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Blue Bird Blazon ~アルスの旅~  作者: 五十鈴 りく
第1章 アルスの旅立ち
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17◆祭壇

 イングベルトは屋敷の中へ入り、廊下を少し行ったところでひとつの扉を開けた。その扉の奥は階段になっていて、ひんやりと肌寒い。薄暗いけれど、壁に点々と明かりが灯されている。


 階段の先にはまた扉があり、今度は鍵がかかっているようだった。

 イングベルトは手に嵌めている指輪を扉に押し当て、グッと力を入れて回した。あの指輪が鍵のようだ。


 その扉が開くと、下りた地下の一角には鉄格子が嵌っていた。そこには数人の女性がまとめて入れられている。


「あっ!」


 そこにノーラがいた。

 呼びかけようとしたが、イングベルトの手前、親しげに話さない方がいいと判断した。ノーラの方も怯えていて壁際から動かない。それでも、生きていることがわかってほっとした。


 アルスもここに入れられるのかと思ったが、そうではなかった。彼女たちを通り過ぎて進む。

 そして、その次の独房に横たわっているのはラザファムだった。


「ラザファム!」


 アルスが鉄格子に飛びついてもラザファムは起きなかった。青白い顔が見えるだけだ。

 キッとイングベルトを睨みつけるが、イングベルトは怯まない。


「彼は危険なので少々薬を使っただけですよ。まだ生きています」

「当たり前だ。もし殺したら、お前もただでは済まないからな」


 イングベルトはやはり、アルスに権威を感じていないようだった。ただの小娘が騒いでいるというふうに鼻で笑う。


「そうですか。さあ、姫様、こちらです」


 突き当りの部屋の扉が開く。

 その先には――。


「ようこそおいでくださいました、アルステーデ姫様」


 そう言ってアルスを迎え入れたのは、領主であるベーレント卿ではなく、その息子のフリートヘルムらしかった。長い前髪が顔の半分を隠している。

 そして、その次男の横に控えるようにして父親がいた。


 ガチャン、と音を立てて扉が閉まる。

 薄暗い部屋の中、アルスの心音だけが自分の中にこだました。


 この部屋はなんだ。

 中央に置かれているのは祭壇のように見える。


 ただし、精霊王を祀るものとは違う。もっと禍々しいように感じられた。

 祭壇を囲んで描かれている陣は何を意味するのだろう。


 冷や汗が額に浮いた。足が錆びついたように動かない。

 イングベルトはアルスを通り越し、祭壇の上に精霊の詰まった瓶を置いた。


 アルスは声が裏返らないように抑えながら問いかける。


「ここはなんだ? お前たちは何をしているっ?」


 すると、フリートヘルムが冷たく熱の籠らない調子で答えた。


「姫様、国民がそろいもそろって無知だなどと思ってはいけませんよ」

「なんだと?」


 この時、彼らは顔を見合わせてクスクスと笑った。


「ああ、失礼。無知なのは姫様の方でしたか」


 王妹であるアルスに対してこの不敬。

 彼らはアルスをここから出す気がないのだと思えた。

 けれど、アルスは何も諦めていない。皆を助けてここから出るし、クラウスにも会いに行く。それは絶対にだ。


 アルスは得体の知れないものに怯える心を奮い立たせ、フリートヘルムを睨んだ。フリートヘルムは優越感に浸りながら語り出す。


「レムクール王国は精霊の加護を受けて護られている土地です。すなわち、精霊王の力が衰えれば魔族の侵攻を防ぐ手立てはなくなるのです。この意味をおわかりですか?」

「精霊王の御力が衰えるなどということはない。愚かなことを言うな」

「愚かなのはどちらですか? 衰えていないのならば、この国に魔族が入り込めるのは何故です?」


 あの日、アルスとクラウスが遭遇した魔族。

 これまで、人型の魔族が突然現れた事例はなかった。


 それと、認めたくはないけれど、この国に魔族の出現がまったくないとは言えなかった。虫型、獣型の小さな魔族が綻びから入り込むように現れることがある。それらは討伐することで事なきを得ていて大きな問題には発展していなかった。


 けれど、知性のある人型の魔族が今後増えてきたら、その時は対応しきれるものだろうか。アルスが目を背けたがっても、フリートヘルムはやめない。


「最早、精霊王と女王にこの国を護りきることなどできないのです。この国はいずれ、魔の国に呑まれます。この国に限らず、すべての国が。そうなった時、人はどうなると思います? 魔族の餌か奴隷ですよ」

「誰がお前たちにそんなことを吹き込んだんだっ? お前たちはそんなものを簡単に信じるのか?」


 ――今、アルスはとても孤独だった。

 いつも頼りになる者が誰もいない。むしろ、アルスが助けなくてはならないのだ。

 心細いし、不安になる。


 クラウスはどうなのだろう。孤独に何を思って生きているのだろう。

 アルスの知るクラウスは精神力が強かったと言える。それでも、つらい思いをしていないはずがない。


 クラウスのことを想いながらアルスは戦う。


「誰がって、魔族がこれを語ったんですよ。僕のところに来て、ね。魔族は人を隷従させるかもしれませんが、優秀な人間は別です。見込みのある人間は取り立てると言いました」


 それは、クラウスの現状とまったく無関係ではない話のように思われた。

 魔に染まったと、クラウスの父親は語った。


 クラウスは魔族の側についたということなのだろうか。

 そんなふうに考えかけてかぶりを振る。そんなこと、あるはずがない。


「騙されているに決まっているだろう!」


 魔族はそうして、国中に種を撒いているのではないだろうか。

 不穏の種を。不和の種を。


 それこそが精霊王の力を弱める要因になっていないとは言えなかった。


「そんなの、あなた方も我々を騙しているんじゃないですか? 精霊王の輝きが褪せてはいないと断言できるのですか?」


 アルスは何も知らない。

 この二年、クラウスを連れ戻すことばかり考えて過ごしていた。

 姉はもっといろんなことを抱えて国を治めていたのだろうか。


「それで、僕たちはこの国を見限ることに決めました。だって、このままぼうっとしていたら、いずれ人は魔族に隷属することになるんですから。この精霊を捕まえた道具は、魔族が見込みのある僕にくれたんです。僕は精霊術師なんかより優秀なんですよ」


 得意げにそんなことを言う。

 いつも日陰にいた人間が、水を得た魚のように勢いづく。


「我々はこれから、魔族に恭順を示すのです」


 ベーレント卿は息子を誇らしげに見つめ、うなずいた。

 イングベルトは祭壇に置かれた瓶を顎で指す。


「あの精霊たちは魔族への捧げものです。最初は若い娘たちを集めて生贄にするつもりでした。それから、精霊術師のクルーガーも。でも、そんなヤツらよりも王族の守護精霊の方が喜ばれるでしょう」


 ナハティガルとエンテを魔族へ捧げると言う。

 アルスは怒りと悍ましさで愕然とした。しかし、震えている場合ではない。


「そんなことさせるか!」


 アルスは剣を抜き放つと、素早く踏み込む。薄暗い部屋の中、明かりは円陣の周りに置かれた火だけだった。


 彼らはアルスから距離を取った。アルスはその隙に、段になった祭壇へと駆け上がり、ナハティガルたちが詰まった瓶に手を伸ばした。

 けれど――。


 途端に体に力が入らなくなった。

 眩暈がする。息をするのも苦しい。

 剣を取り落として、アルスは祭壇の上にしな垂れかかった。


「いつも着飾ってバルコニーから手を振っていた姫とは別人のような勇ましさですね。でも、守護精霊がこの状態ではお気づきでなかったようですが、先ほどから虫型の魔族がずっと姫様の気を吸っていたのですよ。力が入らないでしょう? なんて、手遅れですかね?」


 アルスは目を閉じる前に瓶の中のナハティガルを見た。

 ナハティガルも目を閉じているように見えた。


 いつでも、どんな時でも一緒だ――。

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