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Blue Bird Blazon ~アルスの旅~  作者: 五十鈴 りく
第4章 君を想い
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21◆葬送〈上〉

 ひどく森が騒がしいと思えた。

 草が、木が、水が、風が、ざわめいている。


 クラウスが魔の国に来てから感じたことのない感覚だった。

 気のせいかと思ってみたが、クラウスの感覚はただの人であった時よりも格段に鋭くなっている。


「シュランゲ、何が起こっているんだ?」


 ただ暗い空を見上げながら訊ねると、シュランゲはクラウスの外套の下から抜け出てきた。


「これは……」


 シュランゲはまぶたを閉じた。小刻みに震えているように感じる。


「魔王様の気配が潰えてしまわれました。もう、どこにも感じ取ることができません」


 それはつまり、魔王が死んだということか。

 ついにこの時が来た。


 イルムヒルトのか細い双肩に魔の国(ラントエンゲ)の重圧がのしかかる。そして、彼女の夫を選ばざるを得ない。


 クラウスは、諸国に魔の気配を振り撒くという点においては評価されるようなことはほとんどできていない。ただ、能力だけを見れば候補者の誰にも遅れは取っていないはずだ。まだどうなるのかはわからなかった。


「城に戻るべきか?」

「はい。ただちに」


 これが波乱の幕開けとなることくらい、誰に言われるまでもなくわかっている。

 クラウスは歯を食いしばり、魔王城へと転移した。




 ――やはりそこにはいつもとは違う空気感が漂っていた。

 魔族の人型をした僕たちがホールを行き交う。踊り場に立ってそれをなんとなく見下ろしていると、いつの間にか背後にイルムヒルトが立っていた。


「クラウス」


 彼女に名を呼ばれたのは初めてだったかもしれない。

 クラウスはイルムヒルトを見遣ったが、いつも表情の乏しい彼女の顔からは何も読み取れない。今も平然と立っているように見えた。

 しかし、前で組んでいる、透かしの入った黒手袋の手には力が籠っている。


「何か?」


 こちらから余計なことは言うべきではないと思った。

 すると、イルムヒルトは浅く息を吸い、それから言った。


「同行を願います」

「何れまで?」


 この時、クラウスはこの城のどこかへ連れていかれるのだと考えたのだが、そうではなかった。

 いや、城の一室へと連れていかれたのは確かなのだが、そこは目的地ではなかったのだ。


 クラウスは黙ってイルムヒルトの後に続いて螺旋階段を上がっていった。

 城の最上階。

 そこは小塔の小部屋であった。


 薄暗いその場所には先客がおり、それは他の誰でもないダウザーだった。

 ダウザーは台の上に置かれた箱のそばに立っている。その箱がなんなのか、クラウスは知らない。見覚えのない箱だった。


 黒い天鵞絨(ビロード)の台座の上、仰々しく鎮座している。黒曜石を削って作ったような艶があり、精巧な金の留め具が施されている。

 それは両手で抱えられるほどの大きさだった。


 ダウザーはクラウスを一瞥すると、イルムヒルトになんとも痛々しい目を向けていた。


「ご決断なさいましたか」


 イルムヒルトは静かにうなずく。


「この状況で他にどうしろと?」

「申し訳ございません。では、彼を伴って参ります」


 ダウザーが恭しく頭を垂れた。彼が頭を下げるところを始めて見たが、魔王亡き今、イルムヒルト以外には決して下げないのだろう。


「頼みましたよ、ダウザー」

「はい、確かに承りました」


 そのやり取りを終えると、イルムヒルトは部屋から出ていった。

 クラウスはこの部屋でとても発言ができる気がしなかった。寒気がするほどの気配がする。この箱は一体なんなのだろう。


 イルムヒルトが辞した途端、ダウザーの目が険しくなった。


「お前が選ばれるだろうという気はしていたがな」

「選ばれ、た……」


 ドクドクと心臓が脈打つ。

 そんなクラウスに、ダウザーは冷たい声で言った。


「陛下の葬送を執り行う。お前も同行させよというのがイルムヒルト様からのお達しだ」

「他には誰が同行する? イルムヒルトと――」

「イルムヒルト様は立ち入れない。私とお前だけだ」


 父である魔王の葬儀に娘であるイルムヒルトが立ち入れないという。クラウスには意味がわからなかった。


「娘が父親の葬儀に立ち会わないなんて……」

「レムクールでの作法がどうであろうと、この国では違う。だからこそ――」


 何かを言いかけてダウザーは苦い顔をした。

 今はまだ語るつもりがないというのだろうか。そんなことよりも気になることがある。

 クラウスは緊張しながら問いかけた。


「選ばれたというのは、もしかして……」

「お前が次期魔王に選ばれた。だからこそ陛下の葬送に同行させる。それ以外の意味があるか」


 ――これでいい。

 こうなることをクラウスは願っていた。


 これでアルスを護れるのだ。

 それなのに、腹の中には誤って鉛を呑み込んでしまったような重苦しさが同時に存在する。


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