22◆葬送〈下〉
黒い箱はダウザーが大事そうに抱え、その上に天鵞絨の布をかけた。
あの箱の中身はなんだろう。葬送の儀に使用する道具が納まっているのかと思ったが、よくわからない。
レムクール王国であれば、葬儀はセイファート教団の教会で行われることがほとんどだ。国王はたくさんの参拝客が見守る中、王城で弔われる。
クラウスが魔の国に来てから、アルスの父親であるレムクール国王は崩御した。あの時も盛大な葬儀が執り行われ、その後で棺はセイファート教団本部の聖地に埋葬されたという。
魔の国ではたった二人で王を見送るのか。
クラウスは奇妙な心持ちだった。
「葬儀はどこで行われるんだ?」
訊ねると、ダウザーは眉根に皺を寄せた。
仕方のないことかもしれないが、いつもよりも苛立って見えた。それは案外珍しいことである。
「お前が考えている葬儀とこれから行うことは別だ。表向きの葬儀はイルムヒルト様の采配で行われる」
「……意味がわからない」
「わからずともよい。とにかくついてこい」
ついてこいと言うが、ついていくというよりも、クラウスはダウザーによって運ばれたと言った方がいい。ダウザーが転移魔術を使ったのだ。
シュランゲは変わらずクラウスと共にあったが、ダウザーの雰囲気に気圧されてか、まるで言葉を発さない。ただの蜥蜴のように縮こまっている。
ダウザーが放つ禍々しい青白い光が消えた時、クラウスが立っていた場所は寂しい岩肌の上だった。
ところどころに短い草が生えているだけで、生命を感じられない場所――。
ここはどこだ。こんなところは知らない。
とても息苦しく、寒かった。
「ここはどこだ?」
クラウスがむせ返りそうになりながら問うと、ダウザーは振り返りもせずに涼しげな声で答えた。
「魔山ゲオルギアの山腹だ」
「魔山……」
いつも遠目に見える、あの聳え立っていた山にいるのだと言う。
「霊峰エルミーラが精霊信仰の人間にとって神聖な場所であるように、この山は魔族にとって特別なのか」
「そういうことだ」
そして、ダウザーはクラウスが抱いていた疑問に近づく言葉をくれた。
「だからこそ、霊峰を護るレクラムは滅ぼされたということだ」
「……なんだって?」
聞き流せないことを言われた。
ダウザーはレクラム侵略の真相を知っているのか。
問い質したいと思ったけれど、今は魔王の葬送を控えているところだ。そんな時に余計なことを言って煩わせてしまえば、この男は二度とこの件を口にしないだろう。
仕方なくクラウスは知りたい気持ちを押し込めてダウザーの後ろに続いた。
目指しているのは山の頂だと思われた。そこに直接転移しなかったのは、それができない理由があるとみえる。
そうは言っても、それほど登ったという気もしなかった。乾いた岩肌を踏みしめて辿り着いたのは、日の差さない山頂だ。
ダウザーは、ずっと大事に運んでいた箱から布を取り払うと、その布を岩の上に敷いて箱を下した。
その箱が開かれると、中には何も入っていないように見えた。しかし、ダウザーはそこから黒い小さな砂糖壺ほどの容器を取り出す。その容器を一度拝むように頂いたかと思うと、厳かに蓋を開け、その中身を空へと撒いた。
それは一瞬のことで、撒かれた中身は砂のようにも灰のようでもあったけれど、小さな粒のひとつひとつが赤紫の光を纏って、空に吸い込まれるように消えていった。
この時、山が共鳴するように足元が揺れたような気がしたけれど、クラウスの気のせいだろうか。
ダウザーは胸に手を当て、静かに目を閉じている。
クラウスもそれに倣った。
魔王に対して思うことなどない――むしろ自分をこんな目に遭わせた恨みの方が強いけれど、今はそれを考えないようにした。ただ、イルムヒルトの父親として見送る。
あの撒かれたものは一体なんだったのだろう。
クラウスにとってはどうあれ、ダウザーにとって魔王は主君であり、長らく仕えた相手なのだ。思うことは多かったのだろう。
来た道を戻る時、ダウザーは口を利かなかった。クラウスもまた、何も言えなかった。
これからクラウスは魔王として、イルムヒルトの夫としてどんな役割を果たさせられるのだろう。
考えても仕方ないことではあった。
そうして、魔王城に帰りついたのだが、クラウスを待っていたのはイルムヒルトではなくループレヒトだった。
いつもの淡々とした様子で、黒髪を掻き上げながら言う。
「どこかへ行っていたようだが、お前が留守の隙にまずいことになっているのかもな」
胸騒ぎを飛び越え、クラウスは愕然とした。