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Blue Bird Blazon ~アルスの旅~  作者: 五十鈴 りく
第4章 君を想い
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22◆葬送〈下〉

 黒い箱はダウザーが大事そうに抱え、その上に天鵞絨の布をかけた。

 あの箱の中身はなんだろう。葬送の儀に使用する道具が納まっているのかと思ったが、よくわからない。


 レムクール王国であれば、葬儀はセイファート教団の教会で行われることがほとんどだ。国王はたくさんの参拝客が見守る中、王城で弔われる。


 クラウスが魔の国(ラントエンゲ)に来てから、アルスの父親であるレムクール国王は崩御した。あの時も盛大な葬儀が執り行われ、その後で棺はセイファート教団本部の聖地に埋葬されたという。


 魔の国ではたった二人で王を見送るのか。

 クラウスは奇妙な心持ちだった。


「葬儀はどこで行われるんだ?」


 訊ねると、ダウザーは眉根に皺を寄せた。

 仕方のないことかもしれないが、いつもよりも苛立って見えた。それは案外珍しいことである。


「お前が考えている葬儀とこれから行うことは別だ。表向きの葬儀はイルムヒルト様の采配で行われる」

「……意味がわからない」

「わからずともよい。とにかくついてこい」


 ついてこいと言うが、ついていくというよりも、クラウスはダウザーによって運ばれたと言った方がいい。ダウザーが転移魔術を使ったのだ。

 シュランゲは変わらずクラウスと共にあったが、ダウザーの雰囲気に気圧されてか、まるで言葉を発さない。ただの蜥蜴のように縮こまっている。


 ダウザーが放つ禍々しい青白い光が消えた時、クラウスが立っていた場所は寂しい岩肌の上だった。

 ところどころに短い草が生えているだけで、生命を感じられない場所――。


 ここはどこだ。こんなところは知らない。

 とても息苦しく、寒かった。


「ここはどこだ?」


 クラウスがむせ返りそうになりながら問うと、ダウザーは振り返りもせずに涼しげな声で答えた。


「魔山ゲオルギアの山腹だ」

「魔山……」


 いつも遠目に見える、あの聳え立っていた山にいるのだと言う。


「霊峰エルミーラが精霊信仰の人間にとって神聖な場所であるように、この山は魔族にとって特別なのか」

「そういうことだ」


 そして、ダウザーはクラウスが抱いていた疑問に近づく言葉をくれた。


「だからこそ、霊峰を護るレクラムは滅ぼされたということだ」

「……なんだって?」


 聞き流せないことを言われた。

 ダウザーはレクラム侵略の真相を知っているのか。


 問い質したいと思ったけれど、今は魔王の葬送を控えているところだ。そんな時に余計なことを言って煩わせてしまえば、この男は二度とこの件を口にしないだろう。

 仕方なくクラウスは知りたい気持ちを押し込めてダウザーの後ろに続いた。


 目指しているのは山の頂だと思われた。そこに直接転移しなかったのは、それができない理由があるとみえる。

 そうは言っても、それほど登ったという気もしなかった。乾いた岩肌を踏みしめて辿り着いたのは、日の差さない山頂だ。


 ダウザーは、ずっと大事に運んでいた箱から布を取り払うと、その布を岩の上に敷いて箱を下した。

 その箱が開かれると、中には何も入っていないように見えた。しかし、ダウザーはそこから黒い小さな砂糖壺ほどの容器を取り出す。その容器を一度拝むように頂いたかと思うと、厳かに蓋を開け、その中身を空へと撒いた。


 それは一瞬のことで、撒かれた中身は砂のようにも灰のようでもあったけれど、小さな粒のひとつひとつが赤紫の光を纏って、空に吸い込まれるように消えていった。

 この時、山が共鳴するように足元が揺れたような気がしたけれど、クラウスの気のせいだろうか。


 ダウザーは胸に手を当て、静かに目を閉じている。

 クラウスもそれに倣った。


 魔王に対して思うことなどない――むしろ自分をこんな目に遭わせた恨みの方が強いけれど、今はそれを考えないようにした。ただ、イルムヒルトの父親として見送る。


 あの撒かれたものは一体なんだったのだろう。

 クラウスにとってはどうあれ、ダウザーにとって魔王は主君であり、長らく仕えた相手なのだ。思うことは多かったのだろう。




 来た道を戻る時、ダウザーは口を利かなかった。クラウスもまた、何も言えなかった。

 これからクラウスは魔王として、イルムヒルトの夫としてどんな役割を果たさせられるのだろう。

 考えても仕方ないことではあった。


 そうして、魔王城に帰りついたのだが、クラウスを待っていたのはイルムヒルトではなくループレヒトだった。

 いつもの淡々とした様子で、黒髪を掻き上げながら言う。


「どこかへ行っていたようだが、お前が留守の隙にまずいことになっているのかもな」


 胸騒ぎを飛び越え、クラウスは愕然とした。


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