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Blue Bird Blazon ~アルスの旅~  作者: 五十鈴 りく
第3章 心を支えて
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15◆夢

 クラウスは夢を見ていた。

 悪夢だと言えるだろう。アルスと引き離された後のことだ。

 何度も繰り返し同じ夢を見ているのに、もういいということはないらしい。


 あの時、ダウザーはクラウスを連れて転移術を使って飛んだ。あの時のクラウスは魔族にそんなことができるとは知らず、ただ恐れおののいてレムクール王国の未来を憂慮した。


 瞬く間に魔の国の、それも王城へ連れてこられたのだと知って愕然としたが、帰る術はなかった。ここでクラウスが冷静でいられたのは、クラウスと同じ年頃の少年があと三人いたからだ。クラウスを含めて四人ということになる。


 皆、整った顔立ちをしているばかりか、この状況でも取り乱さないだけの胆力があった。

 魔族も人と同じような居城に住んでいるようだが、魔の国はいつでも薄暗かった。


 魔族は明るい色を好まないのかもしれない。黒や紫、紺、部屋に使われている部屋は暗色ばかりだった。ランタンの炎までもが青い。


『僕はクラウス・リリエンタール。レムクール王国の者だ。君たちはどこから来たんだ? 名前は?』


 クラウスが訊ねると、髪の長い怜悧な印象の少年が答えた。


『ループレヒト・ロルフェス。レプシウス帝国から連れてこられた』

『わ、私もレプシウスから。エメリッヒ・セルギウスだ』


 エメリッヒは茶髪で線が細く、どこかラザファムに雰囲気が似ていると感じた。


『ハロルド・クルーゲ。ピゼンデルから来た』


 ハロルドはクラウスと同じ金髪で、年齢はひとつふたつ上のように思えた。皆で情報交換をすると、皆が同じように人型の魔族に連れてこられたと言った。


 その部屋にクラウスを連れてきた魔族、ダウザーが来た。皆、途端に口を開けなくなり、その場で固まった。

 そして、その場で告げられたのは――。


『お前たちは見込みのある者たちだ。故に、この中の誰かが魔王になる可能性を秘めている』


 その言葉だけで納得した者などいなかった。一体何を言うのかと。

 ダウザーはさらに続ける。


魔の国(ラントエンゲ)もまた代替わりせねばならない時期にある。そのために後継者を育てる』

『我々は人間だ。人間が魔王なんて……』


 クラウスは緊張で喉が渇き、それを言うのがやっとだった。


『い、家に帰してください!』


 エメリッヒが懇願しても、ダウザーは聞き入れなかった。


『諦めろ』


 帰れないと言う。こうなった以上、本当に帰れないのだろう。

 これほど魔族に近づいた者を国民はどう思うだろうか。まるで伝染病でも抱えて戻ったかのように忌避する気がした。


 けれど、クラウスが戻らなければ、アルスがどれほど苦しむのかもわかっていた。アルスのためにクラウスができることは何か。手に汗を滲ませながら考えた。

 そして、決意を固めて口を開く。


『ここに戻れと言うのなら戻る。だからどうか、近しい人に別れを告げる時間をくれ』


 それだけでもいい。クラウスは多くを望めないのだ。クラウスが魔族に攫われたままではないと示すため、もう一度だけ国に戻れたらそれでいいと思うしかない。


 目を逸らさず、まっすぐに言い放ったクラウスにダウザーは満足したのだろうか。口の端を持ち上げてみせた。


『必ず戻ると? それならば監視をつけるという条件で、ほんの少しくらいは帰してやる』


 この時、クラウスにつけられた監視というのが黒蜥蜴のシュランゲであった。本物の蜥蜴ではなく、魔族である。

 不思議なことに、シュランゲは理知的だった。落ち着いて話せる相手でもある。

 アルスと守護精霊のナハティガルのような関係に思えて少し救われた。




 そうして、クラウスが一度家に戻るまで、どれくらいの時を魔の国で過ごしたのかがよくわからなかった。

 時間の感覚が人の世界とは違うように感じられたのだ。それは光が乏しいせいかもしれない。


 食事は人の子のためのものではあったけれど、水が合わないというのか、いつの間にか自らの体内に入り込んだものがもとの自分を蝕んでいくような感覚があった。


 事実、一時的に家に帰ることができたものの、クラウスは魔の国に染まっていた。黒髪に青白い肌をしたクラウスが帰還した途端、両親はクラウス以上に青ざめ、誰にも会わさず部屋に閉じ込めた。


『人の親というのは、苦難の末に戻った子にこのような仕打ちをするものなのですね』


 シュランゲの言葉に皮肉が混ざる。


『うちは公爵家で、僕は王女の婚約者だ。普通の家庭のようにはいかない』


 そう口に出したのは、自分を納得させるためだったのかもしれない。

 再び現れた父は、硬い声で決別を述べた。


『王女殿下との婚約はなかったものとする。お前は誰にも会わぬままノルデンへ行け』


 ――ノルデン。最北の地。

 罪人の流刑地でもある。


 今のクラウスは家の恥でしかないのだ。

 どうせ、ここには残れない。これからクラウスは魔族と共に生きるしかなかった。それならば、家族にどう思われようと同じことだ。むしろ嘆かれなくてよかったのかもしれない。

 後ろ髪を引かれるような未練は少ない方がいい。


 クラウスは何も言わず、ただ頭を下げて屋敷を出た。粗末な馬車に揺られながら思う。

 これで事情を聞いたアルスはクラウスのことを諦めるだろう。魔族に連れ去られたままではないと知り、行方を捜したりはしないはずだ。


 アルスは自分を責め続けて生きないで済む――そう信じたかった。

 これはクラウスができる最後のことだった。




 ノルデンへ着いてすぐ、ダウザーが迎えに来た。

 約束通り、クラウスは拒まなかった。

 そして、魔の国の王城にてクラウスは新しい生活を強いられた。他の少年たちと共に魔族が使うような術を学ぶのだ。


 ただし、クラウスが戻ってから皆の態度は最初のように友好的なものではなくなっていた。一番変わりなかったのはループレヒトだろうか。彼は淡々としていて最初から馴染まない。

 ループレヒトは馴れ合いを好まないのだ。


『魔王になれなかったヤツは、だからといって人の中にも戻れない。僕たちは同じ境遇の仲間じゃなくて、蹴落とし合う敵なんだよ』


 そうかもしれない。

 死を選択する者もいたのだという。ダウザーが連れてきた候補は本来であれば五人だったと。


 クラウスがそれをしないのは、国の、アルスのためだ。

 このままではレムクール王国は滅ぶ。それは不可避の現実だ。


 だからクラウスは死ねないと思った。魔王になる決意をした。

 魔王になりさえすれば魔族を統率することができる。

 それだけが唯一の道と言えた。


 ただし、アルスとは二度と会えない。その覚悟は必要だった。

 そのはずが、アルスは安全な城をクラウスのために飛び出してしまった。


 愛しい、ただ一人の、たった一人の少女。

 彼女のためにならなんだって差し出せる。けれど、アルスにはクラウスのために何かを差し出すようなことはしてほしくない。


 ――この過去を繰り返し夢に見て。そして。

 その最後に横たわるアルスがいる。


 息が詰まって飛び起き、夢であることに安堵し、涙を零す。

 光が差さないこの場所で、安らかな眠りが訪れることはもうないのかもしれない。


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