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Blue Bird Blazon ~アルスの旅~  作者: 五十鈴 りく
第3章 心を支えて
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5◆義理立て

 ――そんな善意の申し出に甘え、安易に宿泊を決めてしまったことをラザファムは後悔するしかなかった。


 そこは子供たちのための部屋なのだ。とても狭い。マットレスを敷いてあるだけの寝るだけの寝室である。普段ここを使う子供たちは他の子の部屋に固まって寝て、ひと部屋空けてくれたのだろう。


 ひと部屋、それもこの狭さだ。他の部屋なんてあるわけがない。

 ファティは、恋人でも夫婦でもない男女が一緒に旅をしているなんて考えなかったらしい。


「ラザファム、着替えたいからちょっとだけ外で待っててくれないか?」


 アルスが部屋に入って戸口から言った。表情からは戸惑いなど見えない。

 そういう問題ではないのに、アルスは気がつかないのだろうか。


「…………はい」


 ラザファムが何故目を逸らしたのかも、アルスにとってはどうだっていいことかもしれない。


 礼拝堂の方へ戻り、うるさい雨音を聞いていた。エンテは子供たちに連れ去られてしまった。どうしてあの子たちはあんなに猫を珍しがるのかとも思ったが、孤児院では愛玩動物を飼うようなゆとりはないのかもしれない。


 ――エンテもいない、ナハティガルも起きない。雨音はうるさくて多少の物音も全部掻き消してくれる。

 こんな状況で、あの薄暗く狭い部屋でアルスと二人、そんな状況に耐えられる気がしない。

 またアルスが雷に驚いて抱きついてきたら――。


 ため息が零れる。無理だ。

 ずっと礼拝堂にいよう。ラザファムはそれを決めた。


 ラザファムは理性を保つためにクラウスのことを考えた。クラウスはきっと、ノルデンで耐え忍んでいるのだと。

 それでも、クラウスほどの能力を持つ者なら、他者に虐げられているという心配は薄い。彼なりに最善と思う行動を取り、悪所でも向上させている気がした。


 クラウスが並々ならぬ苦労をしてるのは間違いない。そんな親友が愛してやまない婚約者を傷つけるようなことは、死んでもしてはならないのだから。


 しがらみに雁字搦めにされるけれど、それでいいのだと思う。

 アルスは、ラザファムには何も望んでなどいないのだから。



     ◇



 狭くて小さな部屋の中、アルスは急いで着替えようとしたけれど、濡れた服が張りついて手間取った。荷物の中の服までは濡れていなくて助かったけれど。


「明日になっても乾かないだろうなぁ」


 風のない部屋の中に干しておいてもまず無理だ。着替えはそう多くないから困る。


「なあ、ナハ。どう思う?」


 問いかけても、ナハティガルは夢の中である。精霊が夢を見るのかは知らないが。


 それにしてもよく寝る。いつもならうるさいナハティガルが起きないから、アルスが独り言ばかりつぶやくはめになってしまう。いい加減にしてほしい。


「おい、仕事しろ」


 そう言って籠を揺すってみるが、変化はなかった。ナハティガルを疲れさせてしまったのはアルスなので文句を言う筋合いではないのだが、正直に言うなら寂しいだけだ。元気すぎるとうるさいと思うくせに。


 ナハティガルの羽根はもう乾いていた。

 明日の朝には起きるといい。




 アルスが部屋で待っていてもラザファムは戻ってこなかった。ラザファムもずぶ濡れだから、あのままだと風邪をひく。着替える間、部屋を空けてやろうと思うのに、戻ってこない。


 仕方なく、アルスがラザファムを探しに出た。といっても、行き先は精々が礼拝堂だろう。暖炉に火が入っていたから、あそこで暖を取っていると思われる。

 予想通り、ラザファムは礼拝堂の暖炉の前にいた。ファティと子供たちはすでにいない。


 濡れていて不快だったらしく、羽織っていたローブを脱いでいる。

 よく見たら、いつの間にか着替えを済ませていた。下に着ていたカットソーの色が違う。誰もいないからここでいいとばかりに着替えたらしい。


 火の光に照らされたラザファムの横顔が赤い。その表情はどこか暗く見えた。


「ラザファム」


 声をかけると、ラザファムはハッとして見向いた。その途端に顔をしかめる。


「そんな薄着で出歩かないでください」


 もう寝るつもりなので、寝間着を着ただけだった。襟ぐりが深いので首が寒いけれど、火のそばにいれば平気だ。暖炉のあたたかさが嬉しかった。


「お前もな。もう部屋に行ってもいいぞ」


 しかし、ラザファムはかぶりを振った。髪が濡れたせいでいつもは束ねている髪が解かれている。それだけで印象が随分違った。


「僕はいいです。ここにいますので、あの部屋はアルス様だけがお使い頂ければ……」

「狭いけど二人くらいなら寝られる。お前の寝相がよっぽど悪くなければな」


 冗談めかして笑ったら、ラザファムはひどく気分を害したようだった。それはアルスが慌ててしまうほどに。


「いや、少しくらい寝相が悪くても我慢する。お前は私のわがままにつき合わせているわけだし」


 下手に出てみたつもりだが、ラザファムは目を細めた。


「僕は男なんですが」

「そうだな」


 女かと疑ったことは小さい頃ならあるけれど、それを引きずってはいない。今さら何を言うのかとあっさり返したら、余計にラザファムの目がつり上がった。

 男女の部屋は分けるものだと言いたいらしい。


「い、いや、他の男だったら同じ部屋はさすがに嫌だけど、お前は幼馴染だし」

「あなたが僕を男として見ていなくても、僕はあなたと同じベッドで寝るとか、クラウスに顔向けできないようなことはしません」


 それを言われ、アルスは間抜けにも、あ――と声を漏らすだけだった。

 義理堅いラザファムはそんなことまで考えている。こんな時だけれど、クラウスはいい友達を持ったのだなと思えた。


「そうか。でも、あたたかくしてないと駄目だぞ。疲れも取れないかもしれないし、無理はするなよ。クラウスだってこんな状況でまで細かいことは言わないと思うから」

「言わないと思いますか?」

「えっ?」

「――いえ、おやすみなさい。アルス様」


 アルスから顔を背け、ラザファムは暖炉の火を見つめた。

 これ以上余計なことは言わない方がいいのかもしれない。怒らせるだけだ。


「おやすみ、ラザファム」


 去り際に振り返ってもう一度見たラザファムの背中は、アルスが思っていたよりも広かった。いつまでも子供のつもりでいてはいけないのだ。

 アルスは雨の音にまで叱られたような気分だった。


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