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Blue Bird Blazon ~アルスの旅~  作者: 五十鈴 りく
第4章 君を想い
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9◆安宿

 ラザファムが選んだ宿は、宣告通り小さなところだった。

 経年劣化による黒ずみが目立ち、パッとしない。看板の字も読みづらかった。宿を探している旅人でも素通りしてしまいそうだ。


 けれど、だからこそ、こんなところに王族がいるとは思われないだろう。そういう意味では都合がよかった。

 部屋も空いており、ふた部屋取れた。築年数が経っているからといって不潔ということもない。ベッドのシーツも綺麗なものだった。


 アルスは部屋に入るなり、そのベッドの上に転がりたくなった。願望に従うと、ナハティガルはアルスに潰されるのを回避し、パタパタと飛び上がって、それからアルスの背中に降ってきた。


「魔獣だよ、ま・じゅ・う!」

「うん、クラウス大丈夫かな……?」


 それを言ったら、ナハティガルはアルスの背中の上で何度も弾んだ。


「クラウスもだけど、アルスだって危ないんだから。考えなしに突っ込むのはナシだからね! ちゃんとラザファムの言うこと聞いて動くんだからね!」

「そう子供扱いしてくれるな。私だってちゃんと生きて帰りたいんだから」

「あったり前でしょぉが!」


 そう言ってひと際大きく弾んだナハティガルは、うつ伏せになっていたアルスの顔の前にポスリと落ちてきた。ドングリ眼の顔をグイッと近づける。


「ボクはね、アルスが一番なの。アルスは絶対絶対無事じゃなきゃ。そこんトコ、わかってよ」


 アルスはそんなナハティガルの頭をポンポンと叩いた。


「ありがとな、ナハ」


 やっぱり、ナハティガルがいるとほっとする。うるさいし、音痴だけど、アルスにとっては心の支えだ。

 クラウスにもナハティガルのような守護精霊がいたらよかったのに。そうしたら、この心配も少しは軽くなる。




 部屋で横になってウトウトしていると、部屋の扉が叩かれた。


「アルス様、お食事の時間ですが?」


 ベッドが心地よくて時間を忘れていた。アルスは慌てて飛び起き、扉に駆け寄る。ナハティガルも飛んできてアルスの頭にちょんと乗った。


「悪い、ぼうっとしてた」


 扉を開けた先にいたラザファムは苦笑しただけだった。精霊を誰も連れていない。姉たちへの報告に精霊を飛ばしたのだろう。


「食欲はありますか?」

「ああ、問題なく」

「それはよかった。では食堂へ行きましょう」


 さりげない受け答えではあるけれど、時間になってもアルスが部屋から出てこなくてラザファムには色々と心配させてしまったのかもしれない。ラザファムのようになんでも気が利いて繊細過ぎると疲れないのか、それこそアルスの方も心配になった。




 小さな宿の食堂なので、席など選べない。玄関から近い場所しか空いていなかった。

 黒板に書かれたメニューは三種類で、どれも美味しそうだから、その三択ですら迷ってしまった。


「よし、本日のオススメにしておこう」

「わかりました」


 アルスは先に席を取りに行き、ラザファムは注文してからアルスの向かいに座った。

 運ばれてきた食事は、鶏と香味野菜のグリル、オニオンスープ、サワークリーム添えのバゲットが二人分。熱した熱い鉄板に載ったグリル焼きは鶏肉の脂が軽くパチパチと跳ねていていかにも美味しそうだった。その旨味のある脂を吸った野菜もこんがりと綺麗に焼けている。


 ナハティガルは食事の際はすることがなくて暇そうだが、とりあえずちょこんとテーブルの角に停まっている。


 こうした宿の食事は城で出てくるものとは違うけれど、アルスは十分美味しいと思う。だから、城に帰ってからも懐かしくなってまた食べたくなる気がした。


 食事をしている時、食堂の給仕係の女の子たちがラザファムを見てキャッキャと騒いでいた。しかし、だからといってラザファムが愛想を振り撒くわけではない。どちらかといえば鬱陶しそうですらある。

 アルスを連れているから目立ちたくないのだろう。


 アルスは王族で人前に出ることも多かったから、人から見られることにはある程度慣れているが、ラザファムは不躾な視線が不愉快らしい。


 早く食事を切り上げた方がいいかとアルスも喋らずに無言で食べた。

 そうして、あと少しというところでやかましい音を立てて宿の扉がバンッと開いた。外を吹き抜ける風が宿の中、あたたかい空気を押し出すように侵入してくる。寒い。


 早く閉めてくれとアルスが思った時、その男たちはこちらに向かってきた。


「ああ、クルーガー様! ようやくお会いできました!」


 ラザファムは眉根を寄せて振り向いたが、そこにいた男に見覚えはないようだった。


「……あなたは?」


 ラザファムは、アルスを隠すように立ち上がる。声が不機嫌そうだ。

 その中年の男は、顔のパーツがどれも大きめで押しの強そうな印象だった。黒いコートは仕着せらしく、紋章が入っていてそれで大体のことはわかった。彼らはニーダーベルガー公の使用人だ。


「私はニーダーベルガー公爵家の執事でサンドロと申します。あなた様がヴァイゼに来訪されたとの報せを受け、我が主より当家に招待せよと言い遣って参りました。あなた様のようなお方が、まさかこのような安宿を選ばれるとは思いもせず、お探しするのに手間取ってしまいましたが」


 安宿と堂々と言われても、公爵家執事が相手では怒れないのだろう。宿の人々は何も言わなかった。

 ラザファムは伯爵家の次男で、本来であれば公爵にそこまで礼を尽くされる身分ではない。彼の持つ肩書、精霊術師が効いているのだ。魔獣が出たという今この時だからこそ、精霊術師をなるべく長く引き止めておきたいと。


 しかし、目立ちたくないこちらとしてはニーダーベルガー公の申し出は迷惑でしかなかった。


「ご厚意には感謝致します。けれど、急ぐ旅の途中故にて、ご挨拶は控えさせて頂きます。どうか非礼をお許しくださいとお伝え願えますか?」


 ラザファムが淡々と返しても、サンドロは引かなかった。


「いえ、それでは私が叱られてしまいます。どうか一度お越し頂かないことには私も戻るに戻れません」

「そう仰られても、僕にはどうすることもできません」

「グロリア様もお待ちでございます」

「…………」


 ラザファムが抑えきれないのか大きなため息をついた。


 ――グロリア。

 グロリア・ニーダーベルガーは公爵令嬢だ。確かアルスのひとつ年下だった。


 少しつり目がちな可愛らしい容姿をしていた。ただし、何から何までアルスとは性質が真逆で反りが合わないのは認めてもいい。


 あの高飛車な令嬢がラザファムを待っていると。身分が劣る男など興味を持たないのかと思えば、そうでもないらしい。


 アルスが興味津々の目で見たせいか、それに気づいたラザファムはこれ以上ないほど、青筋を立てて笑顔を作り、そうしてサンドロに告げた。


「どうぞお引き取りください。グロリア様にも急ぎの用がありますのでとお伝えください」

「し、しかし……」


 ラザファムの顔が怖かったのか、サンドロの勢いが削がれた。

 アルスはその隙に立ち上がり、サッと席を立つ。ラザファムもそれに続いた。サンドロも二階にまではついてこなかったのでほっとした。


 アルスは廊下でラザファムを見上げる。


「大人気じゃないか、ラザファム」


 からかったわけではないのだが、ラザファムは少しムッとしたように見えた。


「何をのん気なことを仰っているんですか? 公爵家の誰かと遭遇したら、さすがにあなただと見破られますよ」

「あっ、そうだな」


 ナハティガルがアルスの肩からラザファムの肩に飛び移り、ラザファムの顔を覗き込むようにしながら言った。


「ねーえ。グロリア様ってさ、エンテを女の子にしたみたいなカンジじゃなかった?」

「あー!」


 ほんとだ、とアルスは手を打った。この場合、失礼なのはどちらに対してだろう。

 ラザファムはなんとも言えない表情をしている。


「そう、かな……」

「うん。ツンとしてるし。ラザファム、仲いいの?」

「いや、そうでもない」


 ナハティガルは、ふぃぃん、とよくわからない声を発してアルスの肩に戻ってきた。


「会いに行きたいのなら、私は宿で待っていてもいいんだぞ」


 そこでラザファムに睨まれた。


「会いたいなんてひと言も言っていませんよ。大体、以前にちゃんとお断りし――」


 その先をラザファムは呑み込んだ。表情が苦々しい。

 断ったと。

 断わったのは、茶会の招待程度のことではなさそうだが。


 ――妙な沈黙が続く。それに耐えきれなくなったナハティガルがアルスの肩の上で足踏みしながら言った。


「んまぁね。グロリア様にラザファムは勿体ないし。いんじゃない?」

「本人がいないからってひどいな」


 そうは言いつつも、アルスも同意見だったので少し笑ってしまった。


 ラザファムには幸せになってほしいと心から思う。それは公爵令嬢を娶って箔をつけるというようなことではない。

 彼の心を最も尊重できる相手がいればいい。


ま・じゅ・う!

「まんじゅう」って読んだ方、手を挙げてください(/・ω・)/

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