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Blue Bird Blazon ~アルスの旅~  作者: 五十鈴 りく
第4章 君を想い
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1◆女王の評判

 ――クラウスに会えたら、まず何を言おう。

 アルスは旅に出る前に、二年かけてそれを考えた。


 あの事件から、アルスが何も知らないうちにすべて進んでしまって、クラウスのためにできることがなかった。だから、ノルデンへ行く前に引き止めてあげられなくてごめんと、それを言うべきかと思った。

 まずは謝罪を、と。


 けれど、どうしてアルスに何も言わずに行ってしまったのだと言いたい気持ちもある。仕方のないことだったのかもしれないが、アルスに会いたいと食い下がってほしかった。


 多分クラウスはそんなことはひと言だって言わずに、聞き分けよくノルデンへ向かってしまったのだという気がしている。

 それは気遣いなのか、恐れからなのか――多分両方だろう。


 クラウスの見た目が変わってしまったくらいでアルスが拒絶すると思ったのなら、それはひどい侮りだ。きっと以前の関係を保つのは無理だろうと諦めたのなら、クラウスはアルスのことを何もわかってくれていない。


 言いたいことはありすぎて、ひと言ではとても言えないのだけれど、何よりも優先して言わなくてはならないことはひとつで、とても単純なのかもしれない。


 ただ、会いたかったと。

 それが一番大事なことだ。クラウスにはそれを知ってほしい。

 無理だと離れる選択をするのではなく、クラウスの方からも手を伸ばしてほしい。




 ――なんて、そんなふうに自分たちのことばかり考えていられない世の中だったらしい。

 アルスは世間を何も知らず、城の中で安全に過ごしていたから、考え方のすべてが甘いのだ。

 ユング村へ辿り着いた時にそれを思い知らされた。


「なんだこれ……っ」


 ユング村はルプラト峠から最も近い村だが、あえて峠を越えていこうという者の方が少ないはずだ。どちらかと言えば、距離はあれどもなだらかなルートを選ぶ者が多い。


 そうすると、どうしても馬車や馬での移動となるために拠点はこの先のヴァイゼの町になり、ユング村はそれほど重要視されない。農閑期には村人たちもヴァイゼの町に働きに出るという。

 今は秋で多くの農産物が収穫を迎える。農家としては繁忙期だ。だから、もっと賑わっているものと思っていた。


 ある意味騒がしくはあったけれど、それは騒動が起こったが故の騒がしさだった。

 村の入り口から見える畑は荒れていた。収穫後だからではないと思えたのは、本当に畑がぐちゃぐちゃだったからだ。農家の人間が大事な畑を荒らしたままにしておくのも不可解だった。


 土はめくれ、野菜の屑は散乱し、柵は壊れて板があちこちに突き刺さっていた。そんな畑の手前で村人たちは憤慨している。


 農作物泥棒が出たのかと思ったが、その泥棒は人ではないようだった。

 アルスたちは恐る恐る村人たちに近づく。


「これ、どうしたんだ?」


 挨拶もそこそこに訊ねたアルスに、村の男たちは強張った顔を向けた。


「どうって、魔族だよ」

「えっ、魔族っ?」


 アルスはそのひと言にギクリとしたが、村人たちは構わずに続けた。


「ああ、(むし)が食い荒らしていった」

「昔からこういうことがなかったわけじゃないけど、ここ数年で被害は格段に増えたな」


 それはルプラト峠に出没したあの蟲だろうか。アルスたちがすべて仕留められなかったからいけないのか。もしくは、峠に蟲が飛んできた時にはここで食事を済ませていたのかもしれない。


 せっかく手をかけて育てた農作物を台無しにされて、村人たちがやるせないのも当然だった。アルスはとっさにどんな慰めの言葉をかければいいのかわからず、その場で戸惑っていた。

 そうしたら、村人の一人が吐き捨てた。


「今の女王になってからだ。前の王様の時はこんなじゃなかった」

「へっ?」

「俺たちが苦しんでいてもお構いなしだ」


 アルスはこの村人は何を言っているのだと目を(しばたた)いた。しかし、その場の誰もが不敬を(たしな)めない。すぐ目の前にいるのが王妹だと気づいていないのだ。

 それらは、気づいていないからこその本音だった。


「たった二十二、三の若い娘に国を治めるなんて無理なんだよ。国民がどうなるかより自分が綺麗に着飾ることの方が大事なんだろ」


 姉はいつも民を憂いて悩んでばかりいる。その心が少しも伝わっていないことに驚いた。


「しかも、旦那はアレだろ。ピゼンデルから来た愛玩奴隷だ。大層な美形らしいから、女王様もまいっちまったのかもしれねぇけどよ、ろくな教育も受けてねぇんだろ。それこそ(まつりごと)なんてできるわけねぇじゃねぇか」


 義兄ベルノルトは、確かに奴隷とされていた時には書物さえ読ませてはもらえなかったという。だからこそ、レムクール王国に来てからは寝る間も惜しんで学び続けた。今はこの国で精霊術の第一人者となっている。

 それがどれほどの努力の賜物であったか、彼らが知るはずもない。苦労もなく地位を手に入れただけだと言う。


 ナハティガルはアルスの肩で首を縮めたり伸ばしたりしている。ただの鳥のフリをしているので喋れないが、今にアルスが暴れ出すと焦っているのだ。


 ただの村人相手に王族が怒鳴り散らすようなことをするはずはない。

 ――しかしだ。今のアルスはただの旅人である。

 王妹であるという事実はちょっとだけ横に置いておき、アルスは感情のままに低い声を絞り出した。


「お前ら、自分が何を言っているのかわかっているんだろうな?」


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