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Blue Bird Blazon ~アルスの旅~  作者: 五十鈴 りく
第3章 心を支えて
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1◆曇り空

 レムクール王国の王妹アルステーデ・エルナ・フォン・ファステンバーグが城を飛び出してから、今日で六日目である。


 婚約者であるクラウスが北の果てである〈ノルデン〉へ追放され、アルスは彼を迎えに向かっている。クラウスが追放されるに至った経緯は、クラウスの責任ではない。アルスを庇って魔族に攫われ、魔に染められたクラウスは、父親によってノルデンへ向かわされるという悲劇に見舞われた。


 きっかけを作ってしまったのはアルス自身だと思っている。

 だから、アルスだけはクラウスを見捨てるようなことはできないし、してはならない。それを誰もわかろうとしてくれない。

 見たくないもの、嫌なものを遠ざけても悲しいだけだ。


 ただ、城を出てから予定としてはもう少し先へ進みたかったのに、予期せぬ事件が立て続けにあって遅れている。放っておいていいことばかりではなかったから仕方がないけれど。


 そして何よりもアルスにとっての誤算は、守護精霊ナハティガルのことである。

 アルスにとってナハティガルは相棒であり、旅の唯一の道連れであった。その名の通り、アルスの身を護る役割を担う精霊だ。それが、まったく頼りにならないという事態に陥っている。


 ――寝ているのだ。

 今、アルスが目的地へ向けて歩いているこの時も、アルスが抱えている籐籠(バスケット)のベッドでスヤスヤと。


 わかっている。ナハティガルが寝ているのは疲れてしまったからだ。

 アルスがたくさん無理をさせたから、そのせいで起きないのだと。

 わかってはいるのだが、こんなにも起きないとは思わなかったのだ。

 ほとんど丸一日眠り続けている。こんなことは初めてだった。


「――アルス様、聞いていますか?」


 近くで声がして、アルスはハッとして顔を上げた。アルスが急に顔を上げたせいで、語りかけていたラザファムの顔が妙に近くにあった。

 至近距離のラザファムは整った顔を僅かにしかめ、間を取る。そんな嫌そうにしなくてもいいものを。


「聞いていませんでしたね。まったくもって」

「わ、悪い」


 この旅は、アルスが願ってのもので、アルスの旅なのだ。ラザファムはそれにつき合わされている。

 ラザファム・クルーガーはアルスのひとつ年上の幼馴染で、クラウスと共通の友達だ。

 国内でも数少ない、精霊の力を借りることができる精霊術師でもあり、ラザファムが師と仰ぐアルスの義兄ベルノルトの頼みでアルスの旅に同行するハメになった。


 それなのに、アルスがぼうっとしてラザファムに導いてもらうのでは筋が違う。もっとしっかりしなければとアルスは唇を噛み締めた。


 もともと、北の果てであるノルデンへの旅は楽なものではないと覚悟してきたのだ。これからもっと大変なことが起こるかもしれない。

 アルスは、自分で思う以上にナハティガルを当てにしていたのだ。


 身を護る、そういう意味でもあり、精神的な支えでもある。ナハティガルと喧嘩をしながらの騒がしい旅は、アルスに悲壮感を与えなかった。

 思えば、クラウスが追放された時も父が亡くなった時もナハティガルが寄り添っていてくれたから耐えられていたのかもしれない。それはアルス自身の強さだけではなかったのだ。


 本当に、早く起きてほしい。

 ため息をつきそうになったが、今それをするとラザファムに悪いので我慢した。


「それで、なんだって?」


 アルスがラザファムを見上げると、ラザファムは空を見上げながら言った。


「どうやら天候が崩れそうです。それまでにトーレス村へ着けるといいのですが」


 アルスも空を眺めた。ナーエ村を出発した時は晴れ渡っていたが、いつの間にか曇り空である。分厚い雲が、ところどころ緑から紅く色づき始めたルプラト峠の上空辺りに見えた。


「濡れるかな?」


 守護精霊を従えるレムクール王国王族のアルスは、雨に打たれたことなどなかった。

 とはいえ、濡れたとしてもまあいいかと思う。乾かせばいい。


 そんな、姫にあるまじき雑なことを考えていたアルスとは裏腹に、足元で細い声がした。


「いえ、私がいて姫様を雨にさらすようなことは致しません」


 見た目だけならば、にゃあと鳴いてもよさそうな白い猫であるが、これは仮の姿で、この白猫もまた精霊だった。


「ありがとう、エンテ」


 いつの間にかラザファムが精霊(エンテ)を呼んだらしい。エンテは消耗が激しくしばらく休んでいたのだが、休養の甲斐あって復活したようだ。

 エンテは白い尻尾をピンと跳ね上げる。


「まったく、ナハティガルはいつまで寝ているのでしょう。姫様の守護精霊として自覚が足りません」


 手厳しいことを言われたが、ナハティガルは起きない。起きていたらプンスカ怒ったことだろう。

 そこでラザファムが苦笑していた。


「ナハティガルは頑張ってくれたから、疲れているのも無理はないな」

「私が悪いんだ。本来なら一度は精霊界に帰してやらないといけないんだ……」


 アルスがポツリと零すと、エンテが焦ったように見えた。アルスを責めたわけではないと言いたいのだろう。後ろ足二本立ちになって、前足二本が空を切る。


「い、いえ、その、決して姫様のせいではっ」


 エンテが焦るくらい、アルスはしょげていたのだろうか。

 この時、ふとラザファムと目が合った。ラザファムまで心配そうに見える。


 駄目だ、元気を出していかないとと思い直す。

 ラザファムやエンテにまで心配されてしまうような顔でクラウスに会えない。


「……ほら、急がないと雨になりますよ」


 ラザファムが話の風向きを変えた。

 そのさりげない優しさに感謝しつつ、アルスは笑ってみせる。


「ああ、本当だ。急ごう」


 それでいいとばかりにラザファムも微笑む。

 エンテはほっとした様子で前足を下ろして歩き始めた。空の色は相変わらずの鈍色である。


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