5◆心優しい?
ヴァイゼの町に向けて歩く。風は冷たくとも、歩いていると体があたたまった。
途中、向こうからやってくる馬車や旅人もいて、まったく通行人がいないというでもない。
ただ、ラザファムは通行人がいない方が安心だったのかもしれない。人通りが多くなった頃にはヴィルトを呼び出した。
「お呼び?」
つむじ風のように旋回しながら現れたヴィルトは、以前と同じトンボの姿をしていた。
「やっほー、ヴィルト」
アルスの頭の上からナハティガルが挨拶する。ヴィルトも左右に揺れていた。
「ナハティガル、寝てばっかりいたってエンテが怒ってたよ」
「エンテはいつでも怒ってるからいいの」
「それもそうだね」
ハハハ、と精霊たちは笑っている。
真面目なエンテにはこのノリが耐えられないらしい。他の精霊たちはこんなに軽くないのだが、それも個性か。
「ヴィルト、魔族に関わらず、怪しい人間が近くにいないか気にしながらついてきてほしい」
ラザファムが頼むと、トンボのヴィルトは宙返りした。
「はいはい、仰せのままに」
アルスは思わずつぶやく。
「ラザファムは本当に慎重だな」
そうしたら、軽く睨まれた。
「当然でしょう? あなたはご自分が誰だかお忘れになったのでしょうか?」
「忘れるわけないだろ」
「でしたら、お気をつけください。ただの人間から見ても、あなたは利用価値が高いのですから」
「利用価値……」
それは誘拐されたら身代金を要求されるとか、そういう話だろうか。そういう心配はしていなかったかもしれない。
「なるほどな」
何度もうなずいたら、アルスの頭の上のナハティガルがずり落ちた。
「まぁねぇ、ボクがいるけどさ。ボクたち精霊は本来、人間相手には不向きだからね。ほら、心優しすぎて」
アルスの肩をよじ登りながらナハティガルがそんなことを言う。
ふざけた物言いではあるけれど、実際に精霊が好戦的な存在ではないのも事実だ。アルスの危機に際して戦うことはあっても、特殊な力を持たないただの人間を自発的に痛めつけるようなことはしない。
精霊は、人間にとっての〈善〉なる性質。人の命を奪うことはないのだ。
「悪意を持った人間には注意が必要です」
デッセルの町では話が通じなかった。ラザファムが過敏になるのはその経験があるからというのも間違いない。
「そういえばさ、あのデッセル領主のバカ息子たちの力って、ナーエ村で遭遇した魔族みたいなヤツが与えた力なのかな? あの治療師みたいに。だから跡形もなく消えたのか?」
あの領主館の地下にベーレント親子三人はいなかった。ナーエ村の治療師も魔性の強いトラウゴット草の種を飲み、体が消え失せてしまった。
人が魔に近づくというのはやはり無理があることなのだろう。
しかし、時々例外がいる。多分、クラウスのような――。
そんな適性をクラウスは望んでいなかったはずだけれど。
道は埃っぽいが、歩くには困らなかった。
ただ、偉そうに道のど真ん中を走る馬車のために時折道を譲って脇に避けてやった。
「おわぁ! 何あの馬車! 急いでるのか知らないけどさ、暴走一歩手前の爆走じゃないかぁ! コチトラ誰だと思ってるのさ!」
ナハティガルがプンスカ怒るほどには運転の荒い馬車だった。
自分たち王族も同じことを――いや、護衛だなんだと、もっと道を塞いで通行の邪魔をしたりしていたのだろう。
馬車の外から見たことがなかったのでなんとも思っていなかったが、詰まることなく進めたのは国民たちが優先して道を開けてくれていたからか。今更だが、そこに気づけてよかったと思う。
「まあ、今の私はただの旅人だからな。仕方ない」
軽く笑って流したが、ラザファムは何か引っかかっているようだった。
「あの馬車は、何をあんなに急いでいたのでしょうね?」
「オナカ下したんじゃない?」
ナハティガルがケッと吐き捨てた。
自称心優しい精霊にしては辛辣である。