだ戸惑いの方が大きく、ラザファムもそれを察してくれるのか、これまでのことを訊ねない。


 アルスは――計り知れない衝撃を受けて、本当に立っているのがやっとに見えた。クラウスは、アルスを支えなくてはと思う反面、それをしていいのは自分ではないという気がしてしまった。


 ラザファムは何か言いたげではあるけれど、今はとにかくアルスを気遣っていた。


「歩けないなら、無理をせずに仰ってください」


 とぼとぼと歩き始めたアルスに、ラザファムは声をかけた。


「歩ける」


 歩けると。歩かなくては、と無理をしている。


 いろんなことがただ悲しくて、クラウスは頭を抱えてしまいたかった。けれど、立ち止まっている余裕などないのだ。




 ローベ村はそう遠くない。クラウスがここへ立ち寄ったことはなかったけれど、北寄りなだけあって何もない小さな村だ。


 一度来ているからかラザファムは迷うことなく宿へ直行し、部屋をふたつ取った。そのうちのひとつにアルスを休ませる。

 そうして、二人部屋で一旦落ち着くと、すぐにまた立ち上がった。


「僕は買い物をしてくる。三人分必要になったから、何かと足りないんだ」


 クラウスがあちら側にいた二年間、ラザファムとも向き合うことはなかった。

 成長期である十代の二年というのはとても大きく、あの頼りなかったラザファムがこんなにも立派になったのだとしみじみ思う。視線はまっすぐにクラウスの目を見据えている。

 そこに見える感情はなんだろう。少なくとも怒りや嫌悪感ではなかった。


 そして、ラザファムがこんなにもまっすぐに顔を向けられるのは、クラウスに対して疚しいことがないからだろう。アルスと旅をしながらも、抜け駆けなどしなかったから。


「すまない……」


 謝ると、ラザファムはフッと表情を緩めた。


「僕は僕にできることをするから、君にしかできないことをしてくれ」


 そんなものがあるだろうか。

 何もできない歯痒さよりも苦しみの方が強くのしかかる。


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