18◆誠意と献身
嫌な夢を見るたび、クラウスはアルスの顔が見たくなる。無事を確かめたくなる。
いつまでもそれではいけないのに。
アルスのというよりも、付き従っているナハティガルの気配が感じ取りやすい。
クラウスはシュランゲと共にレムクール王国へと赴いていた。自分の故郷だというのに、舞い戻る際にこんなにも罪悪感を覚えなくてはならないのが悲しい。
アルスはルプラト峠を越えていた。こうなると簡単には帰れない。こんなにも遠くまで来たのだ。
夕闇の中、野宿をしていた。王族が野宿なんてと思うけれど、アルスなら面白がって自分からやると言い出しそうだ。
「精霊が二体もいます。あまり近づくと気づかれるかもしれません」
「ああ、そうだな」
ラザファムが甲斐甲斐しくアルスの世話を焼いている。クラウスが魔の国に入って二年、こうして見るとラザファムもその二年の間に少し逞しくなった。
アルスと共にいると様になる。そのことにアルスはいつ気がつくだろう。
――もし、クラウスがラザファムの立場なら、ラザファムのようには振る舞えない。
どうすれば自分にアルスの気持ちが向くのか、それを考え、努力したはずだ。
ずっと、ラザファムの想いには気づいていたけれど、クラウスもラザファムもそれについては何も言わなかった。アルスの婚約者を決める時、志願者は後を絶たなかったのに、その中にラザファムはいなかった。
ラザファムはそういう男なのだ。想いを募らせていながらも、何が相手にとっての最良かを考えてしまう。自分では釣り合わないと自分を過小評価する。
だから、クラウスはラザファムの気持ちを知りつつも、自分だけがアルスの婚約者に立候補した。クラウスは誰が相手だろうとアルスを譲ることはできないと考えたからだ。
そこがクラウスとラザファムの違いだった。想いの強さは同じだとしても。
けれど、今は――。
もうアルスと共にいることができないのなら、アルスを任せてもいいのはラザファムだけだ。
そう思うしかない。それなのに、嫉妬しないでいられない。狭量な自分は、心の奥底ではいつまでもアルスがクラウスを忘れずにいてくれることを願っている。
こんなことでは駄目なのに。
もう、アルスに会いに来てはいけない。
――いいや、もう一度だけ会わなくてはならない。
それは、他の誰でもないアルスのために。アルスに嫌われるために、最後にもう一度だけ会わなくてはならない。
そうでなければ、アルスは諦めない。地の果てだろうと来てしまう。
それが恋慕からであればまだしも、アルスのそれは半分が罪悪感なのだ。
クラウスはアルスにそんなものを抱えて生きてほしくない。アルスが自分の足で、自分の踵を返してクラウスに見切りをつける必要がある。
後のことはクラウスが考えることではない。
傷ついたアルスの心は、ラザファムの誠意が癒し、その献身で支えていくのだろう。
「帰ろう」
断腸の思いで言葉を絞り出す。シュランゲは、はい、とだけ答えた。
魔王候補となり、魔術を学んだ今、クラウスが幼少期から習っていた剣術の必要性がなくなってしまった。
それでも、使いもしない剣を腰に佩いている。こんなことをしているから、いつまで人のつもりでいるのだと、ダウザーに笑われてしまうのだ。
あの頃に戻りたい。
そんな願いは叶わないと知っているのに。