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Blue Bird Blazon ~アルスの旅~  作者: 五十鈴 りく
第3章 心を支えて
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8◆川渡し

 ファティと子供たちと一緒に食堂で朝食を頂く。

 エンテは一晩でげっそりしていた。ミルクをもらっていたけれど、飲まなかった。本物の猫と違って精霊なので飲めないのだが、子供たちは飲んでくれなくて残念そうだった。


「また来てね、エンテ」


 別れ際、子供たちは名残惜しそうにしていたが、エンテはツンとそっぽを向いた。アルスは苦笑するしかない。


「じゃあ、本当にありがとう。助かったよ」


 ファティにそう言って握手をすると、ファティの目が改めてアルスを見据えた。

 あ――と、アルスはその目の中にあるものを感じた。


「エルナさん、あなたは……」


 そこで言葉を切ると、ファティはその先を呑み込んだ。


「いえ、すみません。どうぞお気をつけて」

「……うん。元気でな」


 アルスの正体に気づいたのかもしれない。それでも余計なことを言わずにいてくれて助かった。

 礼拝堂から離れ、村の中心へ近づいていく。エンテがプリプリと怒っていた。


「ナハティガルはまだ寝ているのですかっ? 私は昨晩、本当にただの猫に成り下がった方が楽なのではないかという目に遭いました。なまじ知性があるだけに、精霊の沽券について考えずにはいられず――っ」


 と、プリプリ怒っていても見た目は可愛い猫ちゃんである。


「おかげで助かったよ。ありがとう、エンテ」


 アルスが声をかけたら、エンテは少しだけ気分を良くしたらしい。尻尾がピンと跳ねる。


「いえ、姫様のお役に立てたのなら光栄です」


 そんなやり取りをしている間にも、ラザファムは通りかかった店で保存食の調達をしていた。まだナーエ村で蓄えた分が残っているけれど、増やせる時に増やしておいた方がいいのだろう。

 保存食を詰め込み、荷物を担ぎ直したラザファムは、道案内の看板を確認して進む。


「この道をまっすぐ進んだ北口に渡し舟の案内所があるようです。とりあえず行ってみましょう」

「そうだな」


 ラザファムに言われるがままにアルスはついていく。

 その案内所とやらは暇そうだった。こんな雨の後に川を渡りたいと無茶を言い出す人などいないということかもしれない。


 そこは簡素な小屋で、看板がなければただの農具入れか何かかにしか見えなかった。

 狭いところに男が一人、窮屈そうに入っている。騎士など屈強な男たちを見慣れているアルスにとっては特別ではないけれど、村の中では大きい方ではないだろうか。


「川を渡りたいんだが、舟を渡してもらえるだろうか?」


 すると、その男はラザファムの顔を見た瞬間に、ケッと吐き捨てかねない嫌悪感の滲む顔つきになった。


「この水嵩で舟なんて出すわけねぇだろうがよ」


 そんなこともわからないのかとでも言いたげだ。いきなり態度がひどい。

 こういう職種には荒っぽい男が多いのかもしれないが、この程度で怯むつもりはなかった。アルスはずいっと前に出る。


「出せないのか?」


 アルスが割って入った途端、男はラザファムに取った態度をすっかり忘れたかのように丸くなった。


「へっ、い、いや、俺の腕があればそうでもなかったりぃ」

「出せるのか?」

「ま、まあ。他のヤツには任せられねぇが、俺の櫂捌きならこの程度の水嵩、なんてことねぇよ」

「それは助かる。じゃあ、頼む」

「あんた美人だから、特別だよ」

「いい心がけだな」


 にこりと笑ってやると、男は見るからにデレデレしていた。すると、ラザファムがアルスの腕を後ろへ引っ張った。


「あの態度はちょっとどうかと思いますよ。信用なりませんね」

「舟を出してくれるっていうならなんでもいいじゃないか。エンテがフォローしてくれるな?」

「ええ、まあ……」


 それでも、ラザファムは何か言いたげだった。気に食わないらしい。

 そんなラザファムの腕をポン、と軽く叩き、アルスは支度をして外へ出てきた男の方へ向かう。

 男は上機嫌で訊ねる。


「俺はヤソン。あんたは?」

「エルナだ。あっちがラザファム」


 男に興味はないとばかりに後半部分は聞き流された。


「エルナさん、じゃあ舟はこっちだ。川まで歩いてもらわないといけねぇけどな」

「ああ、構わない」


 村を出て舟着き場までのさほど長くもない距離を、ヤソンはずっとアルスに話しかけていた。なだらかな坂道になっている。雨の後なので少しぬかるんだ。


 ラザファムは二人の後ろを歩く形になっているが、なんとなく視線が刺さる。もしヤソンがおかしな動きをしたらエンテをけしかけようというのだろうが、彼は暗殺者ではないのだ。殺気など微塵も放っていないごく普通の青年で、エンテの出番はないはずである。


「このペイフェール川は霊峰エルミーラを水源とするから、ひどい雨が降っても川の水が濁ることはねぇんだ。ほら、綺麗なもんだろ?」


 そう言って、ヤソンは前方の川を顎で指した。

 霊峰エルミーラは、義兄ベルノルトの故郷、旧レクラム王国に鎮座する、世界で最も高い山だ。精霊王は天におわすとされるので、精霊王のいる精霊界に一番近い場所が霊峰だと言える。


 ベルノルトによると、レクラムの民はこの霊峰をとても大事に崇めていたという。今、この霊峰はピゼンデル共和国によって管理されているが、他国の者が立ち寄ることはほぼない。それもベルノルトには歯がゆいことのようだった。


 その霊峰に水源があるとされるペイフェール川の水は透き通り、底の方に至っては青紫で神秘的だった。水の力は恐ろしいけれど、こんなにも綺麗な川ならば怖くないような気になってしまうほどだ。

 水嵩は増えているというが、普段を知らないのでよくわからない。


「本当だ。透き通っていて川底まで見えそうだな」


 アルスがそう答えると、ヤソンはまるで自分が褒められでもしたかのように誇らしげだった。


「じゃあ、ちょっと支度してくらぁ」

「ありがとう」


 川のそばの陸地に舟を伏せて繋いである。本当に小さな舟だ。乗れても四人までといったところだろう。

 手伝おうかと思ったが、ヤソンは手慣れたものでさっさと舟をひっくり返し、舟の下――竜骨部分に丸太のようなものを並べて川の方へと押した。舟は半分だけ川に浸かる。


「さっ、乗ってくれ」


 アルスがチラリとラザファムを見上げると、ラザファムは難しい表情をしていた。エンテがこっそりと言う。


「私がおります。ご心配なさらず」

「ああ、よろしくな」


 二人で舟に近づくと、ヤソンはラザファムをジロリと睨んだ。男には厳しい。


「お前が先に乗れ」

「……わかった」


 ラザファムはヤソンの視線を受け流し、荷物と共に舟に乗り込む。ラザファムが奥に詰め、彼が手を差し出す前にアルスは軽やかに舟縁を越えて着地した。


 そして、ヤソンは舟を力いっぱい押してから自身も飛び乗った。舟が大きく揺れたけれど、舟は無事に川の流れに乗った。


すいません、素で投稿日間違えてました……(*ノωノ)


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