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16◆処罰

 ラザファムは土埃に塗れたローブを脱ぎ、体を清めてから改めてベルノルトに報告をする。

 指定された会議室にはクラウスも同席していた。アルスはいない。


「アルステーデにはトルデリーゼのそばにいてもらっている。その、私も初めてのことで戸惑っているのだが、あれが悪阻(つわり)というものらしくて」


 ベルノルトは嬉しい反面、女王の体が心配でならないらしい。いつもは堂々としているベルノルトだから、そんな様子を新鮮に思う。


「おめでとうございます。心よりお慶び申し上げます」

「ありがとう。発表はまだ先になるが」


 はにかんだように笑うベルノルト。苦労の多かった人生だけに幸せは多くあってほしい。

 ここではむしろクラウスの方が落ち着いて座っていた。

 きっとアルスが女王のもとへ行くように仕向けたのはクラウスだという気がした。聞かせたくない話もあるのだろう。


「座ってくれ。それで、ノルデンはどうなっていた?」


 ノルデンと魔の国(ラントエンゲ)の現状を正直に伝えた。この話が始まるとクラウスが緊張したのがわかった。机に置かれた手の甲に筋が浮く。


「……島になって流れた、か」


 ポツリとつぶやいた。

 それは信じがたいことなのだ。目で見ても信じられないのだから、聞いただけでは半信半疑なのも仕方がない。


「ああ。峠からも確認したけど、それでもノルデンの先に魔の国はなかった」

「そうか」


 クラウスは目を閉じ、想いを馳せるように軽く上を向いた。きっと、魔族の姫の平穏を祈っている。

 ベルノルトはというと、顎に手を当てて考え込んだ。


「ループレヒト・ロルフェス……。そちらの方も厄介だな」

「はい。彼が逃亡したのは僕の責任です。処罰は覚悟しております」


 彼はロルフェス将軍の弟とはいえ、危険人物には変わりないはずだ。それをむざむざ逃してしまった責任は大きい。

 けれど、クラウスは小さく笑っただけだった。


「あいつが逃げようと思えば誰も捕まえられない。つかみどころがなくて、風みたいなヤツだから。あいつなりに答えを出して去ったんだろうけど、多分もう二度と会うことはないと思う」

「彼が家に帰ったとは思わないのか?」


 ベルノルトが問いかけると、クラウスはうなずいた。


「はい。故郷(くに)へは戻ったかもしれませんが、家ではない気がします」

「なるほどな」


 処罰を待つラザファムに、ベルノルトは金色の目を向ける。そこには多くの感情が見えた。


「時に、君の兄であるルーカス・クルーガーのことだが」


 ギクリ、と体を強張らせるしかなかった。その話題を振られるのは避けられないと覚悟をしていたつもりが、思いのほか早かったのだ。


「ジモン・ニーダーベルガーの逃亡を幇助したとのことだったな。君はそれを阻止した」

「……はい」


 うつむき、ラザファムはベルノルトの言葉を待つ。何を言われても仕方がない。


「君にとっては嫌なことだとは思うが、反国家思想の者に変わらず爵位を与えておくのは王家としては好ましくない」


 それは当然だ。今回のニーダーベルガー公爵家のことを思えば特に。


「ニーダーベルガー公爵家は取り潰しになるだろう。それで――」


 どんなことでも受け入れなくてはと思う。これは個人同士の感情よりも優先されるべきこと。国民感情を優先しなくてはならない。

 しかし――。


「クルーガー伯爵家だが、ルーカスに継がせるわけにはいかない。だから、君が継いでくれ」


 ドッと汗が噴き出した。

 本当だ、ラザファムにとってかなり嫌なことだった。


「そ、それは……っ」

「ラザファム、ニーダーベルガー公爵家が取り潰され、クルーガー伯爵家は侯爵になる可能性がある。お前の功績がそうさせる要因だ」


 クラウスは神妙な面持ちで、でも目は笑っていた。性格が悪い。


「僕は処罰をとお願いしているのですが……っ」

「旅に出る前にラザファムの功績に報いてやりたいと言っていた。まあ、君にとってこれは褒美というより罰のような気もする」


 しれっとベルノルトにも言われた。


「パウリーゼに、お前に領地を持たせてくれと言われたが、結果としてこうなったのはわざとではない」


 どうなのだろう。わざとに見える。


「あの、私的な贔屓が入っていると他から見られるのは、あまり良いこととは思えませんが」


 ただでさえベルノルトは旧臣たちからの風当たりが強い。

 レムクール王国が旧レクラム跡地を属国とすることになったのは、王配がレクラム王族のベルノルトだからこそであって、その点を評価されはしたのだ。ただし、そのレクラム大公国に王妹とその婚約者を据えることに反発がなかったわけではない。


 そこへ来て、ラザファムを次期侯爵にしてパウリーゼと婚約となれば、また騒がしくなるだろう。

 しかし、ベルノルトはそれを軽く笑い飛ばした。


「贔屓だと言われることくらいなんでもない。信頼できる者で周りを固めるのは当然だろう?」


 奴隷まで身を落とし、もっとひどい扱いを受けてきた彼にとって、その程度の陰口は物の数にも入らないらしい。


「ああ、ウーヴェのロンメル男爵家も同じだ。ウーヴェが次期子爵になるだろう」

「彼はなんと?」

「兄の不肖を詫びつつ受けてくれた」


 彼もまた、ラザファムと同じ思いをした。お互い、正しいと思える方を選び取ると約束したのだ。

 ラザファムは苦笑するしかなかった。


「そうですか。……まったく自信はありませんが、これから精進致します」


 兄や家族が苦手で逃げてばかりいたから、結局自分がこの結末を引き寄せてしまったのだ。

 もっと歩み寄る努力をし、兄の動向に目を向けていなかったのは自業自得なのかもしれない。

 それならば、あとは腹をくくるしかない。領民を抱える以上、人の上に立つのが苦手だなどとはもう口が裂けても言えなくなった。


「大丈夫、パウがいてくれるさ」


 そう言ったクラウスを思わず睨んだけれど。

 それでも、ベルノルトはとても嬉しそうだった。


「ラザファム、気づいているか? そうなったら、君は私とクラウスの義弟(おとうと)で、我々は兄弟だ」

「そ…………」


 そういえば、そうだった。

 ベルノルトとクラウスがニヤニヤ笑っている。


 兄を失ったと思ったのに、二人も増えてしまうかもしれない。

 ラザファムも思わず笑ってしまった。


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