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Blue Bird Blazon ~アルスの旅~  作者: 五十鈴 りく
第3章 心を支えて
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14◆まだ遠く

 ナハティガルがようやく目覚め、アルスは子供のように泣きじゃくっていた。

 アルスとナハティガルには、他の王族と守護精霊のそれよりも強い絆を感じる。そのことが精霊術師としてラザファムには興味深くもあった。


 それ以上に落ち着いてからの、雨上がりの後のようなアルスの笑顔に安堵した。

 アルスからローブを受け取り、羽織り直す。ケースの中の〈お守り〉も無事なようだ。

 ラザファムは自嘲してから気を引き締め直した。


 あまり一ヶ所に立ち止まっていると、また蟲が舞い戻ってくるかもしれない。そう考えて、早く峠を越えられるように歩き出した。

 疲労は色濃く体に染みつくようだったけれど、そんなことは言っていられない。


 クラウスのような才能のないラザファムには、あの程度の武器が精々だったが、それでも勉強の合間に的中率を高めるよう練習は欠かさなかった。

 必ずしも精霊が精霊術師の声に応えてくれるとは限らない状況だってある。そうした時、何もできない自分ではいけないと思った。


 特に二年前から。

 クラウスでさえ太刀打ちできない存在に襲われた際、ラザファムができることなどたかが知れているけれど。それでも、稽古を行っておいてよかったと今日ほど思った日はない。


「へぇぇ。ほぉお。ふぇぇ」


 ナハティガルはアルスからこれまでの経緯を聞かされ、真面目に聞いているのかよくわからないリアクションをしていた。


 ただし、アルスはナハティガルを川に落としてしまって慌てて飛び込んだ話を割愛した。そんなことを言ったら、ナハティガルに怒られるだけだから。ラザファムも黙っていてあげることにした。


「ルプラト峠ね。あんなに魔族が多いなんてさ、びっくりだよ」


 ナハティガルはアルスの肩の上で何度もうなずいている。


「私もここまでひどいとは思わなかった。まだノルデンに辿り着いてもいないのにな。姉様もなんらかの対策を考えているはずだけど、もっと急がないといけないのかもしれない」


 アルスが知らなかったように、女王もまたここまでの被害を把握していないのかもしれない。もしくは、対策が間に合っていないのか。魔族に対抗できるのは精霊だとしても、精霊術師の数は少なすぎる。それに、争いを好まない精霊を常に戦わせるのも気が引ける。


 この時、どこにいるのかわからないくらいに静かだったイービスが下りてきてラザファムの腕に停まった。


「ここからならばノルデンが見える」


 イービスの言葉に、アルスはハッとして足を止めた。風が強く吹き、アルスの髪をなびかせる。遮るものがない見晴らしの先には、暗闇が凝っていた。

 ラザファムもアルスと並んで立つ。岩肌を撫でる風の音が心を乱すようだった。


 ノルデン――。

 まだ遠いあの場所にクラウスがいる。


 こうして見ると、思いのほか小さく感じられた。それというのも、魔の国(ラントエンゲ)との国境が近いせいで、暗い雲が流れるから全体まではっきり見えないのだ。高い塀と大門の他に大きな建造物などはほぼなく、木造のあばら家ばかりが立ち並ぶ。あんなものは魔族に襲われたらひとたまりもないだろう。


 あの薄い壁の家屋で魔の国の脅威に怯えながら過ごしているのだとしたら、気が狂いそうになる。

 それよりも北――魔の国まではとても見通せない。それこそ、闇がどこまでも続いている。どこが地の果てなのか、人には知りようもない。


「ナハ、イービス、大気に魔の気配は濃いか? 具合は?」


 精霊は人よりも敏感に魔の気配を受ける。魔を浄化する力は持つが、逆に疲弊させられることもある。ノルデンへはベルノルトも精霊を遣わそうとはしなかった。


「ボクは全然平気」


 ナハティガルが羽を手のように上げた。アルスはボソリと、


「よく寝たからな」


 なんてことを言った。

 イービスは目を少し細める。


「この程度ならば問題ない。しかし、より近づいたならばわからぬな」


 ぼうっと、暗いノルデンを眺めているアルスの横顔。

 その唇が微かに動く。なんとつぶやいたのか、声に出さずとも読めた。


 クラウスと共に帰る。それがどんなに難しいことか、アルスも十分わかっている。それでも諦められないだけだ。


 アルスの願いが叶えばいいと思う。

 その時、ラザファムの心が別の痛みを抱えるとしても。


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