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Blue Bird Blazon ~アルスの旅~  作者: 五十鈴 りく
第4章 君を想い
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16◆王族として

 アルスは馬車から降りて男たちを睨みつけてやった。


「それで、ピゼンデルの者が私に何の用だ?」


 ラザファムは言う通りにしないアルスに対し明らかに怒っていたけれど、アルスは彼らが何を企んでいるのかを知りたかった。

 まさか今更ベルノルトを引きずり降ろそうとか、そんなことを画策してはいないはずだし、できるとも思わないけれど。


 彼らはアルスが出てくると膝を突いて頭を垂れた。今更礼節を弁えているふうに振舞っても遅いのだが。


「はっ、何卒ご無礼をお許しください。……貴国と我が国との交流は長年絶えております。我が国は再び交流を願いたく、幾度と使者を立てましたが、一度たりとも取り合ってもらえたことはございません。どうか、姫様から我が国との会談を女王陛下に取り成しては頂けませんでしょうか」


 ベルノルトの気持ちを考えると、ピゼンデルに肩入れする気にはなれない。それはアルスも同じだった。

 そして、信用ならない相手ではいつ手の平を返されるのかもわからず、対等な付き合いなど到底望めない。

 それは個人対個人であっても言えることだ。国家間での信頼回復となれば余計に困難を極める。


 そこでラザファムが冷たく言い放つ。


「あなたたちはトルナリガ大統領の命で動いているのですか?」


 これを言われた時、男たちの肩がピクリと動いた。


「そうではない。だが、国の行く末を案じる同志たちが――」

「大統領のやり方に満足せず、独断で動いているわけですね」


 アルスもやれやれとかぶりを振った。話にならない。


「悪いが、私も暇ではない。それに、お前たちが不法に入国して私と接触したと知れれば、ピゼンデルの立場はより一層悪くなるだろう。ここは素直に引くがいい」


 言い放ってからチラリと馬車の御者を見遣ると、顔色を失くしていた。たまたま乗せた客が王族だったというのは不運に入るのだろうか。


 ピゼンデル人たちはしつこい。この好機を逃してなるものかと思っているようだが、あまりにしつこいようならナハティガルに強制撤去させるしかないかとアルスが考えた時、彼らは嫌なことを言い出した。


「恐れながら、アルステーデ姫様はご婚約を解消されたと聞き及んでおります」

「……誰から聞いたのかは知らぬが、私にはそのつもりもない。大体、だからどうした?」


 苛立ち紛れに答えると、彼らはハッと畏まった。


「我が国にも姫様に相応しい有望な青年たちがいるものと自負しております。アルステーデ姫様とピゼンデルの者が婚儀を挙げられました際には、二国間の(わだかま)りも過去のものとなりましょう。どうか、姫様には二国間の懸け橋となって頂きたく存じ上げます」


 あまりのことにとっさに声が出なかった。

 何を言っているんだ、こいつらは。

 ラザファムまで愕然としていた。


「どうして私がそんな要求を呑まなくてはならないんだ? 私のことは私が決める」


 何も知らない他人が勝手なことを言うなと腹立たしさが込み上げる。

 けれど、彼らから見れば、アルスの言い分の方がただのわがままに映るらしい。


「王族に生まれついたからには、自らの感情のみで結婚を決めてもいいとは思いません。直系の王族であるあなた様の伴侶は国のために選ばれるべきなのです」


 グサリ、と胸に刺さる言葉だった。

 好きで王族に生まれたわけではないけれど、生まれてしまった以上はその責任があるのも承知している。


 クラウスを追いかけ続けるのがアルスのわがままで、それは許されないことだとしても、だとしたらどうしたらいいのだ。

 アルスのせいでクラウスは前途を閉ざされた。そのクラウスを顧みないことが王族として正しい行いだというのか。


 ――そんな御託を並べずとも、自分だけはわかっている。

 アルスは、クラウスを忘れられない。それだけだ。


「わ、私は……」


 この気持ちを正当化できる言葉を持たない。

 王族として民のために耐え忍び、人生を終えることを選べないのはアルスの弱さだ。


 不意に、狼の遠吠えのような声がした。乾いた北風がそれを運んでくる。

 アルスの肩に停まってただの鳥のフリをしていたナハティガルが、耳元で慌てた声を上げる。


「魔獣の声だよ、これっ」


 巨体が駆ける振動が地面を伝う。

 ピゼンデル人たちはヒッと悲鳴を上げて馬車に逃げ込んだ。自国のために命を賭してここに来たのではなかったのかと問い質したくなるほど、慌てて馬に鞭をくれる。


 馬も怯えていて制御が難しく、今にも横転しそうな勢いで馬車を走らせて彼らは去っていった。魔獣の前で冷静でいられる人間などほぼいない。

 アルスも緊張しつつナハティガルに問いかけた。


「ナハ、どうにかなりそうか?」

「むー。キッツいねぇ」


 キツいらしい。

 ラザファムに目を向けると、アルス以上に緊張の面持ちだった。


「精霊イービス、我が呼び声に応えよ」


 いつの間にかヴィルトを下げたようで、イービスを呼び出した。それというのも、イービスが一番戦闘向きだからだ。


 アルスは怯える馬を撫で、馬車の御者に向かって口早に告げる。


「下がっていてくれ」

「は、はい……っ」


 あのしつこいピゼンデル人たちを追い払ってくれたのは助かったが、魔獣となるとあまり歓迎できたものではない。

 ドッ、ドッ、と熊くらいの重量がありそうな足音がする。相当な体格をした獣だ。

 アルスは剣の柄に手をやる。ナハティガルは、ぷぅっと羽毛を膨らませた。


 ――向こうから、大きな狼のような体をした魔獣が見えた。確かに人間ではあんなものに太刀打ちできないだろう。

 赤い目が向けられた時、アルスもゾッと身を竦ませた。


「……三体、います」


 ラザファムが向こうを見据えたままで言う。


「ここで逃がして町に向かったら、被害が出るかもしれない」


 なるべく食い止めなくては。

 できるだろうか。


 アルスたちは唸る獣にばかり目を奪われていたが、いつの間にか魔獣たちの後方に人影があった。

 黒い衣、黒い髪、黒尽くめの姿――。


 その青年は、昔の面影を未だしっかりと留めていた。

 幾分逞しくなり目つきに鋭さが増したとしても、アルスが見間違えるはずがない。


「クラウス?」


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