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Blue Bird Blazon ~アルスの旅~  作者: 五十鈴 りく
第3章 心を支えて
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10◆大事な

 昨日に引き続き、服がまた水浸しになった。アルスに続いて川に飛び込む前に、水を含むと命取りになりそうなローブは脱いだけれど。


 ひ弱な子供だったラザファムだが、クラウスと親しくなってから体を動かす機会も増え、川遊びもした。クラウスに泳ぎを教わったので、まったく泳げないこともない。

 ラザファムが飛び込まずともエンテがアルスを助けられたはずだが、何もしないで見守るだけでは苦しかったから、泳げてよかった。


 アルスが着替え終わるまで、ラザファムは外で寒さも覚えつつ、せめて髪くらいは拭いておこうと荷物から綿布を取り出す。

 すると、すぐに川を渡って引き返すには疲れているのか、ヤソンが舟のそばからラザファムに声をかけた。


「なあ。……その、悪かったな」


 こちらの方が迷惑をかけたはずなのに、何故か謝られた。むしろ怒られても文句は言えないところだ。


「何も謝られるようなことはなかったが?」


 濡れそぼったまま答えると、ヤソンは気まずそうに頭を掻いた。


「いや、俺、女の気を引くことしか頭にねぇようなチャラチャラした男が嫌いでな、あんたのこともそういうヤツなんだと思ってて……」

「……」


 誤解だと言いたいけれど、気を引きたい女性がいないわけではない。たった一人、とてもなびいてくれない相手だが。

 ラザファムが黙ると、ヤソンは苦笑した。厳つい顔に愛嬌が生まれる。


「でも、彼女を助けに躊躇いなく川に飛び込んだあんたの行動には恐れ入ったよ。あんなの、頭空っぽの軽い男にゃ無理だ」

「それはどうも」


 ラザファムは勇敢ではない。むしろ臆病で、危険は可能な限り回避して進みたいと慎重な姿勢でいる。その枠に嵌ってくれないアルスのおかげで、ラザファムはとっさに度胸を試されるような目に遭うだけだ。


 甲斐被った評価に笑いが込み上げる。そうしたら、ヤソンには真剣な顔をしてこう言われた。


「なりふり構わず川に飛び込めるくらい、彼女のことが大事なんだな」

「それは――」


 言葉に詰まってしまう。間違いなく大事で、だけどそれは口にできない秘めた想いで、人に見透かされたくもない。

 ヤソンは、ニッと大きく顔を崩して笑った。


「頑張れよ。応援してるぜ」


 手を挙げ、ヤソンは再び舟を川へ浮かべた。もう行くらしい。


「ああ、ありがとう」


 ラザファムも手を振った。

 応援されても、複雑な心を抱えるだけなのが虚しいけれど。




 アルスは急いで着替え、すぐに小屋から飛び出してきた。


「ラザファム、お前も早く着替えろ」


 その表情が物語っている。アルスは罪悪感で息もできないほど苦しげだ。

 アルスのために、いつまでも濡れた服でいないで早く着替えてしまわないと。


「わかりました。エンテ、僕が着替えている間、アルス様についていてくれ」

「ええ、任せてください」


 エンテはいつの間にかまた猫に戻っていた。結局のところ、その姿が一番落ち着くのだろう。

 ラザファムが着替えを終えてすぐ、小屋の戸を叩く音がする。


「終わったか?」

「はい」


 二人とも髪まで完全に乾いたわけではないが、とりあえず着替えることはできてほっとした。

 これといって家具のない休憩所の中、板敷きの床にアルスは急に膝を突いて座り込んだ。その横にナハティガルを置く。


「アルス様?」

「……説教されようと思って」


 アルスなりに今回の行動を反省しているらしい。いい心がけだとは思うけれど、ラザファムには説教をするつもりなどなかった。


 少しくらいは怒鳴ってやりたい気持ちはあるけれど、アルスにとってナハティガルがどれほど大事かを思い知らされ、我が身を顧みずに飛び出した気持ちを思えば責めるようなことは言えないから。


 ラザファムも膝を突き、視線を合わせる。


「説教なんてしません。でも、極力危険なことはしないように気をつけてください。あんなことをしていては、どっちが守護者だかわかりませんから」


 叱られると思っていたところ穏やかに諭されただけだったので、アルスは拍子抜けしたようだった。けれど、切ない目をしている。


「ごめん。ナハが流されていくのを見たら、何も考えられなくなって……」

「ええ、わかります。でも、あれではナハが困りますよ」

「……うん。そうだな」


 そう答えてアルスは項垂れた。

 濡れた髪の間から白いうなじが見える。そこに目が行ったことを疚しく思う前に、アルスはパッと顔を上げた。


「ありがとう、ラザファム」


 幾分明るく言ったが、空元気だとわかる。それに気づくくらい、ラザファムは普段からアルスを見ているのだから。

 けれど、それを指摘してはいけない。


「いいえ」


 それだけ返した。そうしたら、アルスは不意に柔らかくささやいた。


「お前がいてくれてよかった」


 そんな言葉をアルスにかけられるとは思わなかった。

 心では動揺していたものの、それを顔には出さない。だから、アルスは何も気づかない。


「一人ででもノルデンへ行くんだって意気込んで、でも私は結局ナハに頼りきっていたんだ。本気の一人じゃ何もできない。情けないけど……」


 ――今ならアルスの手を引いて、帰りましょうと言えたのかもしれない。


 けれど、弱った心につけ入るようなことをすべきではないとも思ってしまう。

 クラウスがそんなラザファムの心を知ったら、きっと馬鹿だと言っただろう。


「……とにかく、旅先で体調を崩したら大変ですから。ちゃんと髪を拭いて乾かしてください」


 当り障りのないことを言ってしまう。そんなラザファムに、アルスは綺麗に笑った。


「うん。ラザファムもな」


 その笑顔が宝物に思えた。それが愚かしいとしても。


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