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Blue Bird Blazon ~アルスの旅~  作者: 五十鈴 りく
第4章 君を想い
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6◆検問

 日暮れの頃にはヴァイゼの正門が見えてきた。他の町よりも外郭が高く堅牢なのは、やはり国境が近いからだ。それから、野盗などの襲撃にも備えていると聞く。


 この町の領主は、クラウスのリリエンタール公爵家と肩を並べるニーダーベルガー公ではなかっただろうか。アルスにとって母方の親戚筋ではあるのだが、懇意にしているかと問われるのならば答えは否だ。


 堅苦しいし、貴族意識が高すぎる。ベルノルトを低く見るような嫌味な物言いが嫌いだった。だから、表面上の挨拶くらいはするけれど、それだけだ。


 とはいえ、ニーダーベルガー公爵家は歴史ある名家で、それ故に交易の要衝であるヴァイゼの町を任されている。

 ニーダーベルガー公は五十代の細身で小柄な人だ。髪はすでに真っ白だが豊かな巻き毛をしている。アルスはその後姿を見るたび、頭に毛足の長い猫を乗せているようだと失礼なことを考えていた。


 ニーダーベルガー公が敵視していたリリエンタール公の嫡男とアルスが婚約した時、きっと臍を噛んでいた。祝いの言葉は送られてきたけれど、紋切り型で極力感情を込めないようにしてあると思えたものだ。


 ここに来るまで存在を思い出しもしなかったけれど、ここでもしあの一家と鉢合わせしたら、さすがにアルスだと気づくだろうか。


「ここにはあんまり長居しない方がよさそうだな」


 アルスがぽつりとつぶやくと、ラザファムもうなずいた。


「そうですね。人が多いということは、それだけ問題も起こりやすいということですから」

「……それ、私が問題を起こす前提で言ってないか?」

「そう聞こえたのでしたら、アルス様の日頃の行いによるところかと」

「でしょ? アルスってば絶対なんかやらかすし」


 守護精霊のくせにナハティガルが庇ってくれない。ラザファムの小言からアルスを救う気はないらしい。仕方がないから自分で反論する。


「うるさいな! 私は私の考えがあってだな」

「アルス様、町に入りますのでどうぞお静かに」

「ぐっ……」


 やり場のない言葉を、アルスは拳を握りしめて呑み込んだ。

 正面に見える町の玄関は、徒歩で来てみると圧倒されそうだ。田舎者のように、その外郭の高さを見上げてしまう。やはりここは他の町とはまるで規模が違う。軽く見積もってもデッセルの町の三倍はある。


 町を囲む外郭は強固に石を積み上げて作られていた。そこにある門も鉄製で、城のものと同じくらいではないだろうか。

 当然、番兵も厳しい。鉄兜の番兵が二人をギロリと睨んだ。


「お前たちはどこから来た? この町に何の用がある? まずは名を名乗れ」


 いきなりそんなことを言われた。他の町でここまで厳しい検問はなかったのだが。

 ラザファムはアルスの方を見ないまま、落ち着いて答える。


「僕は精霊術師のラザファム・クルーガーだ。ここへ来た要件については機密によって他言できない。僕の身元を疑うのであれば、ニーダーベルガー公に確かめて頂いてもいい。何度か顔を合わせたことがあるので、覚えていてくださるだろう」


 ラザファムは、身分を一切偽らなかった。下手なことを言えば余計に怪しまれるからだろう。

 ここにラザファムがいたとして、別に怪しいことは何もないのだ。こんなところにいておかしいのはアルスの方である。


「精霊術師の……」


 そこでラザファムはヴィルトを呼び寄せる。ヴィルトは心得たとばかりに差し出されたラザファムの腕に停まった。


「精霊ヴィルトだ。よろしく」


 自分で自己紹介をした。トンボが愛想よく挨拶をするのだから、ただのトンボではない。エンテだったらツンとして、愛想を振り撒いてはくれなかっただろう。

 そこでもう一人いた番兵が鉄兜を持ち上げて顔を出した。思いのほか若い。


「お噂は聞き及んでおりましたが、お目にかかれて光栄です」

「ありがとう」


 ラザファムは目を軽く細め、なんとなく笑ったようなという程度の微笑を浮べた。しかし、そんな程度の対応でも、最年少精霊術師という肩書は案外有効らしい。番兵はどこか嬉しそうだった。


「へぇ、精霊っていろんな形になるって聞いてましたが、トンボにもなるんですね。あっ、もしかしてそこの彼女の肩の鳥も精霊ですか?」


 アルスとナハティガルはギクリとした。非常に鋭い質問である。

 しかし、それを認めてしまうとややこしいことになるのだ。アルスはとぼけることにした。

 ナハティガルをグイッと抱き締める。


「これはぬいぐるみだ。どこからどう見てもぬいぐるみだろう?」

「えっ? そう言われてみると……」

「私は間違っても精霊術師じゃないから、精霊なんて連れてない。これはぬいぐるみ」

「はぁ」


 番兵は納得してくれたらしい。

 ただし、ナハティガルが腕の中で怒りに震えている。あとでうるさそうだが仕方がない。


「……じゃあ、通らせてもらうが?」


 ラザファムが言うと、番兵たちはサッと道を譲った。


「はい。今この状況で精霊術師様が来てくださったのはとてもありがたいことです」


 何やら気になることを言い出した。

 ラザファムの表情が険しくなる。


「何かあったのか?」


 そこで番兵は一度呼吸を整え、改めて言った。


「ええ。魔族の獣が出たんです――」


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